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薬理のコトバ
アカンプロサート
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2013/12/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年12月号 No.194

講師:枝川 義邦
帝京平成大学薬学部教授。1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より現職。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 早いもので、「暦の上ではディッセンバー」となった。これから忘年会そして新年会と楽しい酒の席が続くが、断酒を誓った人にはつらい席になってしまう。アルコール依存症は自覚症状に乏しく、治療につなげるのが難しいとされる。そして、一度依存状態になったものを断ち切るには、相当なハードルを越える覚悟がいるものだ。

 しかし、日本で2013年5月に発売されたアカンプロサートカルシウム(商品名レグテクト)は、飲酒欲求を抑えることで断酒のつらさを和らげてくれるという。あれほど好きだったのに、目の前にあっても手を伸ばしたくなくなるとは、まるで魔法のようではないか。今回は、アルコール依存症の病態から、アカンプロサートの作用機序に迫ってみることにしよう。

グルタミン酸を定常状態に

 超党派の国会議員で構成される「アルコール問題議員連盟」によると、日本には治療が必要なアルコール依存症患者が約80万人いるが、治療を受けているのはそのうち約4万人にすぎないという。アルコール依存症の治療薬は、嫌酒薬(抗酒癖薬)と断酒補助薬に大別される。今回のテーマであるアカンプロサートは断酒補助薬。一方の嫌酒薬には、ジスルフィラム(ノックビン)とシアナミド(シアナマイド)の2つがある。

 アルコール(エタノール)の代謝は2段階で、まず作られるアセトアルデヒドにより、頭痛や嘔吐などの、いわゆる二日酔いの症状がもたらされる。嫌酒薬にはアルデヒドの代謝を止める作用があり、嫌酒薬を飲んだ状態で飲酒すると、アセトアルデヒドが速やかに蓄積して二日酔いの状態が持続的に表れ、非常につらい思いをする。「つらい思いをしないために酒を避ける」という、心理的な忌避状態を作る狙いがあるわけだ。アルコールに反応してギリギリと締まる“孫悟空の輪っか”を頭にかぶるようなものか。しかし、つらい体験と飲酒の快楽を天秤にかけてもなお、飲酒に走るケースには効果がない。

 このような嫌酒薬とは全く異なるメカニズムで効果を発揮するのが、今回取り上げるアカンプロサートだ。作用の柱としてあるのが、アルコールの自発摂取の抑制。飲酒欲求が薄れて、アルコール依存症の治療に不可欠な「断酒」の失敗を防ぐ。この独特な作用を理解するために、まず、アルコール依存症の病態をひも解いてみよう。

 アルコール依存症は、脳内に“依存の構造”が出来上がってしまうことにより生じる。とかく動物の行動は「報酬」を得られるようになされるもの。飲酒という行動により得られる精神的な高揚などが報酬として認識されると、その行動ばかりをするようになる。これを強化学習とよび、脳内の報酬系神経回路でドパミンが絡んでいるとされているものだ。

 脳内では、中脳にある腹側被蓋野が主要なドパミン格納庫。ここから側坐核へドパミンが送られ情報が伝わることで、それを報酬と感じるのが報酬系の脳活動だ。

 そして側坐核には、もう1つ、グルタミン酸系の神経支配がある。これには大脳皮質や視床、扁桃体からの経路があることから、側坐核は行動選択を左右するスイッチ役を担うと考えられている。アルコールに依存した状態では、グルタミン酸系の神経ネットワークの活動性が高まる。こちらをアクセルとすると、ブレーキは抑制系のγアミノ酪酸(GABA)。グルタミン酸とGABAがつくるシーソーは、通常の脳内ではバランスが取れているのだが、アルコール依存になるとグルタミン酸が過剰になってバランスが傾く。これを引き戻すために、飲酒によってGABAの比重を高めたい(アルコールはGABA受容体の作動薬でもある)という欲求が生じるわけだ。

 アカンプロサートには、アルコール依存患者の脳内、特に側坐核での過剰なグルタミン酸を、定常状態に目減りさせる作用がある。シーソーに乗るグルタミン酸をふわりとくるんで、宙に持ち上げることで荷重を減らすような作用といえよう。バランスの崩れが飲酒という行動を促しているわけだから、元来のバランスを取り戻させることで、飲みたいという欲求自体を抑制することができるのだ。

嫌酒薬との併用も

 アカンプロサートの薬物動態は実にシンプルだ。肝代謝は受けずに、未変化体として腎排泄される。腎障害患者や高齢者では注意が必要な一方で、肝薬物代謝酵素チトクロームP450(CYP)に対しての阻害や誘導がないことからも、様々な薬剤との併用が可能となる。

 中でも嫌酒薬のジスルフィラムは、アカンプロサートの薬物動態に関して影響を及ぼさないことが確認されている。この2剤を併用すれば、飲みたいという欲求を抑えつつ、うっかり飲んでしまった場合にも愛のムチが待っているという2段構えの支援となり、安定して断酒期間を延ばすことが期待できる。副作用としては下痢が目立つ程度であることも併せて、使いやすさは抜群だ。

 もう飲んだらアカンで。そう耳元でささやいてくれる魔法の薬に期待を寄せつつ、この時期を楽しく過ごしていこう。

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