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調剤や医薬品供給はあくまでも手段 薬剤師の存在目的を再確認せよ 
日経DI2014年2月号

2014/02/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年2月号 No.196

 薬剤師法の第1条には、「薬剤師は、調剤、医薬品の供給その他薬事衛生をつかさどることによつて、公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする」と記されている。つまり薬剤師が業務を遂行する目的は、「国民の健康な生活を確保する」ことであり、調剤業務や医薬品の供給などはあくまでもそのための手段にすぎない。

 ところが実際には、多くの薬剤師は自らが存在する目的を考えず、手段ばかりを意識して業務を行っているのではないだろうか。

 例えば、薬局薬剤師は調剤ミスを減らすために、調剤技術を高めたり、ピッキングや調剤薬鑑査を支援する機器を利用するなどしてきた。患者に薬を渡すことに関しては、ミスがないように細心の注意を払ってきたわけだ。

 しかし、渡した薬を患者がミスせずに服薬できているかどうかについても、同じぐらい細心の注意を払ってきただろうか。この点に、自信を持って「注意してきた」と言える薬剤師はそう多くはないだろう。多くの薬剤師が処方箋通りに薬を渡してよしとしているので、「薬局はパチンコの景品交換所のようなものだ」などと揶揄されてしまうのだ。

 医薬分業に対して批判的な声が強まっているが、これなども現在の医薬分業が「目的」を見失っているために生じているのだと思う。医薬分業の目的が「国民の健康な生活を確保する」ためということをきちんと議論せずに、国は医薬分業率を高めるための「手段」として調剤報酬で経済誘導を行ってきた。

 呼応するように,薬剤師は、「これに従えばもうかる」とばかりに、病院や診療所の門前に薬局を開き、処方箋の応需を進めて来た。そうすれば簡単に生計を立てることができたわけだが、この結果、OTC薬を取り扱わない営業形態の薬局が増え、国民の薬局離れを招いた。

 調剤や服薬指導といった行為が、単に報酬を得る手段になってしまうと、そこには必ずモラルハザードが生じる。「箱から○錠分の薬を出せば○点」「購入した情報を基に『薬情(薬剤情報提供文書)』を作成して、あたかも自分たちで作ったような顔で店頭で示せば○点」「いい加減な服薬指導を行い、いい加減な記憶を基に薬剤服用歴を付ければ○点」と、こんなことをやっていて、国民に信頼されるわけがない。

 最近、薬局内に血圧や血糖値、ヘモグロビンA1cなどを測定できる装置を備えるところが増えてきている。薬剤師が、様々な面で国民の健康を支える存在となるために、バイタルサインなどを薬局でチェックできるようにするのは歓迎すべきことだ。しかし、バイタルサインをチェックするのはあくまでも手段である。患者の健康を支えるという目的を見失って、「講習会を受けたから」という理由で取り組んでいるようでは本末転倒である。

 薬剤師は何のために存在しているのだろうか。少なくともその存在理由は、国民に処方箋薬を供給する“手段”などではないはずだ。

 国民はいったいどんな薬局を、薬剤師を必要としているのか。団塊世代が後期高齢者となる2025年を見据えて社会保障制度の見直しが進められる中で、薬局や薬剤師の在り方にも大きな変革が求められている。その変革の方向を議論する際にも、「国民の健康な生活を確保する」という目的を見失ってはならない。 (劉備)

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