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薬理のコトバ
鎮痙薬
日経DI2014年2月号

2014/02/10

日経ドラッグインフォメーション 2014年2月号 No.196

講師:枝川 義邦
帝京平成大学薬学部教授。1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より現職。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 いよいよ2月、受験シーズンが本格化し、国家試験も間近となった。大学に身を置く立場として、受験生には存分に力を発揮していただきたい。だが、試験のストレスからか、緊張からか、大学でも腹痛を訴える学生の姿が散見されるようになってきている。

 腹痛の要因は様々だが、中でも内臓痛は、消化管壁などの急激な拡張などに引き続いて起こる痙攣性の収縮が原因になることが多い。このような痛みに有効なのが鎮痙薬。今回は、急な腹痛の緩和に欠かせない鎮痙薬の作用についてまとめてみよう。

ノイズを遮断し騒乱を鎮める

 消化管は、食べ物を効率よく消化・吸収するために、リズミカルに収縮・弛緩を繰り返している。この動きは蠕動運動と呼ばれ、これなくして私たちの食生活は成り立たない。腸管では、縦と横に走る2層の平滑筋が、文字通り縦横無尽な蠕動運動を支えている。それぞれにアウエルバッハ神経叢と呼ばれる神経ネットワークからの指令が下ることで、複雑な消化管運動が実現しているのだ。

 これらの神経支配の秩序が乱れると、その先にある筋の動きもコントロールできなくなる。神経ネットワークからの指令が乱れ、コーディネートされていない情報が神経から降り注ぐと、それは“騒音”のごとく腸管を困惑させ、暴れるかのように痙攣させる。腹部に痛みが走る原因だ。

 このような騒乱状態を鎮めるための頼れる一手が「鎮痙薬」。消化管の平滑筋が痙攣性に収縮する状態を強力に抑制し、痛みを鎮めていくことから、平滑筋弛緩薬と呼ばれることも多い。神経から筋へ注がれるノイズのような情報を、一時的にシャットアウトすることで、腸管の乱れた動きを整えて秩序を取り戻す。ノイズで乱された腸管も、消音ヘッドホン装着で涼しい顔に戻るというわけだ。

 この鎮痙薬は、理論的には2種類に分類できる。

 1つは、平滑筋に直接作用する薬剤。原因が神経とは言え、消化管の平滑筋が無秩序に動いていることが問題なのだから、筋に作用することで鎮めようというのはごもっともな視点だ。

 これらは「向筋肉性鎮痙薬」と呼ばれ、その代表がパパベリン塩酸塩。細胞内のホスホジエステラーゼを阻害してサイクリックAMP量を増加、細胞内のカルシウムイオン量も増加させて平滑筋を弛緩させる。パパベリンは中枢には入りにくいので、中枢での作用はほとんどなく、末梢が主要な舞台となる。ちなみに、テオフィリンやカフェインといったキサンチン誘導体もこのグループに入るが、消化管への作用がわずかなので、臨床では気管支拡張薬として使われている。

 そしてもう1つが、消化管の動きをコントロールする神経支配への作用を持つ「向神経性鎮痙薬」だ。消化管運動を制御する副交感神経の伝達物質はアセチルコリンなので、抗コリン作用を持つ薬剤が多い。

 向神経性鎮痙薬の代表格は、アトロピンやスコポラミン。アトロピンは中枢への移行性がよい3級アミンなので、大量投与で中枢作用も現れる。スコポラミンも3級アミンで、中枢への移行はアトロピンよりも容易なことから、治療量でも中枢作用が生じ眠気や無感動、健忘などの副作用が表れてしまう。

 スコポラミンの中枢移行性を低くした薬剤が、4級アミンの構造を持つブチルスコポラミン臭化物(商品名ブスコパン他)だ。抗コリン作用が強くなり、自律神経節遮断作用も示す。

 その他、アドレナリンβ受容体に作用するβ作動薬も向神経性に平滑筋を弛緩させるが、消化管への作用が弱い。そのため、専ら気管支のβ受容体への作用を介した気管支拡張薬として使用されている。

抗コリン性の副作用に注意

 神経支配を調律し直す向神経性鎮痙薬には、概して抗コリン作用による副作用が生じやすい。副交感神経などでの伝達物質アセチルコリンの情報が遮断される結果、腺分泌抑制による口渇や、眼の眼房水の排出抑制による眼圧上昇、膀胱収縮の抑制による排尿困難などを生じる。これら抗コリン性の副作用の多くは「排水抑制」のイメージを持つ。緑内障や前立腺肥大などの基礎疾患を持つ人では、眼圧上昇が緑内障発作の引き金に、また排尿困難が尿閉へとつながりやすいため、向神経性鎮痙薬の使用は禁忌だ。

 そして、抗コリン薬の見逃せない副作用に、軽度の認知機能障害がある。抗コリン作用を持つ薬剤は鎮痙薬以外にも数多く、特に高齢者では多剤併用のケースが多いことからも看過できない。米国の老人ホームを対象にした報告では、抗コリン薬を2種類以上使用している高齢者が30%以上もいるという。

 抗コリン薬は、脳内で記憶を司る海馬の活動を低下させることが知られている。認知症を発症させるというよりも、加齢に伴う認知機能低下によく似た症状をもたらすようだ。認知機能の低下が見られた場合には、抗コリン作用を持つ薬剤を断薬するのも一つの手ということか。

 いずれにせよ、鎮痙薬はひどい腹痛が起こった時に、ピンポイントで使用して症状を緩和するもの。大切なこの時期、周囲の雑音にペースを乱されぬよう消音ヘッドホンをうまく使いこなして、受験シーズンを乗り切ってもらいたいと願うばかりだ。

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