薬の必要性について十分に説明したつもりだったのに、患者は副作用を恐れて勝手に服薬をやめてしまった─。薬剤師であれば誰でも一度は、“伝えているのに伝わらない”もどかしさを経験したことがあるのでは。 そもそも服薬指導というコミュニケーションの目的は、患者に薬を適正に使用してもらうために、服用方法や服用の意義、注意点などを説明し、それを理解、実践してもらうこと。「薬を服用するのは、ほかでもなく患者さん自身。どんなに薬剤師が服薬の必要性を懸命に伝えても、服薬という患者さんの自発的な行動に結び付かなければ、意味がありません」と近藤氏は強調する。 では、どうすれば患者の自発的な行動に結び付く指導を行えるのだろうか。 橋本氏は、「患者さんの行動や言葉の背後には感情があり、その感情は、『こうなりたい』『こうしたい』という自己への要求から生まれます。服薬指導では、表面に表れている言動を正そうとするのではなく、要求を的確につかみ、それをかなえるための方法を考え、伝えていくことが必要です」と答える。 「服薬行動は、『動機』と『負担』のシーソーで、それを支える軸は、患者さんのナラティブです」。そう話すのは、帝京平成大学の井手口氏。 ナラティブとは、個々人が疾患に対して抱く考え方や思いが反映された物語のこと。「コミュニケーションを通じて、患者さんの軸がどこにあるかを見いだし、動機を高めて負担を減らすための方法を提案する。そのためには、何よりも『聴く力』が大切です」。 つまり、「伝わる」指導のためにはまず、「聞く」ことを通じて、患者が抱える問題点や気持ちを把握。その上で、薬物治療に関する一般的な情報の中から、その患者に合った情報をチョイスし、「伝える」ことが肝心だ(表6)。 表6 伝えるココロ 問題点や患者の気持ちをつかめたら、いよいよ薬剤師としての知恵の絞り所。薬や疾患に関する豊富な情報のうち、目の前の患者が抱えている問題や不安を解決するために必要な情報をピックアップし、かみ砕いて説明する。 また、「質問」を有効活用すれば、問題点への答えを患者自身に気付かせることもできる。質問家の松田充弘氏によると、質問には、大事なことに気付かせるなど、相手のためになる「利他的な質問」と、自分の興味や都合による「利己的な質問」がある(松田氏へのインタビュー)。 薬剤師がやってしまいがちなのは、尋問形式の質問。「尋問形式の質問は、『Why』(どうして)で始まることが多い。それを、『How』(どうすれば)に換えるだけで、気付きを含んだ答えが返ってくる、良い『しつもん』になります」と松田氏はアドバイスする(表7)。 「薬剤師が指導したことを、患者さんが自分の言葉で口にしてくれたら、説明が伝わり、納得してもらえた証拠です」(近藤氏)。 薬剤師に多いもう一つの悩みは、「Do処方が続いている生活習慣病の患者に、何を話せばいいのか分からない」というもの。服薬コンプライアンスが良好な場合も、コンプライアンスを維持したり、副作用を未然に防いだりするためには、継続的な支援が必要だ。そこで、「聞く&伝える」をマンネリ化させないテクニックを覚えておこう(表8)。 表8 伝わるテクニック あさひが丘薬局勝川店の牛田氏は、服薬指導がワンパターンになりがちな生活習慣病など慢性疾患の患者に対して、薬の交付時に、「いかがでしたか」と尋ねるようにしているという。「開いた質問を使うことで、前回受診時から今回までの間で、食生活から季節の変化まで、患者さんは自分が最も気になっていることを口にします」(牛田氏)。 牛田 誠氏 もっとも、開いた質問には答えにくいと感じる患者もいるので、患者が口ごもってしまったら、「お薬は変わりありませんね」とフォローして話を引き取ろう。 ちなみに、「お薬は残っていませんか」「食欲はありますか」のように、「はい」「いいえ」で答えられる質問は、「閉じた質問」(closed question)といい、事実確認をする際によく使われる。 「服薬指導した内容を患者に定着させるためには、褒めることが大切です」と話すのは林寛之氏。人は叱られたことや苦い思い出には蓋をして忘れようとするけれど、褒められたことは心にずっと残るものだからだ。 「一見、褒めることがない場合でも、『どのような点に気を付けましたか』と尋ねると、何かしら返ってきます。そこで『よく覚えていましたね』『他の患者さんはあまりそこに気が付かないのですよ』と褒めると、患者さんのモチベーションはぐっと上がります」(林寛之氏)。 「聞く」「伝える」に共通するのは、“言葉を惜しまない”こと。「薬剤師にとっては当然のことでも、患者さんにとってはチンプンカンプンであることは多い。常に『相手の立場になって考える』(put yourself in one’s shoes)ことが欠かせません」と林寛之氏は話す。 「服薬指導は、患者さんを説き伏せるのではなく、最後は患者さんに“花を持たせる”つもりで臨んで。そうすれば、『また話しに来よう』と良い気分で薬局を後にしてもらえるはず」。近藤氏もそうエールを送る。 薬や薬剤師への信頼感は、プラセボ効果をもたらす一方、これらに対する不信感は、薬の効果を弱めたり、治療の中断につながったりして、結局は患者の不利益になってしまう。 だからこそ大切な「聞く力&伝えるココロ」。地域の患者に頼られ、「話してよかった」と思ってもらえる薬剤師を目指して、明日からのコミュニケーションで少しずつ実践していこう。 患者さんが急いでいる! 患者が「早く薬を受け取って帰りたい」というオーラを発しているために、焦ってしまうことはよくある。ただし、「患者さんが急いでいるからといって、伝えたいことを早口で言う“ 弾丸トーク”は避けて」と井手口氏。聞く耳を持ってもらえなければ、どんなに説明しても伝わらないばかりか、患者も不快に感じかねない。 そんなピンチの切り抜け方として、林きよみ氏は、「お急ぎですか? できるだけ簡単にお伝えしますね」と前置きすることを提案。「患者さんは幾分聞く姿勢になり、うんと話しやすくなります」(林きよみ氏)。そのためにも、患者の様子を常に観察することが欠かせない。時計を気にしていたり、投薬カウンターに来た時点で鞄から財布を取り出していたら、急いでいると察知する。 「慢性疾患の場合は、一度に全てを伝えるのではなく、『服用上の注意点』『合併症のリスク』など、来局日ごとにテーマを決めて指導内容を小分けにする」(林寛之氏)という方法も。少しずつ繰り返し伝えることで、患者の理解度も深まるそうだ。 「分からないことは?」とこちらから聞いたけど…… 「何か分からないことはありますか?」と尋ねたら、患者から思いがけない質問をされ、答えが分からない! そんな時、ごまかしたり、聞こえなかったふりをしたり、「医師に聞いてください」とそっけない一言を返したりしていないだろうか。 「その場で対応すべきこと、調べれば分かることは、『少しお待ちください』と伝えて時間をもらいます。その他は、『すぐに答えられないので、後日までに調べておきます』と正直に伝えます」と話すのは牛田氏。「誠意を尽くせば、『自分のために薬剤師が努力してくれている』ことは患者にも伝わるはず」と話している。
行動の裏にある感情を知る
ワンパターンを防ぐコツ
Ushida Makoto
あさひが丘薬局勝川店(愛知県春日井市)薬局長、「薬剤師のための心理学研究会」メンバー。同研究会では、「交流分析」という心理学の手法を、効果的な服薬指導に生かす術を追求。
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