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薬剤師国家試験合格率60%の衝撃
日経DI2014年6月号

2014/06/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年6月号 No.200

 「自己採点結果の報告を受けて、愕然とした」。大手薬局チェーンのアインファーマシーズ(札幌市白石区)執行役員で人事担当の木明理絵子氏は、3月上旬に採用予定者から、薬剤師国家試験に関する第1報を聞いたときの驚きを、そう語る。

 同薬局の採用者の国試合格率は例年、「平均合格率よりも5ポイント程度高く、8割以上であることがほとんど」(木明氏)。にもかかわらず、今年は3割近くの採用予定者が自己採点の結果、合格点に達していなかった。他社も同様の傾向と知り、あまりの低さに「合格点を引き下げるなど、何らかの救済措置があるのではと期待した」と木明氏は言う。しかし、3月31日の発表は、ほぼ自己採点通りで、厳しい結果となった。国試対策のための予備校には、その日のうちに定員を超える申し込みが殺到したという。

大手チェーンが大打撃

 第99回の国試は、受験者数1万2019人、合格者数7312人、合格率は60.84%。合格者数8929人、合格率79.10%だった第98回に比べて合格率で18.26ポイント、合格者数は1617人も少ないという結果に終わった(図1)。6年制への移行に伴い新卒者がいなかった95回、96回を除くと、合格率はこれまでで最も低い。

図1 薬剤師国試の合格者数と合格率の推移(厚労省資料より)

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 病院や薬局では、4月入職予定の新卒採用者のうち、薬剤師として雇用できない者が多く出た。薬局では、新店舗の出店や在宅医療への参入、健康ステーションとしての役割の強化など、各社、生き残りを掛けた様々な取り組みを行う中で、採用予定者から不合格者が多く出たことは、場合によっては事業計画の変更にもつながる深刻な事態だ。

 特に、影響を受けているのは、新卒者を多く採用する大手薬局チェーンだ。表1は、大手チェーンの採用状況。各社、採用を予定していた人数を割り込んでいる。「今年は中途採用薬剤師の争奪が激化するだろう」とクオール(東京都港区)の事業管理本部採用部部長の中村貴之氏は予測する。

表1 大手薬局チェーンの新卒採用予定者に占める国試合格者数

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国試不合格者への対応は?

 国試不合格者への対応は、様々だ。病院の場合、採用の内定を取り消すケースが多い。薬局では、医療事務スタッフとして雇用することが少なくない。

 アインファーマシーズでは、「正社員(医療事務職)として雇用し、秋までは薬局で働いてもらい、秋以降は休職扱いにして国試に臨んでもらう」という。

 他にも、「内定保留とし、翌春、晴れて薬剤師となった暁には、正社員として雇用する。希望者には、春から秋まで医療事務のアルバイトとして働いてもらう」という企業もある。また、国試に合格したら就職することを条件に、予備校の学費を出す薬局もあるという。

 一方で、「同級生が薬剤師として働いている場所で、働くのはつらいという理由から、薬局以外でアルバイトをする人も多い」(神戸学院大学の上町氏)という声もある。

厚労省が合格基準を上げた?

 関係者の間では「薬剤師のレベルを上げるために、厚生労働省が国試の合格基準を引き上げたのではないか」と噂された。しかし、今回の結果は、実は厚労省にとっても「想定外」だったようだ。薬剤師国試を管轄する同省医薬食品局総務課課長補佐の田宮憲一氏は「6年制になって1、2年目の合格率が高めだったので、今年は少し下がるだろうと思っていたが、これほどまで下がるとは」と驚きを隠さない。

 薬剤師国試は、物理・化学・生物、衛生、薬理、薬剤、病態・薬物治療、法規・制度・倫理、実務─の7科目345問から成る。合格基準は総得点の65%以上と、毎年、同じだ。各科目には、それぞれ基礎知識を問う必須問題と、実践的な場面を想定した一般問題があり、一般問題はさらに理論問題と実践問題に分かれる。実践問題は、各科目の問題と実務問題が合わさった複合問題だ。いわゆる足切りの基準として、(1)一般問題の各科目の得点がそれぞれ配点の35%以上、(2)必須問題の全問題への配点の70%以上で、かつ、構成する各科目の得点がそれぞれ配点の50%以上─が設定されているが、それも例年と同じだ。

 個別の問題について、成績上位者の正答率が低いにもかかわらず、成績下位者の正答率が高い場合は、補正することはあるものの、「合格基準を引き下げたり、引き上げるといったことは、これまでも行っていないし、今回もしていない」と田宮氏は説明する。

 では、試験問題の難易度を意図的に引き上げる動きがあったのだろうか。薬剤師国試の問題は、薬科大学教員や病院薬剤師、薬局薬剤師など80人を超える薬剤師国家試験出題委員が作成するが、ある出題委員は、「事前に難易度を上げるという話はなかったし、どの委員にもそのような意識はなかったと思う」と否定する。

基礎学力の底上げが必要

 合格率が下がったのは、薬学生の基礎学力の低下によるものだとする声は多い。薬剤師国試の予備校である医学アカデミー 薬学ゼミナール学長の木暮喜久子氏は、「物理や化学が入試科目にない大学もあり、基礎的な学力が足りないまま入ってくる学生が増えている」と指摘する。薬科大学・薬学部が増え、偏差値35で入れる大学がある現状を考えると、当然の結果というわけだ。実際に、今年は「物理・化学・生物」の正答率が低かった(表2)。

表2 領域別の平均正答数と正答率

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 木暮氏によると、大学入試時の偏差値は低いが、国家試験の合格率が平均以上の大学では、低学年時に、高校で習うレベルの物理、化学、生物の授業を行い、基礎学力を一定のレベルに引き上げる教育に力を入れているという。もともと基礎学力が乏しかったり、生物、物理を学んでいない学生は、いざ国試対策を始めたときに幾ら詰め込んでも、国試で求められるレベルにまで引き上げることが難しい。低学年のうちに学力の底上げが必要だ。

 「勉強の仕方が分からない学生がいるのも事実」と語るのは名城大学薬学部(名古屋市天白区)教授で、同大学の国試対策委員長の永松正氏だ。同大学の合格率は85.37%と、私立大学で最も高かった。同大学では04年から、国試合格率アップのために取り組んでおり、6年生には模擬試験を数回実施。模試ごとに、学生に目標点数を示し、達成するための計画を考えさせる。下位成績者は面談をして、勉強の仕方から教える。大学が予備校化していると批判する向きもあるが、永松氏は「国試が全てではないが医療者を輩出するのがわれわれの務めであり、国試に合格させるのは、薬科大学の使命の1つ」と言い切る。

カキでもノロとは限らない

 第99回の国試は実務的な問題が多く、過去の問題と傾向が違ったことに受験者が戸惑い、合格率が下がったとする意見も多い。

 「昔は、過去7年間の国家試験問題を3回ずつ解けば合格できるという言い方をされていた」と名城大学薬学部准教授の大津史子氏。類似した問題が出る傾向にあり、過去に出題された、いわゆる過去問が十分に理解できて解答できれば、合格できるという意味合いだ。しかし、6年制になってからは傾向が異なる。

 これまでの国試の出題傾向であれば、例えば「緑内障といえば抗コリン薬」「ワルファリンといえばビタミンK」といったように、1対1対応で解答が得られるものが多かった。それが今年は、患者の病態や生活背景などが示され、適切な薬物療法を問う問題が多かった。

 下の問題はその一例だ。これまでであれば、「カキといえばノロウイルス」を答えさせていただろう。それが今年は、「別室で休んだら落ち着いた」との説明から、一酸化炭素中毒を疑い、その上で薬剤師としてどう対応すべきかを考えさせている。

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 神戸学院大学薬学部講師の上町亜希子氏は「実際の患者対応では、患者から得た様々な情報から、あらゆる可能性を考えた上で、最も可能性の高いものを導き出し、対応を考える必要がある。それと同様の思考過程を求める問題が多く、現場に即した良問が多かった」と分析する。

 こうした問題は、じっくり考える必要がある。問題数からすると、1問に掛けられる時間は1~2分程度と短い。あせる気持ちから反射的に答えてしまったり、思考を重ねているうちに時間が足りなくなったという受験者もいる。過去問を多く解くといった国試対策を行ってきた受験者が、うまく対応できなかったとしても不思議はない。

実務実習が合格率アップの鍵

 もっとも、こうした「現場に即した問題」という出題傾向は、3年前の6年制1期生の国試のときから始まっている。厚労省の田宮氏は、「第97回から、国試の方針は変わっていない。今年のような出題傾向は、来年以降も続く」と話す。難易度についても、「その職業に適した一定レベル以上の知識があることを担保するのが国試。人数確保のために安易にレベルを下げることはない」と断言する。薬剤師不足に拍車を掛けることになるのではと懸念されるが、7000人程度という今年の合格者数があれば「直ちに深刻な薬剤師不足に陥るとは考えにくい」との見解だ。

 永松氏は「国試は、こういう薬剤師を育成してほしいという国からのメッセージ。薬学的な知識を基に、状況に合わせた対応を考えられる薬剤師が求められており、その育成に力を入れる」と強調する。OTC薬や在宅医療に関する問題が多かったのも、これからの薬剤師に求められていることの表れといえるだろう。

 「実践的な問題解決能力が求められており、実務実習が重要な役割を担う」と上町氏は指摘する。大学で学んだ知識を、実践に結び付けて考えることが国試に合格する鍵であり、学生にとって、その唯一の機会が実務実習なのだ。実際、実習でしっかり実務を学んできた学生は、国試で比較的、良い点数を獲得できていたという。

 上町氏は「実習の中では、例えば業務の手順だけを教えるのではなく、何のために、なぜその手順で行うかといった背景を考えさせるような指導をしてほしい」と話す。

 クオールの中村氏は「薬局での実務実習の指導が、薬剤師国試の合格率を左右するともいえる。業界全体が一丸となって、薬学生の教育に取り組むべき」と語っている。

表3 第99回薬剤師国試 大学別合格者数(国公立)

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表4 第99回薬剤師国試 大学別合格者数(私立)

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