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くすりミュージアム探訪
中冨記念くすり博物館ほか
日経DI2013年11月号

2013/11/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年11月号 No.193

江戸末期の薬舗(薬屋)を復元。当時の薬局の様子を知ることができる。

建物の基本設計と玄関に掲げられたシンボルレリーフ「生命の種子」の制作を手掛けたのは、イタリアの著名な現代彫刻家チェッコ・ボナノッテ氏。同氏は、2012年高松宮殿下記念世界文化賞など数々の賞を受賞している。

 JR鳥栖駅から車で10分弱、豊かな緑の中にモダンな建物が見える。中冨記念くすり博物館だ。この辺りは、古くは「田代」と呼ばれ、江戸時代には「田代売薬」と称される配置売薬業が興った地。田代売薬は、富山、近江(滋賀)、大和(奈良)と並び、日本の四大売薬の一つとされる。

 「田代売薬の伝統と薬に関する産業文化を伝えようと、1995年3月に設立したのが中冨記念くすり博物館です」と同館館長の山川秀機氏。田代売薬の歴史に加えて、薬の歴史資料や現代の薬に関する資料などが展示されている。田代売薬を祖とする久光製薬(本社:佐賀県鳥栖市)が設立し、現在は中冨記念財団が運営。来館者は、年間2万人を超え、薬科大学の1年生が授業の一環として見学に来ることも多いという。

中冨記念くすり博物館 館長
山川 秀機氏

 さっそく中に入ってみよう。明るい日差しが差し込む1階は、世界の薬の歴史と、現代の薬に関する展示だ。中でも目を引くのは、アルバン・アトキン薬局。19世紀末に英国のロンドン郊外で営業していた薬局を、当時のままそっくり移転させたものだ。2万点を超える薬や日用品が所狭しと並んでいるが、これほど状態よく保存されているのは、世界的にも珍しいという。

19世紀末にロンドン郊外のハムステッドに建てられた薬局を移転。当時は、症状を訴える人に薬剤師が処方箋を書き、薬剤師が調合していたという。

 「当時の薬に対する知識と技術は非常に優れていて、ジギタリスやトリカブト、ニトログリセリンといった強い薬をうまく使っていました」と山川館長は、その時代の薬剤師の活躍ぶりを話す。

 2階では、日本の薬の歴史を知ることができる。江戸時代の薬舗(薬局)の復元コーナーには、薬研(やげん)や百味箪笥(ひゃくみだんす)、古い看板などが展示されており、当時の様子を伝えている。「江戸時代末期、地方では各家庭に薬を届ける配置販売が主流でしたが、都会である江戸や大阪では、こうした薬屋ができていました」と山川館長。さらに「時代劇で盗賊に押し入られるのは、だいたいが薬問屋ですから、貴重な薬を扱う薬舗はもうかっていたのでしょう」と笑う。

 さらに進むと、いよいよ田代売薬のコーナーだ。実際に使われていた道具が展示されており、江戸時代の製薬工程を知ることができる。当時は、全て家内制手工業。しかし、田代独特の「バラ丸法」による薬を丸める作業だけは、「製丸師」と呼ばれる専門の職人にしかできない仕事だったという。「博物館ができた当初、これらの道具を寄贈してくれた製丸師たちに何度も聞きましたが、バラ丸法の方法だけは教えてもらえませんでした」。絶対に口外してはならない製法だったようだ。

 配置行商に使った柳行李(やなぎごおり)、各家庭に置いた預箱(配置箱)や薬袋、子どもへのお土産に使った紙風船なども展示。レトロで味わい深いデザインは、見ていて楽しい。

各地を配置行商するために使った行李や衣装。

両替天秤。本来は、両替をするために金貨や銀貨などの重さを量ったものだが、まとまった量の薬を量るために使用された。

 田代売薬で、主に製造販売していたのは「奇応丸」をはじめとする約20種類の薬。田代売薬の行商人たちは、九州一円に足を運び、各家庭で健康相談に応じながら薬を売っていたという。「配置売薬は、日本特有の商慣習。薬を家庭に預けて、使った分だけお金をもらうという、信頼の上に成り立った素晴らしい文化です」と山川館長。薬に携わる全ての人に、その伝統を知ってほしいと語っていた。

約2400m2の敷地に400種余りの薬木薬草が植えられている薬木薬草園。ゆっくり歩いて40分ほどで、のんびり散策しながら薬木薬草を知ることができる。

開館時間は10:00~17:00。毎週月曜日は休館。
住所:佐賀県鳥栖市神辺町288-1
電話:0942-84-3334

展示室内観。手前が「薬学資料」のコーナー、奥に見えるのが「大原薬業資料」の一部。

 明治薬科大学創立80周年を記念して、1982年に設立された明薬資料館。98年に清瀬キャンパス(東京都清瀬市)に移設され、収蔵品の一部を一般公開している。

 館内に入り、右手に延びる通路を進んで展示室へ。通路の壁には、薬学史上に残る出来事や人物をまとめた年表が掲げられている。古代エジプトの医学全書『エーベルス・パピルス』には、800種類に上る薬の処方が記されているとか。数え切れない先達の苦労により、薬物治療が進歩してきたという歴史の重みが感じられる。

珍しい生薬標本も多数。

 展示室に入ると、まず目に飛び込んでくるのは、ジャコウジカの剥製だ。ジャコウジカは乱獲により、現在では「絶滅の恐れのある野生動植物の種の国際取引に関する条約(ワシントン条約)」の規制対象となっているため、国内ではめったにお目にかかることができない。

ジャコウジカの剥製と麝香の標本。

 雄のジャコウジカは、発情期になると下腹部にある大きな麝香腺(じゃこうせん)からゼリー状の分泌物を出し、雌を誘う。この分泌物を乾燥させたものが麝香で、古くから強心剤や鎮静剤、高級香料として珍重されてきた。

 展示室は、「明治薬科大学のあゆみ」「大原薬業資料」「薬学資料」「生薬」の4つのコーナーに分かれており、江戸時代の薬業資料や、昔ながらの実験器具、穿山甲(せんざんこう)や海馬といった珍しい生薬標本も多数展示されている。“薬学の博物館”として、子どもから大人まで楽しめそうだ。

明治薬科大学清瀬キャンパス内の明薬資料館外観。

開館日は火、水、木(13:00~16:00)、土(10:00~13:00、第2土曜日は除く)だが、臨時休館する場合もあるため、来館前に電話で確認を。
住所:東京都清瀬市野塩2-522-1
電話:042-495-8605(明治薬科大学学術情報課)

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