(1)嚢胞様黄斑浮腫(CME) 温度が高くなると、保存剤のクロロブタノールが分解され、pHが下がることにより、主薬が析出する可能性があるため。 白内障は、目の水晶体を構成する蛋白質が変性し、水晶体が混濁することによって生じる視力障害である。発症メカニズムは解明されておらず、薬物治療によって水晶体の混濁を消失させることはできない。 一方、外科的治療は発展しており、現在は3mm程度の切開創から白濁した水晶体を超音波で乳化・吸引し、代わりとなる眼内レンズを挿入する眼内レンズ挿入術が主流である。手術時間が短く日帰り手術も可能となっている。 白内障の手術では、術後の合併症の予防が重要となる。主な術後合併症としては、術後感染症(眼内炎)、眼内レンズ偏位、嚢胞様黄斑浮腫(CME)、網膜剥離、眼圧上昇、後発白内障がある。 白内障の手術後は合併症の予防のために、(1)抗菌薬、(2)ステロイド、(3)非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)─といった3種の点眼薬が主に使用される。 抗菌薬は、眼内炎の予防のために投与される。眼内炎は、眼球の表面やまぶたの縁に存在する細菌が手術創から眼球内に入り発症する。そのため手術前から抗菌薬を点眼し、手術時には眼周囲の消毒が入念に行われる。Bさんにも手術前から抗菌薬の点眼薬が処方されていたものと思われる。 またステロイドは手術後の各種炎症や合併症を抑えるために投与される。 NSAIDs点眼薬はCMEの予防のために投与される。CMEは、物を見るのに重要な目の黄斑部に一時的に浮腫や嚢胞形成が起きることで視力が低下する病態である。手術刺激や手術後の創傷治癒過程で惹起されたプロスタグランジンや各種サイトカインなどの炎症誘発物質が原因で発症すると考えられている。 多くの合併症は術後早期に発症するのに対し、CMEは術後2週間~3カ月に生じることが多い。このため医師は今回から、ジクロード点眼液(一般名ジクロフェナクナトリウム)を処方したと考えられる。 白内障手術をした106人を対象に、NSAIDs点眼薬のジクロフェナクとステロイド点眼薬のフルオロメトロンのCME抑制効果を比較したところ、CME発生率はジクロフェナク群(53人)で5.7%、フルオロメトロン群(53人)で54.7%であり、ジクロフェナク群で有意に低かったという報告がある(参考文献1)。 ただし、ジクロードには、保存剤としてクロロブタノールが添加されており、温度が高くなると加水分解により塩酸が生じpHが下がることが示されている。主成分であるジクロフェナクはインドール酢酸系NSAIDsであり、酸性条件下では析出する可能性がある。そのため、ジクロードは10℃以下で保管する必要がある。 Bさんは薬剤師に対し、目薬を冷蔵庫に保管するのは面倒だと話している。術後の合併症による視力低下は手術の意義を失いかねない重要な問題であり、アドヒアランスを維持するための配慮は重要である。 常温保存が可能なNSAIDs点眼薬には、プロドラッグ製剤のネパフェナク懸濁性点眼液(商品名ネバナック)がある。同薬は、角膜透過性が高く速やかに活性代謝物のアンフェナクに変換され効果を発揮する特徴があり、臨床試験で、ジクロフェナクと同様にフルオロメトロンよりもCMEの発症率が低いことが明らかになっている。薬剤師は、Bさんの要望に対して、NSAIDs点眼薬のジクロードをネバナックに変更してよいか、医師に疑義照会すべきと考えられる。 イラスト:加賀 たえこ Bさんの処方箋を拝見しました。今回からNSAIDs点眼薬のジクロードが処方されています。この薬は10℃以下で保管する必要があることを、薬局でもBさんに説明したところ、目薬は冷所保存でない方がいいとおっしゃっています。 同じNSAIDs点眼薬で、室温保存が可能なネバナックという薬があります。臨床試験で、白内障手術後のCME発症率がジクロードと同様に低いというデータもありますので、治療上差し支えなければ、ジクロードをネバナックに変更してもよいと考えますが、いかがでしょうか。 参考文献
出題と解答 : 川原 弘明
(株式会社コム・メディカル[新潟県三条市])
こんな疑義照会を
1)日眼会誌 1998;102:522-30.
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