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薬理のコトバ
鎮咳薬
日経DI2014年4月号

2014/04/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年4月号 No.198

講師:枝川 義邦
帝京平成大学薬学部教授。1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より現職。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

本格的な春を迎え桜吹雪が舞うようになると、花粉もようやくピークを越えたように思えてくる。しかし、まだ寒が残っていたりするからか、所々で咳の声も。この時期の咳には、感冒だけでなくアレルギー反応による咳喘息もあるからやっかいだ。今回は、この時期の気になる咳と、その治療に使う薬についてまとめてみよう。

直接的と間接的の2分類

 咳とは、空気が通る気道内に吸い込まれた異物やたまった分泌物を外へ追い出すための生体の防御反応で、これにより肺や気管などの呼吸器が守られている。咳が出るメカニズムは「咳嗽(がいそう)反射」と呼ばれる次のようなものだ。

 呼吸器系に異物が入り込むと、まず咽頭や気管、気管支などでセンサー役を務める気道粘膜表面の咳受容体が作動する。その情報が求心性神経(三叉神経や迷走神経など)を通って脳の延髄孤束核にある咳中枢に伝わると、今度は逆に遠心性神経を伝わって横隔膜や肋間膜などの呼吸筋に指令が送られ、咳が生じる。これは一種の反射運動だ。

 病的な咳の黒幕は、神経ペプチドの一つ「サブスタンスP」。気道の炎症によりサブスタンスPが放出され、これが気道の表面付近で増量すると、気道壁の表層にある咳受容体が刺激されて咳が出る。また、咳中枢は大脳皮質からのコントロールも受けるため、心因性ストレスによって咳が発生する場合もあるという。

 この咳を鎮める薬は、直接的鎮咳薬と間接的鎮咳薬に分類されている。

 直接的鎮咳薬は、原因とは無関係に中枢レベルで咳を抑制する非特異的治療薬。咳中枢への情報伝達の域値を上げることで情報を伝わりにくくするもので、中枢性鎮咳薬とも呼ばれる。麻薬性のコデインリン酸塩水和物や、非麻薬性のデキストロメトルファン臭化水素酸塩水和物(メジコン他)などがこれにあたる。

 赤いタオルがよく似合う、かのプロレスラーの必殺技は“延髄斬り”。キックで一時的に延髄機能を低下させるものだという。直接的鎮咳薬の作用も延髄にズバッと刺さるものだけに、よく似たイメージといえまいか。ただ、直接的鎮咳薬は、生体防御機構として必要な咳をも抑制してしまったり、咳の原因が明らかにされないまま症状だけが改善してしまうという懸念もある。

 一方の間接的鎮咳薬は、咳を引き起こす原因となる疾患や病態を和らげることで、間接的に咳を鎮める薬剤。イメージは、花の精が柔らかく咳を鎮めているさまだ。その代表格が去痰薬で、痰の粘稠度を下げることで痰を排出するために生じる咳を鎮める作用を発揮する。現在の鎮咳薬のラインナップでは、黒幕のサブスタンスPに対する薬剤が使えていないのがもどかしいところか。

 咳の分類は痰の有無によってもなされており、痰を伴う咳嗽を湿性咳嗽、痰を伴わないかごく少量の粘液性喀痰のみを伴うものを乾性咳嗽という。擬音語を使ったイメージでは、“コンコン”が乾性咳嗽、“ゴホゴホ”いうと湿性咳嗽となる。去痰薬は、もちろん湿性咳嗽の治療のキードラッグだ。

病態に応じて使い分け

 咳が長引いた場合、単なる感冒ではなく様々な原因疾患が考えられる。こうした遷延性の咳を鎮めるには、病態に応じた種々の間接的鎮咳薬を組み合わせることが必要だ。

 例えば、咳喘息。乾性咳嗽が長引いた場合の原因で最も多い疾患といわれる。気管支喘息と同様にアレルギーの関与が考えられているが、気管支喘息でみられる喘鳴や呼吸困難がなく、呼吸機能はほぼ正常。気道が過敏になっているので、気管支拡張薬が効果的。併せて吸入ステロイドで気道の炎症を抑えることで、早期なら速やかに軽快するのだが、未治療で放置すると30%程度が本格的な気管支喘息に移行するともされるので要注意だ。

 咳喘息と似た疾患にアトピー咳嗽がある。似てはいるものの、気管支拡張薬が無効なことから、咳喘息とは異なる疾患として新しく分類されたものだ。喘鳴や呼吸困難がなく呼吸機能は正常で、気道過敏性も亢進していないのが特徴。抗ヒスタミン薬(ヒスタミンH1受容体拮抗薬)が適用されるが、有効率は60%程度といわれ、咳嗽を完全に軽快させるためには吸入や経口のステロイドが必要とされる。こちらは咳喘息のように気管支喘息に移行することはないという。

 また、副鼻腔気管支症候群は、何らかの気道防御機構の傷害に関連して発症するもので、上気道の炎症が生じた後に湿性咳嗽が生じることが多い。咳だけでなく、鼻汁や後鼻漏で分泌物が鼻の奥から喉に流れ込んだりする特徴があり、マクロライド系の抗菌薬や去痰薬が有効とされる。

 他に、胃食道逆流症も長引く咳を引き起こす原因で、胸やけなどを伴わずに咳だけが生じるものもあるという。この咳の緩和には、胃潰瘍や逆流性食道炎の治療と同じく、H2ブロッカー(ヒスタミンH2受容体拮抗薬)やプロトンポンプ阻害薬が効果的だ。

  咳の初速度は時速360km。1回の咳で2kcalが使われ、1分間に1度せき込むと半日で1000kcalも消費してしまう。咳が続くと疲れるわけだ。花見の時期だけに、飲み食いしたカロリーを咳で消費しようなどとは、ゆめゆめ思わないようにしたい。

 

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