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漢方のエッセンス
胃の冷えを除去しつつ胃の機能を改善
日経DI2013年9月号

2013/09/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年9月号 No.191

講師:幸井 俊高
漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」代表
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。

 構成する生薬が処方名となっている漢方処方には、呉茱萸湯(ごしゅゆとう)の他に人参湯(にんじんとう)や甘草湯(かんぞうとう)などがある。甘草湯は甘草単味の処方であるが、呉茱萸湯は呉茱萸に三味の生薬が配合された処方である。

 呉茱萸が配合されているのは呉茱萸湯以外に、温経湯(うんけいとう)や当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)がある。温経湯は、冷えと血行不良と血虚があるときに使う。当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、冷えと血虚がある場合に用いる。そして呉茱萸湯は、胃部の冷えを伴う諸症状に使う。

 呉茱萸はミカン科の低木ゴシュユの果実であり、独特の強い香りがあり、体を温める強い作用がある。呉茱萸が配合されている処方を使うかどうかの決め手は、冷えを伴う症状(寒証)が患者にあることである。呉茱萸湯は、熱証のある人には絶対に使ってはいけない。

どんな人に効きますか

 呉茱萸湯は、「胃中虚寒(いちゅうきょかん)、濁陰上逆(だくいんじょうぎゃく)」証を改善する処方である。

 胃は六腑の一つであり、飲食物を受け入れ(受納)、消化し(腐熟)、食べた物を人体に有用な形に変化させる。さらに飲食物の有用な部分(清陽)を脾](用語解説1)に渡した後、残りのかす(濁陰)を小腸・大腸に下ろす(降濁)。

 この胃の機能が衰えているところに、寒邪の刺激が加わった証が「胃中虚寒」である。この状態になると、胃の降濁機能が弱まり、濁陰を下降させることができなくなる。そして濁陰が胃から上部に上がってくる。これが「濁陰上逆」証である。胃の機能が低下し、冷やされることにより、蠕動運動が弱まり、胃の中の物が押し上げられる状態であろう。

 この証の患者は、胃が虚弱で冷えているので、食欲不振、胃痛、上腹部のつかえ感や膨満感、胃酸過多、胃の振水音が生じる。さらに胃に寒邪が居座っているため胃部が冷え、寒さや冷たい飲食物を嫌い、暖かい環境や熱い飲食物を好む(畏寒喜暖[いかんきだん])。おなかの冷えから、唾液や涎(よだれ)が多くなり、下痢しやすい。

 胃の中の濁陰が上逆すると、胃がムカムカし、食事をすると吐き気、呑酸、嘔吐が起こる。空えずき、吃逆(しゃっくり)も生じやすい。

 胃の中の寒邪が頭部にまで上逆すると、頭痛が起こる。頭痛は片頭痛、あるいは頭頂部の激しい痛みである場合が多い。めまいや首筋の凝りもみられる。疲れたときや生理前に生じやすい。

 寒邪が心(しん)(用語解説2)に上逆すると、心の機能が乱され、いらいらし、もやもやと落ち着かない不安感・不快感(煩躁[はんそう])が生じる。時にじっと安静にしていられなくなる。

 胃が濁陰を下げられないと、脾は清陽を上げられなくなる。この場合、脾気が体の隅々にまで行き届かず、手足が冷え、疲れやすくなる。舌は赤みが薄くて白っぽく、舌苔は湿っぽい。

 このように、胃の機能低下と冷えという虚証(胃中虚寒)が根本にあり、そのために本来下降すべき濁陰が上昇しているという実証(濁陰上逆)が生じている証(本虚標実)(用語解説3)に、呉茱萸湯を使う。

 臨床応用範囲は、慢性・急性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、胃下垂、胃拡張、胃酸過多、逆流性食道炎、肝炎、片頭痛、神経性頭痛、メニエール病、自律神経失調症などで、胃中虚寒、濁陰上逆の症候を呈するものである。

どんな処方ですか

 配合生薬は、呉茱萸、人参、生姜、大棗(たいそう)の四味である。

 君薬の呉茱萸は熱性が強く、肝(用語解説4)・腎(用語解説5)・脾・胃に帰経(きけい)(用語解説6)する。まず胃を温めて嘔気や嘔吐を止める。次に肝を温めて上逆を下ろし(降逆)、正常化する。そして腎を温めて嘔吐と下痢を止める。このように、呉茱萸は一つで幅広い薬効がある。また生姜は臣薬として胃を温め、寒気を散らし(温胃散寒[おんいさんかん])、降逆して嘔吐を止め、君薬の呉茱萸の働きを助ける。

 胃気が上逆して下降できないため、脾気も正常な上昇ができなくなっている。そこで人参が佐薬として脾気を補い(補脾益気[ほひえっき])、虚している脾胃の機能の回復を助ける。大棗は使薬として補脾益気しつつ、諸薬の薬性を調和する。さらに人参の作用を助け、生姜との配合により脾胃の機能を調和させる。

 以上、呉茱萸湯の効能を「温中補虚(おんちゅうほきょ)(用語解説7)、降逆止嘔(こうぎゃくしおう)」という。四味の生薬の相互作用により、胃を温めて胃の機能を補い、濁陰の上逆を解消する。

 嘔吐が激しい場合は小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)を合わせ飲む。胃の冷痛が強ければ安中散(あんちゅうさん)を合方する。寒証がみられない場合は茯苓飲(ぶくりょういん)を検討する。

 熱性が強いので、熱証を伴う胃痛や呑酸、頭痛などには使わない。寒熱の弁証が大事である。

 出典は漢方の古典『傷寒論』である。

こんな患者さんに…【1】

「食欲がなく、少し食べても胃がはります。無理して食べると吐いてしまいます」

 寒がりで、おなかと足が冷える。唾液が多く、舌苔が湿っぽい。疲れやすく、元気がない。典型的な胃中虚寒、濁陰上逆証とみて呉茱萸湯を使用。半年ほどですっかり改善した。

 嘔吐が激しく、漢方薬一回分の服用が困難な場合は、様子を見ながら少量ずつ服用させる。

こんな患者さんに…【2】

「月に3~4回片頭痛の発作が起こります。疲れたときや生理前にひどくなります」

 発作時は目がくらむような痛みで、ひどいときは手足が冷え、嘔吐し、じっとしていられない。胃に何も入っていないときでも、空えずきし、唾液が出てくる。濁陰上逆証とみて呉茱萸湯を使用。2カ月後には片頭痛発作が月に1回に減り、3カ月後には発作がなくなった。

用語解説

1)脾は五臓の一つで、胃から受け取った清陽を吸収して気・血(けつ)・津液(しんえき)を生成し、それを五臓の肺に持ち上げ(昇清)、全身に輸送する(運化)。脾と胃は密接に連携しており、これを「表裏をなす」関係という。気は人体のあらゆる生理機能を推し進める生命エネルギー、生命力。血は生命活動に必要な栄養である。津液は人体に必要な正常な水液。
2)心は五臓の一つで、心臓を含めた血液循環をつかさどるほかに、精神・意識・思惟など、人の高次の精神活動(神志[しんし])もつかさどる。
3)「本」は根本的な病気の原因、そして「標」は実際に外に現れる症状。
4)五臓の肝には、全身の生理機能が円滑に行われるように調節する機能がある(疏泄[そせつ])。
5)五臓の腎には、水分代謝の調節をする働きがある。嘔吐や下痢は、水分代謝の異常である。
6)帰経とは、それぞれの生薬がどの臓腑や経絡に作用するかを表すものである。これにより、治療の適応範囲が分かる。経絡とは、気・血・津液が体内を運行する通路。
7)この場合の「中」は、中焦つまり体の中心部にある脾胃の機能のこと。

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