DI Onlineのロゴ画像

InsideOutside
「調剤薬局」と言うなかれ 今こそ薬局の機能を再確認すべき
日経DI2013年11月号

2013/11/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年11月号 No.193

 「調剤薬局」という言葉が使われるようになって久しい。人に会えば「私は調剤薬局に勤務しています」と言うし、「○○調剤薬局」と名乗っている薬局も少なくない。アンケートサイトを開けば勤務先の欄には「調剤薬局」の文字。

 しかしこの言葉、薬事法や薬剤師法を見ても、絶対に出てくることはない。つまり正式なものではないのだ。公的なもので挙げるとすれば、唯一、総務大臣が定める日本標準産業分類の細分類の中に「調剤薬局」があるが、あまり知られていないだろう。

 ただ、業界外の人だけでなく、業界に身を置く薬剤師の中にも、この「調剤薬局」という言葉が“おかしい”ということに気づいている人は、案外少ないのではないだろうか。

 この言葉のおかしさの一つに、トートロジー(同義反復)がある。「頭痛が痛い」という言い回しは、もはやお笑いのネタになっているが、「調剤薬局」もそれに該当する。薬事法をひも解くと、薬局とは「薬剤師が販売又は授与の目的で調剤の業務を行う場所(その開設者が医薬品の販売業を併せ行う場合には、その販売業に必要な場所を含む。)をいう」となっており、そもそも薬局は調剤を行う場所であると明確に定義されている。

 それなのになぜ、「調剤薬局」という言葉が生まれたのだろうか。背景にはもちろん、60%を超えるに至った医薬分業があることは間違いない。そして今日まで、その医薬分業を正義として、薬剤師は調剤業務に奔走してきた。

 もちろん、その全てが間違っているわけではない。筆者も完全分業を望んでいるうちの一人であるし、調剤が薬剤師の非常に重要な業務であることは認識している。ただし、調剤業務にウエートを置いてきたならば、必然的に医薬品販売などの他の業務はおろそかにしてきたことになる。「調剤薬局」という言葉の台頭には、長きにわたる薬剤師のそうした意識と行動が集積されていると言っていいだろう。

 個人的には、この「調剤薬局」という言葉を聞くと、調剤業務のみしか行わないと堂々と宣言しているかのようで大変腹立たしく感じる。そして、この言葉を使う人にそのつもりがなくても、調剤業務しか行っていないと非難されているかのように感じ、非常に悲しく、暗い気持ちになる。

 これは筆者からの提言であるが、まずはわれわれ薬剤師が、この「調剤薬局」という言葉がおかしいものであると認識し、使用をやめていくべきではないだろうか。それは単に、言葉だけの問題ではなく、われわれの薬剤師業務に対する認識を改めることを意味する。「処方箋を持っていないと薬局に入りにくい」というクレームが上がっているとも聞くが、今こそわれわれは、「調剤薬局」から脱却する時ではないか。

 そしてそれをしなければ、薬剤師に未来はない。薬剤師は、国民の健康な生活を確保するために、調剤を含め、医薬品供給、薬事衛生をつかさどることが使命であると忘れてはならない。

 「たかが言葉ひとつ」と侮ることなかれ。「名は体を表す」の言葉通り、「調剤薬局」に対する認識を改めることは大きな意味を持つ。薬局が、地域のプライマリ・ケアの拠点として機能していくためにも、調剤偏重ではなく、本来の薬局としての機能を取り戻すべき時が来ていると考えるが、いかがだろう。

 これからは胸を張って、「薬局」と名乗ろうではないか。(十日十月)

  • 1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ