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プロトンポンプ阻害薬
プロトンポンプ阻害薬
日経DI2013年10月号

2013/10/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年10月号 No.192

講師:枝川 義邦
帝京平成大学薬学部教授。1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より現職。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 ムカッとくると、ウエッとなる─。これは、いわゆる胸のむかつきを表す擬態語で、胃酸の逆流によって「虫酸(むしず)が走る」状態を表している。胃酸の分泌量が増える食後に起こることが多いが、精神的なストレスを引き金に、胃酸がどっと分泌されてムカッ、ウエッとなることもある。

 胃酸の分泌経路は、分泌シグナルを伝える分子によって、アセチルコリン系、ヒスタミン系、ガストリン系に分類される。いずれの経路も、結局は後述するプロトンポンプを動かすように作用することで酸を出す仕組みを持つ。

 今回のテーマであるプロトンポンプ阻害薬(Proton Pump Inhibitorという英語表記からPPIと略される)は、胃酸を分泌する全ての経路の最終段階で、どの流れが来ても水際で食い止める役目を果たす。ポンプの働きを止めさえすれば理由を問わず胃酸分泌が抑制される、という、かなり分かりやすい発想に基づく薬剤だ。食欲の秋を迎え、胃のコンディションを整える意味でも、今回はPPIの作用機序をおさらいしておこう。

プロトンで活性型に変換

 プロトン(H+)とは水素陽イオンのこと。胃の壁細胞で、血液中の二酸化炭素が水と反応した結果作られる。ここにはプロトンを胃内に放出する装置としてプロトンポンプが組み込まれていて、胃酸分泌の主体を担っている。

 プロトンは胃内で食物の消化を助ける役目を果たすものだが、裸で騒ぐおてんばな性質。それを抱える胃は自らを守るために粘膜機構を備えているが、おてんば娘のプロトンが増えすぎると手に負えなくなり、胃炎や胃痛、さらには普段は起こり得ない「食道への逆流」などの不具合が生じてしまう。

 プロトンを胃内に解き放つのはプロトンポンプ。生体における“ポンプ”は、何かをくみ出すときには何かをくみ入れるのが常。ここでプロトンと引き換えに動くのはカリウムイオン(K+)で、あたかも回転ドアがくるっと回るようなスタイルで、プロトンをくみ出してカリウムイオンをくみ入れている。これに対してPPIは、ポンプの駆動を止めて、回転ドアからにぎやかに出てくるおてんば娘を封じ込めるように作用する。

 日本で承認されているPPIには、オメプラゾール(商品名オメプラール、オメプラゾン他)、ランソプラゾール(タケプロン他)、ラベプラゾールナトリウム(パリエット他)と、2011年に発売されたエソメプラゾールマグネシウム水和物(ネキシウム)の4つがある。巧妙なことにこれらは全て、プロトンが過剰になった状態で活性化するプロドラッグ。酸によりスルフェンアミド体に変換され、プロトンポンプのシステイン残基とジスルフィド結合という強固な共有結合を作り、一度付いたら外れないしつこさでポンプの機能を阻害するのだ。

 このメカニズムはPPIの作用時間にも大きく影響している。PPIがプロトンポンプから離れないため、PPI自体の血中半減期が1~3時間と短いにもかかわらず、効果は持続性を示す。

 ただし、プロトンポンプは、細胞内で作られた新しいものが次々に出てくる仕掛けになっている。1日に約4分の1が新しいものに替わるともいわれていて、PPIが結合したポンプも入れ替わることがあるので、PPIを連日服用しても効果が十分なレベルに達するまでには数日を要してしまうのだ。

 PPIは消化管潰瘍や胃食道逆流症(GERD)など、胃酸の影響で不具合が生じる疾患の治療に使われる。そして、ピロリ菌の除菌治療でも有能なアシスト役として使われている。

 日本人の胃潰瘍患者の約70%はピロリ菌保有者で、除菌により効果的な治療ができる。この除菌に使う抗菌薬にPPIを併用することで、胃の酸性度を下げ、抗菌薬の活性を高めて除菌効果をアップしているのだ。

CYPに鑑みたスピンオフも

 ちなみに、PPIの代謝には、薬剤の種類によって寄与の大きさに差はあるものの、全て肝臓の薬物代謝酵素チトクロームP450(CYP)の2C19という分子種が関わっている。CYP2C19には遺伝子に多型が存在していて、人種による違いや個人差が大きいことは、皆さんご存じの通りだ。

 これはすなわち、PPIの効果に個人差が表れやすいということでもある。中でもオメプラゾールは差異が出やすいことが報告されている。

 この問題点を解消するために開発されたのが、4剤目のPPI、エソメプラゾール。この薬剤はオメプラゾールのスピンオフ薬ともいうべき位置付けで、オメプラゾールが光学異性体の両者が混在するラセミ体でできているのに対して、この中からS体のみを取り出したのがエソメプラゾール(エス-オメプラゾール)だ。CYP2C19の代謝活性がS体に対しては低いため、多型の影響を受けにくく、効果の個人差が少ないとされる。さらに、血漿からの消失がオメプラゾールに比べて遅いため、より高い臨床効果も期待されている。

 秋もやっぱり花より団子。時にはPPIなどの薬の手を借りつつ、おてんば娘をうまくコントロールして、おいしい味覚を楽しもうではないか。

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