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薬理のコトバ
NaSSA
日経DI2013年6月号

2013/06/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年6月号 No.188

講師:枝川 義邦
帝京平成大学薬学部教授。1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より現職。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 今年も梅雨の季節がやって来た。この時期に目を楽しませてくれるアジサイは、土の酸性度によって花の色を変えるという。かくいう私たちの気分も、その日の陽気によって色を変えがち。梅雨時の季節性気分障害にちなんで、今月は、先月に引き続き抗うつ薬の話題を取り上げよう。

 うつ病では、神経伝達物質のセロトニンやノルアドレナリンの量が少なくなることで、気分が晴れない、元気が出ないといった症状に悩まされる。ほとんどの抗うつ薬は、これらの伝達物質を減らさないようにすることで、情報の伝達量を維持するように働く。しかし、今回取り上げるNaSSA(ナッサ)のメカニズムは全く異なる。伝達物質を「減らさない」のではなく、ズバリ「増やす」という積極的な戦略でうつ症状を改善するものだ。名は体を表すというが、NaSSAという呼称は、まさにその特異な作用を表している。

放出のリミッターを解除

 NaSSAは、ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant)の略称。国内ではミルタザピン(商品名リフレックス、レメロン)1剤のみの発売だ。従来薬に比べて効果発現までの時間が短く、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)で問題となる胃腸障害や性機能障害が少ないという特徴がある。

 ミルタザピンの標的は、神経伝達物質の放出をコントロールする2つのアドレナリンα2受容体。中枢神経系ではα2受容体は伝達物質を放出する神経突起の終末部に局在していて、活性化により伝達物質の放出を抑制するように働いている。標的の1つはノルアドレナリン神経の突起終末部にある自己受容体で、これはノルアドレナリンの放出量が十分になるとブレーキをかける役目を担っている。そしてもう1つは、セロトニン神経の終末部にあるヘテロ受容体。この受容体では、ノルアドレナリンがセロトニンの放出にブレーキをかけている。

 ミルタザピンはこの2種類の受容体に対してブロッカーとして作用する。その結果、伝達物質放出のリミッターが外れて、放出量が増加する。スロットマシンで大当たりが出て、コインがジャラジャラ出てくるがごとくで、これで気分も揚々だ。

セロトニンの副作用を抑制

 ここまででも巧妙な仕組みだと感じるが、NaSSAの魅力はこれにとどまらない。抗うつ作用の中心はセロトニン機能の回復にあるので、セロトニン放出量が増加するだけでも薬効は期待できるが、ミルタザピンは副作用への気配りもなされる設計になっているのだ。

 セロトニン受容体には少なくとも14種類があり、5HT1受容体への作用によって不安やうつ症状が軽減する。しかし一方で、5HT2や5HT3受容体への作用は、不安をかき立てたり吐き気や胃腸障害に結びつくことが知られている。セロトニンの放出量が増えれば、当然、近くにあるセロトニン受容体は全て活性化して、吐き気などの副作用も起こってくる。しかしミルタザピンが巧妙なのは、5HT2と5HT3の両受容体にはブロッカーとして働くということ。そのため、セロトニンが増えても、従来の抗うつ薬のような副作用を生じにくい。NaSSAの名称に“特異的セロトニン作動性”が付くゆえんだ。

 面白いことに、ミルタザピンは光学異性体が混ざったラセミ体のまま製剤化されている。光学異性体は薬物分子内の立体配置が違うため、受容体への作用が大きく異なることがある。ミルタザピンもしかりで、R体はセロトニン受容体のうち5HT3受容体を阻害する。そして、S体はα2受容体と5HT2受容体を阻害するのだという。作用の柱となるα2阻害だけならばS体のみで十分なのだが、ミルタザピンの場合はR体も混ざった形で製剤化することで、副作用に関連したセロトニン受容体の阻害作用を付加しているのだ。

睡眠誘発の「副効用」も

 ただし、NaSSAでも副作用がないわけではない。国内臨床試験では被験者の8割に何らかの副作用が認められ、中でも傾眠の発生率が群を抜いていた。傾眠、すなわち眠気の原因は、ヒスタミンH1受容体の阻害作用。鼻炎薬として使う第一世代抗ヒスタミン薬と同じ副作用だ。

 睡眠に対するミルタザピンの作用は詳しく調べられており、消灯から入眠までの時間が短縮し、次のレム睡眠までの時間が延長、夜間覚醒時間が短縮したという。つまり、眠りにつきやすく睡眠時間を増やすだけでなく、深い睡眠を誘発する作用もあるわけだ。

 うつ症状では不眠が問題になりがちなので、眠気はむしろ「副効用」といえるかもしれない。もっとも、ミルタザピンの半減期は1錠(15mg錠)で32時間。人によっては一日中眠気を覚えるようになるかもしれないので、注意しながらうまく使いこなしていきたいものだ。

 レメロンの名を聞くと、かつて流行したシャンプーのコマーシャルソングが浮かんでくる。NaSSAの登場により、抗うつ薬のラインアップが一層充実したことはうれしい話題。もう“振り向かないで”、夏の明るい日射しに向かって真っすぐに進んでいこうではないか。

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