以前から低用量アスピリンの常用が一部の癌を予防したり、大腸癌の予後を改善するなどの可能性があると報告されてきた。しかし最近の知見で、アスピリンは一部の大腸癌にしか効果がない可能性も明らかになっており、現時点ではエビデンスが不足している。また、アスピリンの長期服用に伴う消化管への副作用の懸念もあり、Aさんに対して服用を奨励できるとは言えない。 アスピリンは、抗血小板薬や解熱鎮痛薬として広く使用されている古い薬である。以前から、低用量アスピリンの常用が一部の癌を予防し死亡リスクを低下させる、転移を防ぐ、大腸癌の予後を改善するなどの可能性が複数の研究で報告されてきた。 例えば、2011年のLancet誌には、アスピリンの常用が長期間にわたり癌による死亡リスクを有意に下げると報告されている。英国オックスフォード大のRothwellらが、7つの大規模な無作為化試験に登録された2万3535人を5年間追跡したところ、アスピリンを服用していた人は、服用していなかった人に比べて、全ての癌種を合わせた罹患率が34%低く、大腸癌に限ると、罹患率は54%低いことが明らかになった(参考文献1)。 アスピリンはシクロオキシゲナーゼ2(COX2)を阻害することにより、癌の増殖に関わるシグナルを抑制すると考えられている。米国では、COX2選択的阻害薬のセレコキシブが遺伝性疾患である家族性大腸腺腫症の再発予防に使用されており、ポリープ数減少効果が認められている。しかし、同時に心血管系のイベントが2倍以上も増加することも判明している。 また、大腸癌の中にも、アスピリンが効くタイプと効かないタイプがあると考えられており、その選別を行うための研究が進められている。 米国ダナファーバー癌研究所のLiaoらは、大腸癌に対するアスピリンの効果を明らかにするために、結腸癌または直腸癌と診断された患者の癌組織の遺伝子変異と大腸癌の予後、アスピリンの服用の有無の関係を調べた。 その結果、PIK3CAという遺伝子に変異がある大腸癌患者では、大腸癌の診断後に日常的にアスピリンを服用していると、大腸癌関連の死亡リスクが82%低いのに対し、遺伝子変異のない患者では、予後改善効果が全く認められなかった(参考文献2)。 ただし、このPIK3CAの遺伝子変異がある大腸癌患者はごく一部であることも明らかになっており、この研究結果のみで大腸癌に対するアスピリンの有効性を予測できるとは言い難い。 Aさんの娘は、インターネットでこうしたアスピリンの大腸癌への効果に関する研究結果を知ったものと思われるが、アスピリンの大腸癌への効果は、まだ検証しきれていない段階といえる。 また、アスピリンは長期服用により、重篤な消化管出血や消化性潰瘍のリスクが上昇する懸念が強まる。そのため、現時点で薬剤師としては、癌治療の目的でアスピリンの服用を開始するよう薦めるのは時期尚早と考えられる。 薬剤師はAさんとその娘にこうした考えを説明するのが望ましい。その上で、Aさんとその娘がどうしてもアスピリンの服用に関心がある場合は、医師にも相談するよう勧めるべきだろう。 インターネットの普及に伴い、特に癌治療について、患者やその家族から治療薬やサプリメント、漢方薬などの質問を薬剤師が受ける機会が増えている。薬剤師は科学的な根拠に基づき、患者に分かりやすい言葉で説明を行い、理解を得ることが重要である。 イラスト:加賀 たえこ 確かに、アスピリンには、大腸癌を予防したり、転移を防ぐ可能性があると報告されています。ご覧になった情報はそうした報告の一部ではないかと思います。 ただ、大腸癌の中にもアスピリンが効くタイプと効かないタイプがあることが分かってきており、Aさんに効果があるかは分かりません。また、アスピリンを長期間服用すると、消化管に出血や潰瘍が生じる恐れもあります。そのため、私ども薬剤師としては、効果と安全性がもう少し明らかになるまで、その治療はお薦めできないと考えています。 それでも関心があるということでしたら、主治医に相談されてはいかがでしょうか。私どももできるだけサポートさせていただきます。 参考文献
出題と解答 : 安武夫
(東京大学医科学研究所附属病院薬剤部)
こんな服薬指導を
1)Lancet 2011;377:31-41.
2)N Engl J Med.2012;367:1596-606.
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