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漢方のエッセンス
苓桂朮甘湯
日経DI2013年8月号

2013/08/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年8月号 No.190

講師:幸井 俊高
漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」代表
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。

 水液は気血(きけつ)同様、人が生きるために不可欠なものである。この正常な水液を「津液(しんえき)」という(用語解説1)。これに対し、流れが停滞して貯留した異常な水液を「水湿(すいしつ)(用語解説2)」「痰飲(たんいん)」「水腫(すいしゅ)」などと呼ぶ。全身に広がる水液の軽度の停滞が水湿、集まって動くものが痰飲、体表などにあふれたものが水腫である。痰飲のうちさらさらとしたものを「飲」「水飲(すいいん)」、粘稠のものを「痰」という。本方は痰飲、とりわけ水飲を除去する基本処方である。

どんな人に効きますか

 苓桂朮甘湯は、「痰飲、脾陽不足(ひようふそく)」証を改善する代表的な処方である。

 痰飲が発生する原因には、五臓の肺・脾・腎の水分代謝の失調がある。本方を使うのは、脾の機能低下(脾胃気虚[ひいききょ])がある場合で、このような証を「脾陽不足」という。脾胃機能の低下により、飲食物から生成された気・血・津液を全身に輸送する能力(運化)が弱まり、津液が脾胃にたまって痰飲が発生する(脾虚生痰[ひきょせいたん])。

 その結果、上腹部の膨満感、胃部の振水音などが生じる。さらに痰飲は清陽(せいよう)(用語解説3)の流れを阻害し、水飲が上逆し(水気上衝[すいきじょうしょう](用語解説4))、動悸、息切れ、咳嗽、胸苦しさ、胸の閉塞感、胸部がざわざわと落ち着かない感じ・不安感(心煩)、胸脇部の苦満感などが発生する。喉の奥に物が詰まっているような、張り付いているような異物感が生じることもある。

 さらに水飲が頭部に至ると、めまい、立ちくらみ、耳鳴り、吐き気、嘔吐などが表れる。水飲の偏在により循環血液量が減っている状態であろう。根本に脾陽不足があるので、食欲不振、疲れやすい、体重が増えない、軟便などの症候もみられる。軽度の浮腫がみられることもある。舌は淡紅色で大きく、白く湿った舌苔が付着する。

 このように脾陽不足という虚証が根本にあり、そのために胃部に水液が停滞し、痰飲という実証を生み出している証(本虚標実[ほんきょひょうじつ](用語解説5))に、苓桂朮甘湯は有効である。さらに痰飲が気とともに胃部から突き上げるように上昇(上逆)しているのが、本方を使う証の特徴である。

 臨床応用範囲は、慢性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、胃下垂、胃アトニー、逆流性食道炎、狭心症、慢性気管支炎、気管支喘息、慢性・急性腎炎、膀胱炎、片頭痛、メニエール病、低血圧、高血圧、起立性調節障害、自律神経失調症、アトピー性皮膚炎、帯下などで、痰飲、脾陽不足、水気上衝の症候を呈するものである。

どんな処方ですか

 配合生薬は、茯苓、桂枝、白朮、甘草の四味である。

 君薬の茯苓は脾気を高め(健脾[けんぴ])、水湿を除去し(利湿[りしつ])、水飲を取り除く(化飲[けいん])。水飲は尿として排泄される。化飲が進めば尿量が増える。臣薬の桂枝は、温める作用(温陽[おんよう])により、陰邪である水飲を除去し、偏在が解消される。陽気を通して(温通陽気[おんつうようき])気を降ろすので、水気上衝に有効である。白朮は佐薬として健脾利湿し、脾の運化機能を高めて湿邪を除去し、さらに痰飲が発生するのを防ぐ。甘草は使薬として脾胃の機能を調えて気を補いつつ(益気和中[えっきわちゅう])、諸薬の薬性を調和する。

 茯苓は、桂枝と組み合わせられることにより化飲効果が強まる。桂枝が陽気の通りをよくすること(通陽[つうよう])により、水飲の流れがよくなるのである。五苓散(ごれいさん)(用語解説6)にもみられる組み合わせである。茯苓、桂枝ともに水飲や陽気を下降させるので、両者の配合は水気上衝にも効果がある。この組み合わせは桂枝茯苓丸にもある。桂枝が主役で、茯苓の利水作用が桂枝の通陽作用を高める役割を果たす。白朮は健脾して水飲をさばくので、茯苓の健脾利湿作用を強める。

 以上、苓桂朮甘湯の効能を「温陽化飲、健脾利湿」という。四味の相互作用により陽気を補い(本治[ほんち])、過剰な痰飲を除去し、さらに水気上衝を改善し(標治[ひょうち])、本虚と標実の両方を改善する処方となっている(攻補兼施[こうほけんし])(用語解説7)。

 嘔吐が激しい場合は小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)や呉茱萸湯(ごしゅゆとう)を合わせ飲む。多痰や咳嗽、動悸が顕著なら二陳湯(にちんとう)を合わせる。気鬱もあるなら半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)を合方する。軟便や下痢が続くなら平胃散(へいいさん)を併用する。脾気虚が明らかなら四君子湯(しくんしとう)や人参湯(にんじんとう)を合方して効果を強める。脾胃に水飲の停滞があるが水気上衝がみられない場合は本方でなく平胃散がよい。動悸、息切れ、貧血を伴うめまいの場合は四物湯(しもつとう)と合わせる(連珠飲[れんじゅいん])。動悸に加えて不安、恐怖、不眠など五臓の心(しん)気が弱く、不安定な場合には、桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)を合方する。

 燥性が強いので、陰液が不足している体質(陰虚証)には使用しない。温性も強いので熱証への使用も控える。

 出典は『金匱要略』『傷寒論』である。

こんな患者さんに…【1】

「突発的な動悸とめまいが割と頻繁に生じます」

 この患者は胃腸が丈夫でなく、狭心症の既往があり、不安感が強い。白い舌苔がべっとりと付着していた。典型的な痰飲、脾陽不足、水気上衝とみて本方を使用。徐々に動悸とめまいが改善し、半年後には安心して深く眠れるようになった。続けて虚血性心疾患の治療のため連珠飲を服用している。

こんな患者さんに…【2】

「気管支喘息です。天気が悪くなるときや台風接近時に発作が起こります」

 若い頃ほどひどくないが、今も年に数回、発作が生じる。天候の変化だけでなく疲労蓄積時にも、みぞおちの辺りから突き上げてくる感じで呼吸が苦しくなる。水飲、水気上衝による喘息と捉えて本方を服用。翌年以降は発作が出なくなった。普段は本方で体質改善(本治)を進め、発作時には小青竜湯(しょうせいりゅうとう)や麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)を使った(標治)。

用語解説

1)「気」は生命エネルギー、「血」は血液や栄養を意味する。気・血・津液は人体を構成する基礎的な物質であり、これらが適量さらさらと体内を流れていると、人は健康でいられる。気を「陽気」、血・津液に精を加えて「陰液」と呼ぶ場合もある。
2)水湿は単に「湿」と呼ばれることもある。
3)陽気つまり気の正常な上昇のこと。
4)水液は本来、体内を下降し排泄されるべきものであるが、それが気と共に上昇して諸症候を引き起こしている状態が「水気上衝」である。脾気虚により、肝気の動きが活発になっている場合も多い。
5)「本」は根本的な病気の原因、そして「標」は実際に外に表れる症状。
6)本方の甘草を猪苓・沢瀉に替えると五苓散になる。
7)本虚の治療を「本治」、標実の治療を「標治」という。体質改善など根本治療が本治で、対症療法が標治。本治も標治も大事だが、標治だけでは病気は繰り返す。

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