注射薬の中では、今年3月に発売された持効型インスリンのインスリンデグルデク(商品名トレシーバ)に注目が集まる。広く普及しているインスリングラルギン(ランタス)から切り替えられるケースが出てきた。 トレシーバは、ランタスやインスリンデテミル(レベミル)といったこれまでの持効型インスリン以上に、長時間作用する点が大きな売り(表6)。1型糖尿病患者に投与した試験では、42時間以上作用が持続することが確認されている。 トレシーバの持続化のメカニズムは面白い。トレシーバの成分はインスリン誘導体にグルタミン酸および長鎖脂肪酸(ヘキサデカン二酸)を結合させたもので、薬剤溶液中では6量体が2つ結合した状態にあるが、皮下では脂肪酸とグルタミン酸による可逆性の非共有結合によってそれらが直鎖状につながり、多量体を形成する。そこからインスリンが徐々に解離して作用が持続するという仕組みになっている(図8)。 トレシーバを評価する声は多く聞かれる。クリニックみらい国立(東京都国立市)院長の宮川高一氏は「トレシーバは数日投与すれば血中濃度が定常状態になるため、ピークが見られず安心して使用できる」と語る。 また、すずき糖尿病内科クリニックの鈴木氏も「トレシーバはまだ長期処方できないが、それでも既に20人以上に使用している。これまでは主にランタスを使用していたが、トレシーバはより効果が長続きすることを実感している」と話す。長期処方が可能になれば、より広く使われるようになりそうだ。 図8 トレシーバの効果が持続する仕組み(写真はフェノール存在下および非存在下でのデグルデクの状態) 写真提供:ノボノルディスクファーマ 夜間低血糖が少ない 気になるのは、FDAでトレシーバがまだ承認されていないこと。臨床試験で心血管系イベントのリスク上昇が軽度ながら見られたためで、追加試験が行われている。長期の安全性については、ランタスでも癌の発症リスクが取り沙汰され、今年6月にそれを否定する論文が発表されたが、FDAはまだ結論を下していない。こうした懸念を払拭するには、長い時間が掛かりそうだ。 超速効型のインスリンアスパルト(ノボラピッド)とトレシーバのミックス製剤(ライゾデク)も国内承認済みで、近く発売される見込み。このほか、日本イーライ・リリーも国内外で持効型インスリンの臨床開発を進めている。 なお、週1回投与型のDPP4阻害薬やGLP1製剤のように、週1回投与のインスリン製剤は登場しないのか。これについては、研究が進められている話を聞くが、もし1週間持続するようなインスリンを打って低血糖を起こしてしまった場合、入院治療が必要になる。このため、開発は困難を伴うようだ。 GLP1製剤にも新薬の登場が相次いでいる。週1回投与のビデュリオン(一般名エキセナチド)が今年5月に発売され、1日1回注射のリキスミア(リキシセナチド)も9月に発売される見込みで、計4種類になる(表7)。 GLP1製剤は種類によって効き方に違いがある。GLP1の作用に詳しい関西電力病院(大阪市福島区)院長の清野裕氏は「GLP1製剤は、短時間型と長時間型の2つに分けられる」と語る。 短時間型と長時間型で違い 一方、長時間型のビクトーザ(リラグルチド)とビデュリオンは、食後血糖と空腹時血糖を全体的に下げる。 また体重減少効果と消化器の副作用について清野氏は「短時間型は胃の運動を強く抑え、悪心・嘔吐の副作用が出やすい。これに対して長時間型はマイルドで、使用しているうちに胃運動抑制効果が薄まる傾向にある。長時間型はGLP1受容体を継続的に刺激するため、脱感作のような状態が起きると考えられている」と話す。 実際、ビデュリオンの治験では、ビデュリオンはバイエッタに比べて体重減少効果が小さく、悪心・嘔吐の発生率も低かった。投与量にもよるが、こうした特徴は知っておきたい。 週1回は“太い針”に勝るか ビデュリオンの治験に携わった朝日生命成人病研究所附属医院(東京都中央区)医療連携部長の櫛山暁史氏は、「HbA1cを下げる効果はGLP1製剤の中でも高いと感じる。エキセナチドの血中濃度がバイエッタ1日2回15μgと同じレベルに維持されるためだろう。低血糖も少ない」と語る。 有害事象は他のGLP1製剤と同様に悪心や嘔吐があるほか、硬結が生じやすいことが報告されている。 最大の欠点は、自分で薬剤を調整する手間がある上、注射器の針が太い(23ゲージ、約0.65mm)こと。週1回投与の利便性がこれらの欠点を上回り、患者に受け入れられるかが注目される。 「週1回の注射で済む利点が特に生かせるのは、要介護の高齢者だろう。毎日の注射や服用の手間が省けるため、家族などの負担が減る」と櫛山氏。 週1回投与のGLP1製剤は、他にもデュラグルチド、アルビグルチド、セマグルチドなどが開発中だ。 図9 ビデュリオンの効果が持続する仕組み エキセナチドを含有した生分解性微粒子(ポリ乳酸・グリコール酸共重合体:PLG)が体内の加水分解酵素で徐々に分解されることで、エキセナチドが徐放化される。 インスリンとの併用が売り リキスミアの最大の特徴は、インスリン製剤との併用が可能であること。併用すれば、空腹時高血糖も含め全体的に血糖値を下げることができる。 清野氏は「インスリン製剤と併用できるため、他のGLP1製剤と比べて、比較的病態が進んだ患者でも使用できるだろう」と語る。ただ、他のGLP1製剤が来年にはインスリン製剤との併用の適応を取得するとの予測もあり、そうなるとこの優位性がなくなる。 以下に、GLP1製剤の処方例を基に、注意点と処方意図を解説する。 症例1 同じ長時間型のビクトーザからビデュリオンに切り替えるケースが想定される。ビクトーザは保険適用上、単独での使用が可能だが、ビデュリオンはSU薬、BG薬、またはTZD薬との併用が必要で、単純に切り替えはできない。ビクトーザとSU薬の併用療法などに変更した上で、切り替える必要がある。そのため、このような処方内容を応需したときは疑義照会しなければならない。 症例2 ランタスとDPP4阻害薬の併用からの切り替え例。リキスミアは夕食後の食後血糖値が上がる傾向にある。そのような場合、夕食後の高血糖をカバーするために、作用時間が短めのグリミクロン(グリクラジド)を少量追加する処方内容が考えられる。
臨床試験のデータでは、夜間の低血糖がランタスに比べて有意に少ないことが判明している。また、打つ時間がバラバラでも定時に打った場合と同様に効くことが確かめられている。定時の注射を忘れた場合、翌日の注射タイミングまで8時間以上空いていればすぐ打てるなど、使い勝手も良い。
短時間型のバイエッタ(エキセナチド)とリキスミアは、注射後の食後血糖値を下げるのが特徴だ。清野氏は「朝夕食前に注射するバイエッタは朝食後と夕食後の血糖値を大きく下げ、朝食前に打つリキスミアは朝食後を主に下げる。これには胃からの食物排出速度遅延効果も寄与している」と話す。
ビデュリオンは、週1回の投与である点が最大の特長だ。生分解性のポリマーであるポリ乳酸・グリコール酸共重合体(PLG)の微粒子にエキセナチド分子を含有させることで徐放化した。PLGの微粒子が体内で徐々に分解されることにより、作用時間が持続する(図9)。単回投与時はエキセナチド濃度が10週間持続する。
一方リキスミアは、朝食前に注射することで朝食後の食後高血糖を強力に抑える作用を持つ。短時間型に分類されるにもかかわらず用法が1日1回である理由は、臨床試験で1日2回に比べて効果に差が見られなかったためだ。
ビクトーザからビデュリオンに切り替える場合の注意点
リキスミアにSU薬を追加する理由(清野裕氏による)
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