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特集:
治療目標値が大きく改訂 低血糖のない“高品質治療”へ
日経DI2013年9月号

2013/09/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年9月号 No.191

 「血糖の平均値を反映するHbA1cを7%未満に保ちましょう」

 2013年5月、日本糖尿病学会は熊本で開催された年次学術集会で、このような目標を掲げた「熊本宣言2013」を発表した。従来は5段階で示されていた治療目標値が、新たに3段階に変わった(図1)。この基準は6月から適用されている。

図1 新たに設定された糖尿病の血糖コントロール目標

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治療目標は年齢、罹病期間、臓器障害、低血糖の危険性、サポート体制などを考慮して個別に設定する。
※1  適切な食事療法や運動療法だけで達成可能な場合、または薬物療法中でも低血糖などの副作用なく達成可能な場合の目標とする。
※2  合併症予防の観点からHbA1cの目標値を7%未満とする。対応する血糖値としては、空腹時血糖値130mg/dL未満、食後2 時間後血糖値180mg/dLをおおよその目安とする。
※3 低血糖などの副作用、その他の理由で治療の強化が難しい場合の目標とする。
※4 いずれも成人に対しての目標値であり、また妊娠例は除くものとする。

治療目標値を明解に
 学会がこのような新基準を発表したのには理由がある。熊本宣言の策定に携わった熊本大学大学院代謝内科学教授の荒木栄一氏は、「患者や一般の医師に分かりやすいものにすることが大きな狙いだった」と語る。

 従来定められていた5段階の基準は複雑で分かりにくく、患者が積極的に治療に関与する姿勢を妨げている可能性があった。また治療目標が優・良・可などと示されており、低血糖リスクを考慮せず、とにかくHbA1cを下げればよいと受け取られる恐れもあった。

 重症化すれば死亡することもある低血糖は、糖尿病の薬物治療において、医師が最も注意する副作用である。08年に発表されたACCORD試験では、6.0%を目標にHbA1cを厳格に下げた群で、介助を要する低血糖の発生率が16.2%となり、通常治療群の5.1%に比べて有意に多く、死亡率も22%高かった。また幾多の研究により、重症低血糖が心血管イベント発生率や認知症の罹患率、死亡率などを高める可能性が指摘されている。

 そこで学会は、低血糖などの副作用を起こさずに血糖をコントロールする、「質の高い治療」を目標にすることを明確に打ち出したわけだ。

 7%という数値は、合併症予防のために世界的に推奨されている目標値である。また、従来の日本の基準(NGSP値で6.9%)とほぼ変わらず、分かりやすい数字として採択された。なお、治療目標は患者の状況に応じて個別に設定すべきとの文言が付記されている。

 目標値の改訂が、医師の処方にどのような影響を及ぼすかについて、荒木氏は「7%未満からさらに6%未満を目指すなどの場合に、医師は低血糖が起きにくい薬を優先する方向へ向かうのではないか」と語っている。

治療薬の進化が後押し
 学会が質の高い治療の実現を打ち出したのも、新しい糖尿病治療薬の登場とは無関係ではない。近年、持効型インスリンやジペプチヂルペプチダーゼ4(DPP4)阻害薬などが登場し、そうした治療が実施しやすくなっている。

 特にDPP4阻害薬は、低血糖リスクが低く、体重の増加も見られない。加えて、ビグアナイド(BG)薬やαグルコシダーゼ阻害薬(αGI)、グルカゴン様ペプチド(GLP)1製剤に見られる消化管症状や、チアゾリジン(TZD)薬に見られる浮腫・心不全といった、服用継続を妨げる副作用が少ない。このため継続的な治療がしやすい。

 実際、医師の処方方針もここ数年で大きく変化した。表1は日経メディカルオンラインが実施した「2型糖尿病の薬物治療に関する調査」で判明した各薬剤の処方率。08年に比べると13年にはDPP4阻害薬が10位以内に3種類入り、そのうちシタグリプチンはジャヌビア(71.9%)とグラクティブ(31.3%)を合わせると実質的に1位と考えられる。メトホルミン(商品名メトグルコ、旧名メルビン)も順位を大きく上げ、インスリングラルギン(ランタス)もランク入りしており、処方の変化が読み取れる。

表1 糖尿病治療薬の処方率の変化(日経メディカルオンライン調べ)

 日経メディカルオンラインが2008年および13年に実施した「2型糖尿病の薬物治療に関する調査」の結果より。発売されている薬剤のうち、処方している薬剤を複数選択で医師に回答してもらった。

欧米の治療方針も昨年改訂
 数ある糖尿病治療薬の特徴をまとめたのが表2だ。これは、12年に発表された、米国糖尿病学会(ADA)と欧州糖尿病学会(EASD)による最新の合同ステートメントに記されたもので、各薬剤にどのような利点や欠点があるかが一目で分かるようになっている。これを、患者それぞれの状況に合った治療に役立てよ、ということだ。

 また、「低血糖を起こさないための2型糖尿病治療リコメンデーション」が新たに策定され、同じステートメント内で示された(図2)。薬剤選択の幅が広がり、患者に適した治療方針の立て方が複雑化してきたため、欧米でもこうしたガイドラインの更新が行われた。

 ここでは、禁忌がない限りビグアナイド薬のメトホルミンが第一選択となっている。それ以外の薬剤については利点や欠点を勘案しながら、患者の状況に応じて併用することとされ、日本と同様、治療の個別化が重要視されている。

 なお欧米は肥満型の糖尿病患者が多く、インスリン分泌低下型が多い日本の患者に全て当てはまるわけではないが、世界的な糖尿病治療の動向を押さえておく必要があるだろう。

表2 血糖降下薬の特徴(米国糖尿病学会と欧州糖尿病学会の合同ステートメントより)

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※ロシグリタゾンについての言及を省いた。
参考文献:Diabetes Care.2012;35:1364-79.

図2 低血糖を起こさないための2型糖尿病治療リコメンデーション
(米国糖尿病協会と欧州糖尿病治療学会の合同ステートメントより)

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参考文献:Diabetes Care.2012;35:1364 -79.
※なおαグルコシダーゼ阻害薬(αGI)は本合同ステートメントには示されていない。論文中で、効果が「控えめ」、低血糖は「ない」、体重は言及なし、副作用は「消化管症状」など、コストは「中程度」と言及されているにとどまる。グリニド系薬はSU薬に含まれる。

日本はDPP4阻害薬も多い
 日本の医師はどのように治療薬を選択しているのか。せいの内科クリニック(福島県郡山市)院長で糖尿病専門医の清野弘明氏は、「日本の糖尿病専門医は、メトホルミンを第一選択として使用する考えの人が多いが、意見が一致しているわけではない。また一般の内科医ではDPP4阻害薬を主に使用する人が多いようだ」と話す。

 清野氏は、糖尿病患者を大きく4パターンに分けて治療方針を考えている(表3)。分ける要素は罹病期間と肥満の有無。罹病期間はインスリン分泌低下の度合いと相関し、また肥満はインスリン抵抗性の有無と相関すると考えられるからだ。

 糖尿病治療の基本的な考え方として、インスリン分泌量が低下したタイプの患者には、インスリン分泌を促す薬剤を使用する。インスリン抵抗性が高い患者には、インスリン抵抗性を改善する薬剤が主に選択される。

 清野氏が診る患者は、罹病期間5年以上の患者が全体の約7割を占める。また、非肥満のタイプが65%程度と多い。つまり、最も多いのは罹病期間5年以上の非肥満患者だ。そのような患者では、メトホルミンではなくSU薬を最初に使うという。

 清野氏は「こうした患者では基礎インスリン分泌が低下しているために空腹時血糖値が高い人が多く、SU薬で少しインスリンの分泌を上げてから、他の薬剤を併用していくパターンにすることが多い」と話す。それ以外のタイプでは、表3の通りメトホルミンを第一選択にしているという。

 なお、メトホルミンは乳酸アシドーシスの副作用に注意を要する。日本糖尿病学会は「ビグアナイド薬の適正使用に関するRecommendation」を12年2月に公表した。ビグアナイド薬は腎機能障害や肝機能障害の患者には禁忌であり、高齢者では慎重投与とすることを改めて確認したもので、この点は薬剤師として必ず押さえておきたい。

 糖尿病の治療方針や治療薬の位置付けは、今後も大きく変化していくとみられる。「質の高い治療」に活用できる新薬が次々に登場するためだ。次回からは、新しい薬剤の特徴と医師の処方意図について見ていこう。

表3 糖尿病治療薬の使い分けの例(清野弘明氏の場合)

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※インスリン製剤は患者の状況に応じて適宜考慮する。なお、これらは主な考え方を示したもので、実際には他の要素を加味して総合的に考慮している。

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