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薬理のコトバ
末梢神経痛と薬
日経DI2014年6月号

2014/06/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年6月号 No.200

講師:枝川 義邦
早稲田大学研究戦略センター教授。1998年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)。薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学環境医学研究所助手、日本大学薬学部助手、早稲田大学高等研究所准教授、帝京平成大学薬学部教授などを経て、14年3月より現職。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 6月に入り、だんだんと梅雨の匂いもしてくる今の季節は、昔取った杵柄ならぬ古傷がシクシクと痛み出す時期でもある。その代表格は末梢神経痛。前号で取り上げた帯状疱疹も、後遺症として神経痛を残すことがある。皮疹が治まった後も、ピリピリとしたしびれや痛みが続く、やっかいな病態だ。

 末梢神経痛の多くは、外傷や炎症などで傷つけられた末梢神経が再結合する際の“混線”に起因する。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が無効な、悩ましい痛みだ。この末梢神経痛の治療では、2010年にプレガバリン(商品名リリカ)が登場し、切り札として広く使われるようになったことは皆さんもご存じの通り。今回は、帯状疱疹後神経痛を例に、末梢神経痛の病態と治療薬の作用機序をまとめてみよう。

混線で痛み情報が暴走

 末梢神経痛は、特定の末梢神経の支配領域内に、ひりつくような痛みを突発的に生じる病態。帯状疱疹の後遺症として生じる帯状疱疹後神経痛もその一つだ。英名のpost-herpetic neuralgiaの頭文字を取って、PHNとの略称で呼ばれる。

 帯状疱疹は、全期にわたり痛みを発する疾患だ。皮疹が生じる前の「帯状疱疹前痛」、皮疹を伴う「急性帯状疱疹痛」、皮疹が治まってからの「帯状疱疹後痛」を経て、発症後3カ月経っても慢性的な痛みが残る場合をPHNと診断する。電気が走ったり、焼けるようだったりというひどい痛みは、帯状疱疹の原因ウイルスにより神経変性、神経破壊が進んだことによって発せられるようになるのだ。

 特に帯状疱疹の発症時に激しい痛みを感じた場合や、高齢者、糖尿病患者、免疫力が低下している人などでは、神経の破壊が進みやすくPHNに移行する例が多いという。移行してしまうと、変性した末梢神経の支配領域に、持続的に焼けるような痛みや一定の間隔をおいて刺すような痛みを繰り返す。

 このような痛みではNSAIDsが無効であることを先に述べたが、その理由はこうだ。外傷や炎症などに起因する通常の痛みでは、痛みの発生部位にブラジキニンやプロスタグランジンといった発痛関連物質が増えている。発痛関連物質が増えると、痛みの情報が「上行性伝達路」と呼ばれる神経経路を伝わり、脳で「痛い」と認知される。

 NSAIDsは、痛みの閾値を下げるプロスタグランジンの産生を阻害することで痛みを和らげる。しかし、PHNなどの末梢神経痛は、発痛関連物質の増加に起因する痛みではない。末梢神経の変性や混線などにより、発痛関連物質は増えていないのに、痛みの情報だけが断続的に伝えられてしまう。痛み情報を脳に伝える上行性痛覚伝達路の“暴走”が原因であって、発痛関連物質が増えているわけではないことから、NSAIDsなどの抗炎症薬が効かないのだ。

 ちなみに、髪が顔に触れる、肌が衣服にこすれるといった軽微な皮膚刺激で疼痛を生じるアロデニアは、脊髄後角に入り込む神経が混線することで起こる。「何かに触れた」という触覚情報が、途中から痛覚伝達路を伝わることで、痛みと認識されてしまうのだという。

プレガバリンが第一選択に

 末梢神経痛の治療では、痛みに関連した神経経路への作用薬が奏功する。抗炎症薬や局所麻酔薬の注射による神経ブロックにも強い効果が期待できるのだが、経口薬ではプレガバリンが第一選択。PHNだけでなく、線維筋痛症に伴う疼痛や、糖尿病末梢神経障害に伴う疼痛など神経障害性疼痛全般への使用が認められている。

 プレガバリンの作用は、痛みを伝える上行性神経の情報伝達を止めるもの。痛み情報を伝える神経伝達に必要なN型カルシウムチャネルに含まれるα2δサブユニットという蛋白質を阻害することで、情報を伝えるシナプスにおける神経線維からの伝達物質の放出を阻害して、痛み情報をせき止める。これにより痛み情報を雲散霧消させ、「初めからそんな情報なんて無かった」ことにできるわけだ。

 プレガバリンは除痛効果が現れるまでの時間が比較的短く、長期投与でも持続的な効果が得られることは大きなメリットだ。しかし、浮動性のめまいや傾眠、浮腫といった副作用が生じることは忘れてはならない。オピオイド系の中枢神経抑制薬との併用により、呼吸不全や昏睡が生じ得ることには特に注意が必要だ。

 また、プレガバリンは肝臓ではほとんど代謝を受けず、ほぼ完全に未変化体のまま尿中に排泄される。つまり、腎機能障害者や高齢者にプレガバリンを投与する場合は、患者のクレアチニンクリアランス値を参考に、投与量や投与間隔を調整することが重要となる。

 こうした注意点は多いものの、国内での売り上げがトップ10入りを続けていることからは、かつてないメカニズムによる薬効が、多くの患者を神経痛から解放していることがうかがえる。リリカという商品名は、「抒情詩(Lyric)」からとのこと。さながら、暴走する痛み情報を、美しい歌声でせき止める吟遊詩人のような存在といえようか。

 梅雨の鬱陶しさやイヤな痛みも、心から湧き出る想いを鼻歌にして、うまくしのいでいきたいものだ。

 

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