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漢方のエッセンス
きゅう帰膠艾湯
日経DI2014年4月号

2014/04/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年4月号 No.198

講師:幸井 俊高
漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」代表
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。

 私たちの身体には経絡(けいらく)という通路が全身にくまなく分布している。人体の基本的構成成分である気・血(けつ)・津液(しんえき)(用語解説1)は、その経絡を運行して人体を一つの有機体として結び付け、機能させている。その結果、様々な生命活動や生理機能が潤滑に遂行し、健康が維持できる。

 きゅう帰膠艾湯は、複数ある経絡のうち、女性の生理と関係が深い経絡の機能が失調して生じる病気などを治す処方である。

どんな人に効きますか

 きゅう帰膠艾湯は「衝任虚損(しょうにんきょそん)、出血胎動」証を改善する処方である。

 人体を巡る経絡のうち、その主幹部分を経脈(けいみゃく)という。経脈は、人体の深部を巡行する。「衝任虚損」証は、それら経脈のうち、衝脈、任脈という2つの経脈の機能が失調している状態を表す。

 衝脈は生殖器を中心に広がる経脈で、五臓六腑の気血を調整し、さらに生殖能力をつかさどり、月経を調整する働きがある。「五臓六腑の海」、あるいは「血海」とも呼ばれる。動脈系を中心に分布し、卵巣機能と関係が深い。衝脈を通じて子宮から出る血液が、月経となる。

 任脈も生殖器を中心に広がる経脈であるが、こちらは静脈系を中心に分布し、子宮の機能と関係が深い。妊娠と胎児の養育をつかさどる。帯下(おりもの)や分娩とも密接な関係を持つ。

 衝任虚損証になると、不正性器出血が生じたり、胎児が不安定になったりする。これを「出血胎動」という。流産を繰り返す体質と関係が深い場合も多い。

 症状としては、衝任脈の機能が虚損になることにより、血を血脈内にとどめることができなくなり、不正性器出血、過多月経、月経期間の延長が起こる。また妊娠中の子宮出血、流産後の子宮出血も生じる。出血は比較的少量で継続的なことが多い(漏下[ろうげ])。その他、血便や血尿など、下半身で出血がみられやすい。

 出血により体内の血が失われると、血虚(けっきょ)証になる。人体の隅々にまで血液や栄養が供給されなくなり、必要なところに必要な滋養分が供給されない体質や状態である。

 血虚になると、肌がたっぷり滋養されないため、顔色が悪い、肌に艶がない、肌に潤いがなくかさかさする、唇が荒れる、などの症候が生じる。脳に供給される血が不足すれば、頭がぼーっとする、めまい、ふらつき、立ちくらみなども生じる。目への血の供給が足りなくなると、目が疲れやすい、目がかすむ、ドライアイ、焦点が合わない、視力の低下、といった症状が表れる。血虚が神経系や筋肉に及べば、手足の痺れ、筋肉の痙攣、引きつり、こむら返りなどが生じる。

 妊娠中に血虚証になると、胎児に栄養が十分与えられなくなり、胎動不安になる。血虚と出血により、腹痛が起こる。

 舌は赤みが薄く、白っぽい色をしている。

 臨床応用範囲は、衝任虚損、出血胎動、血虚の症候を呈する疾患で、具体的には、不正性器出血、過多月経、切迫流産、産後の出血、不育症、血小板減少性紫斑病、血便、血尿、痔出血、貧血などである。

どんな処方ですか

 配合生薬は、阿膠(あきょう)、艾葉(がいよう)、地黄、当帰、芍薬、川きゅう(せんきゅう)、甘草の七味である。四物湯に阿膠、艾葉、甘草が加味された構成となっている。

 君薬の阿膠は止血作用があり、また血を補い、陰液(用語解説2)を養う(補血養陰)。同じく君薬の艾葉にも止血作用があり、また経脈を温めて血を巡らせ(通陽)、寒邪を排除する(温経散寒[おんけいさんかん])。胎児を安定させ、流産を予防する作用(安胎)や、止痛作用もある。この君薬二味の組み合わせで温経止血し、補血安胎する。

 臣薬の地黄は滋陰養血して衝任脈を補養し、安胎する。同じく臣薬の当帰は補血して月経を調整(調経)し、衝任脈を養う。

 佐薬には芍薬、川きゅう、甘草が該当する。芍薬は補血すると同時に五臓の肝(かん)(用語解説3)の機能を調える(平肝)。また筋肉の緊張を緩めて鎮痛に働く(緩急止痛)。止血作用もある。川きゅうは気血の流れを調える(活血行気)(用語解説4)。また当帰、芍薬とともに卵巣機能を改善し、月経調整に働く。甘草は脾胃の機能を高めて気を補いつつ(益気健脾)、阿膠との組み合わせにより止血作用を高め、芍薬との配合により緩急止痛作用を強める。

 甘草は使薬としても働き、諸薬の薬性を調和させる。

 以上、きゅう帰膠艾湯の効能を「止血養血、調経安胎」という。出血や胎動といった標証を治す(標治)と同時に、衝任虚損という本証も治す(本治)(用語解説5)処方となっている。

 疲れやすい、元気がない、食欲がない、などの症状がある場合は、四君子湯や補中益気湯を合わせて飲む。さらに冷えがひどいときは、人参湯などを併用する。

 温性が強い処方なので冷え症に適しており、血熱など熱証のある出血には使わない。

 出典は『金匱要略』である。本方は四物湯に加味して作られたように思えるが、四物湯の出典『和剤局方』の方が後世のものであり、実際には本方を基にして四物湯が作られた。本方は四物湯よりも補血止血作用が強い。

こんな患者さんに…【1】

「過多月経です。生理が2週間近く続きます」

 生理周期は安定しているが、出血がだらだらと続き、止まらない。貧血で、冷え症。顔色が悪く、舌は白っぽい。衝任虚損証とみて本方を使用。4カ月目くらいから顕著に改善し始め、貧血もなくなった。顔色が良くなったと人に言われたと喜ばれた。

こんな患者さんに…【2】

「生理の前後に茶色い帯下が出ます」

 婦人科で検査を受けたところ異常はないと言われたが、気になる。生理痛が強く、毎回鎮痛薬を飲む。手足や下腹部が冷えやすい。衝任虚損証とみて本方を使用。3カ月間服用し、症状がなくなった。生理痛も軽くなった。廃薬後の再発もない。

用語解説

1)気は生命エネルギー、血は血液や栄養、津液は正常な水液に相当する概念。気・血・津液が多からず少なからず適量であり、さらさらと体内を流れていれば、人は健康。
2)陰液とは、人体の構成成分のうち、血・津液・精を指す。精は、腎に蓄えられる生命の源のこと。
3)五臓の「肝」は樹木の枝のように柔軟に人体内に広がっており、精神情緒や各種内臓機能、血流量調節機能など、全身の生理機能が円滑に行われるように調節する機能(疏泄[そせつ])を持つ。
4)川きゅうは気を巡らせて血の運行を推進する作用があることから、「血中の気薬」と呼ばれる。
5)「本」は根本的な病気の原因、「標」は実際に外に表れる症状。本証の治療を「本治」、標証の治療を「標治」という。

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