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社長はつらいよ
売ろうかな、売るのよそうかな…
日経DI2013年11月号

2013/11/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年11月号 No.193

 決算期が9月期であるわが社では、毎年11月に決算書が出来上がる。この頃に増えるのが、M&A(企業の合併や買収)を仲介する会社の営業マンからの電話。どの営業マンも第一声は、「先日お送りしたお手紙、読んでいただけましたでしょうか」だ。

 残念ながら、社長はこの手のダイレクトメール全てに目を通すほど暇ではない。「読んでいない」と伝えると、「実は、あなたの会社に、大変興味を持っておられる方がいらっしゃいます」とくる。

 昔、何人かの営業マンから話を聞いたことがある。彼らの前職はたいてい証券マンか銀行マンで、見事に似たような雰囲気を漂わせていた。薬局の売買条件も各社ほぼ一緒で、相場は経常利益の3~5倍。仲介手数料は最低で2000万円ぐらい。彼らにとって、一発当たれば大きい仕事なのだ。

 うちのような弱小チェーンは、常に買われる側だ。でもボクだって、薬局を買収して会社を大きくしたい! そう営業マンに伝えたこともあった。しかし彼らが提示するのは、建物も医師も“老朽化”した診療所の門前で、細々と2~3軒の薬局を営み、スタッフはベテランのパート薬剤師、というような案件ばかり。せめて10軒以上の薬局を持つ会社を紹介してくれよ、と思うが、そういう案件は既に大手が押さえている。

 さて、気になるわが社の“お値段”は─。25店舗で年商約40億円、経常利益5~7%(2億~3億円程度)だから、その3~5倍ということは、6億~15億円が相場か。安く見積もって6億円! これだけあれば、銀行からの借入金を全部返しても、まだ残る。

 幸か不幸か、一人息子は薬剤師ではなく、薬局経営にはまるで興味がない。私も息子に継がせる気は全くない。

 社長業から解放されれば、「調剤過誤で訴えられた」「スタッフが給料を上げろと言ってきた」「薬剤師の採用が思うようにいかない」「管理薬剤師が医師とうまくやれない」といった日々の面倒事が一切なくなり、代わりにゴルフ三昧、大型モーターボートを買ってカジキマグロを釣り、豪華客船で世界一周旅行─夢の生活が待っているかも。

 じゃ、売っちゃおうか。そう考えるボクの隣に、「ちょっと待てよ」と冷静な自分がいる。ボクは今、53歳。あと20年ぐらい働けるとすると、その間にもらえる給料は果たしていくらになるのか。年収を明かすことは控えるが、想像してほしい。1500万円とすれば20年で3億円、2000万円とすると4億円。会社がもっともっと大きくなれば、どこかの社長さんみたいに年収6億円もあり得るかも(あり得ないけど……)。

 それに現実のボクには、友達がろくにいないし(社長業は孤独なのだ)、これといった趣味もない(仕事が趣味だから)。社長を辞めたら、大阪・梅田の地下街の串カツ屋で、昼から安酒をかっくらうぐらいしか、やることがなくなるのがオチだろう。売った後もそのまま社長をさせてくれる買収先もあるだろうけれど、今さら人の下で働けない。

 さらに冷静な自分がささやく。「これまでボクについてきてくれた、みんなの顔を思い出せよ。理想の薬局を目指して、『患者さんのために頑張ろう』と一緒に頑張ってきた社員たちの顔を思い浮かべてみろよ」─「うん、やっぱり、売り逃げはいかん!」。でも、待てよ。弱小チェーンにいるよりも大手の傘下に入った方が、みんなの将来が安定するという考え方もある。

 今年も、M&A会社からの電話に心が揺れ動かされる時期だ。 (長作屋)

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