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Interview 
筑波大学大学院内分泌代謝・糖尿病内科准教授 矢作直也氏
日経DI2014年5月号

2014/05/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年5月号 No.199

やはぎ・なおや
1969年東京生まれ。東京大学医学部卒。同大学院医学系研究科内科学専攻修了(医学博士)。日本学術振興会特別研究員、東京大学特任准教授を経て2011年より現職。主な研究テーマは、糖尿病やメタボリックシンドロームの発症に関わる遺伝子の発現メカニズムの解明。

 薬局で来局者に自己穿刺してもらい、HbA1cを測定して受診勧奨につなげる─。薬局での自己採血検査を可能にする規制緩和のきっかけとなった「糖尿病診断アクセス革命」のプロジェクトを率いて来たのが矢作直也氏だ。矢作氏にプロジェクト開始のいきさつや目的などを聞いた。(聞き手は本誌編集長、橋本宗明)

─薬局店頭で自己採血してヘモグロビンA1c(HbA1c)を測定する「糖尿病診断アクセス革命」のプロジェクトを開始したきっかけは何でしょうか。

矢作 直接のきっかけは2009年に、1μLの血液を指先から採血するだけで、静脈血と同程度の精度でHbA1cを測定できるA1cGEARという装置が登場したことです。この装置は特に精度が高く、使い勝手もよかったので、これをどう使おうかと考え、まずは健康啓発イベントにブースを出して来場者のHbA1cを片っ端から測りました。4日間で200人ぐらい測定し、HbA1cをその場で測れるのは有効であると実感できたのですが、その後も幾つかイベントで測定をしているうちに、糖尿病の人が思ったよりも見つかりにくいことに気付きました。後から考えると、イベントなどで測定すると健康に自信がある人が腕試しで測定を希望してくるので、バイアスが掛かったのだと思います。

 そんな経験から、もっといい測定場所がないかを考えて、着目したのが薬局です。薬局は一般の人が気軽に立ち寄れ、しかも悪い値が出た際に、医師への橋渡しが非常にやりやすい。また、研究を行う場所として東京都足立区を選んだのは、糖尿病の医療費が23区内で一番多いため、区の医師会と薬剤師会、歯科医師会が中心となって足立区糖尿病対策推進協議会、今はNPO法人ADMSというのですが、そういう組織を設けて、指先穿刺して血糖値を測定する血糖自己測定(SMBG)の器具を患者さんに安価に提供するなどしていたからです。

─開始時は、東京大学大学院医学系研究科の分子エネルギー代謝学という研究室に在籍中でした。

矢作 糖尿病やメタボリックシンドロームがどうして発症するのかを解明する研究をしていたのですが、それが健康や生活にどんな影響を及ぼすのかを模索していかなければ、世の中から浮いてしまうという感覚がありました。それで、本業として病気のメカニズム解明の研究をするのと同時に、検査技術を広めたり、新しい地域医療連携の仕組みを提案したりといった世の中に直接的に伝わることも一緒にやっていこうと思ったのです。

─セルフメディケーションに関することを薬局が行おうとすると、医師会などから反対の声が出がちです。プロジェクトを開始する際にそのような経験はなかったのですか。

矢作 足立区で最初に興味を持ってくれたのは薬剤師会の方でしたが、何度か説明するうちに医師会の方にも理解してもらえました。というのも、このプロジェクトは、薬局で血液検査をしておしまいではなく、異常値が出たときに医療機関に受診勧奨するものです。一方で特定健康診査などの受診率を高める努力は必要ですが、それとは別に、「大病でもしない限り医療機関に掛かりたくない」とか、根拠もなく「自分は大丈夫だ」と思っているような人に対して、身近な場所にチェックの場を設けることが狙いとしてありました。

─日ごろ医療機関に受診しない人が対象ですから、検査する場所は調剤専門の薬局ではなく、OTC薬や雑貨なども扱う薬局がイメージされます。

矢作 いわゆる門前薬局もプロジェクトに参加していますが、処方箋を持っている人しか行かない調剤専門の薬局は、このプロジェクトにはなじみにくいかもしれません。OTC薬や日用雑貨などを買うお客さんも来るし、かつ調剤では近くの医師と処方箋のやり取りをしているという、昔から商店街にあったような薬局が一番ぴったりくると思います。

 最近は薬局が、調剤専門かドラッグストアかに二極分化されて、両方の機能を持つ薬局が危機にさらされている状況にありますが、糖尿病診断アクセス革命のような取り組みによって、そうした薬局の存在価値が高まるという期待もあります。その意味では昨今、薬局や薬剤師がどうあるべきかを改めて捉え直そうという機運が高まっていることも、このプロジェクトの推進の原動力になっていると思います。

─研究プロジェクトの目的は、糖尿病のリスクがある人を早く拾い上げることであって、いわゆる「セルフメディケーション」とは少し違いますね。

矢作 「セルフメディケーション」という言葉の捉え方にもよるのですが、最初に気付いたり、意識を持ったりするのは自分自身であることが重要です。ですが、それに対して自己流の方法で対処するのが好ましいとは思いません。医学的知識を持った専門家の治療を受けるべきで、そこまで「セルフ」と言って、健康食品などで済まそうとするのには疑問を感じます。ただし、最後に生活習慣を変えるところは、また自分自身であるべきだと思いますが。

─糖尿病診断アクセス革命ではHbA1cを測定してきましたが、LDLコレステロールや、その他の項目の測定についてはどう思いますか。

矢作 まず、HbA1cを測定することにしたのは、糖尿病にはこれが一番いい指標だったからです。血糖値も重要ですが、刻々と変化するのでどう判断するのかが難しい。その点HbA1cは直前の食事の影響を全く受けません。それから、糖尿病だけでなく、いわゆるメタボリックシンドローム全体が引っ掛かってくるというのも利点だと思います。

 一方で、コレステロールや中性脂肪を調べれば、脂質異常症のチェックができるかもしれませんが、まだ必要な血液量が少し多かったりと若干の技術的問題が残っているように感じています。将来的には、これらについてもHbA1cなどと同じ手軽さで測定できるようになっていくのが望ましいですね。

─2013年3月に内閣府規制改革会議の規制改革ホットラインに「薬局での指先自己穿刺検査に関する規制緩和」を要望し、これを受けて14年3月末に臨床検査技師等に関する法律の告示が一部改正されました。

矢作 これまでも薬局での自己採血検査が禁止されていたわけではないのですが、保健所によって判断が異なっていました。保健所の担当者によっては、「何かあったらどうするんだ」「誰が責任を取るのか」と言って、強く反対する人もいました。一方で、政府の中にはわれわれの取り組みを知っている人もいて、規制改革ホットラインで要望を受け付けるという話も内々に聞かされていました。それで、手を挙げさせていただいたわけです。

 今回の規制緩和で全国一律で検査を実施できるようになったのだから、大きな変化だと思います。これまで薬局で使う装置代や試薬代はプロジェクトの研究費で負担してきましたが、研究段階から実用化段階に入ったわけですから、自治体で予算化するなどして取り組んでもらうことを期待しています。

インタビューを終えて

 温和な表情で物静かに話す語り口からは、「規制改革の立役者」といった“押しの強さ”はあまり感じられませんでした。恐らくは、コツコツと集めたデータを基に、誠実かつ理路整然と周りを説得したことが、規制に突破口を開く結果となったのでしょう。そんなことを思いながら、「本業である分子生物学の研究テーマについて」を聞くと、「DNAやRNA分子を使った薬に結び付けることができれば」と、途端に熱を帯びた口調に。実は秘めたる情熱の持ち主とお見受けしました。(橋本)

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