DI Onlineのロゴ画像

漢方のエッセンス
釣藤散
日経DI2013年12月号

2013/12/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年12月号 No.194

講師:幸井 俊高
漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」代表
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。

 樹木というものは、柔軟にできている。台風の暴風に吹きさらされても、ほとんどの場合、折れることなく強風をやり過ごす。風に逆らうようなことはしない。風がやんだあとは、何事もなかったかのように、静かに大地に立っている。

 この柔軟性こそが、五行説の「木(もく)」の特徴である。五行説は古代中国の哲学思想であり、陰陽説とともに、漢方・中医学の根底を成すものである。五行には「木・火・土・金・水」があり、全ての物はこのいずれかに分類され、お互いに促進したり抑制し合いながら、均衡が保たれると考える。

 人体の機能は、この五行説に従い、「五臓」に分類される。「木」に相当する臓腑は、「肝(かん)」である。「肝」は、樹木の枝のように柔軟に人体内に広がっており、精神情緒や各種内臓機能、血流量を調節する機能を持つ。

 この「肝」の機能失調により健康を損なう場合は多い。樹木の構造を支える内部組織が弱いと、樹木はちょっとした風にも大きく揺れ、上部や外側の枝葉は必要以上に振り回されることになる。同じように、「肝」の調節機能が落ちると、頭のふらつきや、めまい、頭痛、手足の震えなどの症候がみられるようになる。今回紹介する釣藤散は、このような証に用いる処方である。

どんな人に効きますか

 本方は「肝陽化風(かんようかふう)、風痰上擾(ふうたんじょうじょう)、脾胃気虚(ひいききょ)」証を改善する処方である。

 「肝」には、血流量を調節する機能のほかに、「血(けつ)を蔵する」機能もある。ところが、この肝血を主体とする肝の陰液が不足すると、それまで陰液と均衡を保って穏やかに機能していた肝陽の勢いが盛んになり、体内を上昇してくる(「肝陽上亢」証)(用語解説1)。

 虚熱が上半身、特に頭部で表れるので、口の渇き、のぼせ、頭痛、顔面紅潮、目の充血、目のかすみ、肩凝り、いらいら、怒りっぽい、耳鳴り、寝汗、手足のほてり、胸部のざわざわとした落ち着かない不快感(心煩)、不眠などがみられる。自律神経系などの抑制機能の低下が関係していると思われる。

 この肝陽上亢証が進むと、先の樹木の例のような揺れ動きやすい状態となる。揺れ動くような症候をみせるのは風邪(ふうじゃ)の特徴なので、この場合、「肝風(かんぷう)」と呼ぶ。

 ウイルスや細菌の感染など、外界の要因による風邪ではない内風なので、「肝風内動」証という。この証のうち、肝陽上亢が過度になった証が「肝陽化風」である。頭のふらつきや、めまい、締め付けられるような頭痛、手足の震えなどの症候がみられるようになる。舌が震えたり、まっすぐ歩けなくなったりすることもある。

 このような肝の不調は、往々にして脾胃の機能を乱す(肝気横逆[かんきおうぎゃく])。その結果、脾胃の機能が低下して「脾胃気虚」証となる。こうなると、飲食物から生成された気・血・津液(用語解説2)を全身に輸送する能力(運化)が弱まり、津液が脾胃にたまって痰湿(用語解説3)が発生し(脾虚生痰[ひきょせいたん])、食欲不振、吐き気、腹部膨満感などの症候が生じる。痰湿が肺に上昇すれば、咳嗽、喀痰がみられるようになる。

 この痰湿が内風と結び付いて上昇し、頭部をかき乱す(上擾[じょうじょう])病態が、「風痰上擾」証である。めまい、ふらつき、激しいときは回転性のめまい、吐き気、嘔吐が生じる。

 舌は赤く、べっとりと舌苔が付着する。

 臨床応用範囲は、高血圧症、動脈硬化症、脳血管障害、自律神経失調症、更年期障害、甲状腺機能亢進症、不眠症、うつ病、認知症、アルツハイマー病、メニエール病などで、肝陽化風、風痰上擾、脾胃気虚の症候を呈するものである。

どんな処方ですか

 配合生薬は、釣藤鈎(ちょうとうこう)、防風、菊花、石膏、半夏、陳皮、人参、麦門冬、茯苓、生姜、甘草の十一味である。

 君薬の釣藤鈎は肝経(用語解説4)などに入り、肝風を平熄させる働き(平肝熄風[へいかんそくふう])が強い。性味は甘、微寒で、清熱作用もある。痙攣を止める働き(止痙)もある。同じく君薬の防風にも風邪を鎮める作用(きょ風[きょふう])があり、平肝熄風する。

 臣薬には、菊花、石膏、半夏、陳皮の四味がある。菊花には平肝作用やきょ風清熱作用がある。目の充血や頭痛を和らげ、視力障害を緩和する働き(明目)もある。石膏は性味が甘・辛、大寒で、熱邪を冷まし(清熱瀉火[せいねつしゃか])、口渇を癒し(解渇)、心煩を和らげる(除煩)。半夏は痰湿を乾燥させて除去し(燥湿化痰[そうしつけたん])、上昇した気を降ろして吐き気を緩和させる(降逆止嘔[こうぎゃくしおう])。陳皮にも降逆化痰作用があり、また気の流れを良くして胃腸機能を調える作用(理気調中[りきちょうちゅう])もある。以上の臣薬四味で清熱化痰し、君薬を助ける。

 佐薬には、人参、麦門冬、茯苓、生姜の四味が当たる。人参は脾胃の機能を高めて気を補う(補気健脾[ほきけんぴ])。麦門冬は陰液を補う(滋陰)力が強い生薬で、化痰薬の燥性を和らげ、また除煩作用も持つ。茯苓は人参とともに健脾しつつ、半夏とともに燥湿する。生姜は脾胃に作用して痰飲を除去し(化飲)、かつ半夏の毒性(用語解説5)を制しつつ、半夏と陳皮の理気化痰作用を助け、胃の機能を調えて嘔吐を止める(和胃止嘔)。甘草は使薬として諸薬の薬性を調和する。

 以上、釣藤散の効能を「平肝熄風、清熱化痰、補気健脾」という。二陳湯の成分(半夏、陳皮、茯苓、生姜、甘草)が含まれており、それだけでも燥湿化痰、理気和中(=二陳湯の効能)してくれる。

 肝陽化風が強ければ芍薬甘草湯を併用する。陰虚が強ければ四物湯などを合わせる。

 出典は『普済本事方』である。

こんな患者さんに…【1】

「朝、頭痛が起こることがあります。頭痛がひどいと吐き気もします」

 高血圧で、肩や首が凝る。風痰上擾とみて本方を使用。3カ月ほどで症状がなくなった。さらに血圧も低下した。釣藤散は早朝から午前中にかけて起こる頭痛に効くことが多い

こんな患者さんに…【2】

「めまいと耳鳴りが治りません。肩凝り、不眠も慢性的にあります」

 神経質そうな患者で、あれこれと訴えが絶えない。見ると、目が充血している。全て肝陽化風によるものとみて釣藤散を使用。半年ほどかけて少しずつ訴えが減った。

用語解説

1)陰液が不足して陰虚証となると、熱とバランスを取っていた津液が減るために、熱証が表れてくる。これを虚熱という。逆に、熱そのものに勢いがある熱証は、実熱という。
2)気・血・津液は人体を構成する基礎的な物質。気は生命エネルギー、血は血液や栄養、津液は正常な水液。血、津液、精をまとめて陰液という。精は、腎に蓄えられる生命の源。
3)痰湿は、水分代謝の病理産物。人体にとって余分な水分。
4)肝経は、経絡の一つ。経絡とは、気・血・津液が体内を運行する通路。
5)生の半夏には催吐などの弱い毒性があるが、生姜と合わせ煎じると消失する。

  • 1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ