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漢方のエッセンス
六君子湯
日経DI2013年6月号

2013/06/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年6月号 No.188

講師:幸井 俊高
漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」代表
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。

 胃腸機能が弱くなると消化吸収機能が低下し、消化された飲食物がスムーズに体内を流通しなくなる。その結果、水液が体内に滞ってしまう。体内の過剰な水液は体の負担となり、様々な病気や症状の原因となる。六君子湯は、このような状態を解決する処方である。

 六君子湯は、四君子湯(しくんしとう)と二陳湯(にちんとう)を合わせた処方である。四君子湯は、胃腸の機能を高めつつ「気(用語解説1)」を補い、二陳湯は、体内に停滞している過剰な水液を取り除く。この2つを合わせた六君子湯は、胃腸機能を高めて余分な水液を除去する力を持つ。

どんな人に効きますか

 六君子湯は「脾胃(ひい)気虚、痰湿(たんしつ)」証を改善する代表的な処方である。

 脾胃とは、五臓の一つである「脾」と、六腑の一つである「胃」を指す。胃は飲食物を受け入れ(受納)、消化し(腐熟)、食べた物を人体に有用な形に変化させる(用語解説2)。脾はそれを吸収して気血(用語解説3)を生成し、全身に輸送する(運化)(用語解説4)。脾胃の機能が低下すれば体内で気血が不足し、様々な病気や症候が引き起こされる。これが「脾胃気虚」証である。胃腸機能の低下だけでなく、代謝の低減、免疫力の低下、神経の興奮性の減衰、造血機能の弱まりなども起こる。

 「痰湿」は痰飲(たんいん)の一種であり、水液代謝の病理産物を意味する(用語解説5)。水液の代謝が正常に行われないため、水液が滞留して生じる。正常な水液は人体に必要な基本物質(津液:しんえき)であるが、それが停滞して貯留すると痰飲となり、人体の正常な生理活動の邪魔をして、心身に好ましくない症状が表れることになる。特に脾胃気虚の場合、運化・受納機能が弱いために飲食物から生じる湿濁(用語解説6)が消化器官内にたまり、痰湿が生まれやすい。

 脾胃気虚証の人は気血が不足しているので、元気がなく疲れやすい。手足がだるく、気力に欠ける。また、声に力がない、口数が少ない、息切れしやすい、顔色が白いなどの特徴が挙げられる。

 痰湿証では、湿濁が消化器官内にたまっているため、食欲不振、おなかが張る、消化不良、胃もたれ、みぞおちのつかえ、吐き気、嘔吐、呑酸、食べ物の味が感じられない、軟便、下痢などの症候が生じる。そのほか、多量の白い痰、咳、胸苦しさ、めまい、動悸、むくみ、手足が重だるい─など湿っぽい症候も表れる。白っぽい舌の上に、白い舌苔がべとべとと、あるいは粘っこく付着している。舌が大きく、腫れぼったい場合も多い。

 臨床応用範囲は、慢性・急性胃腸炎、胃・十二指腸潰瘍、逆流性食道炎、嘔吐、食欲不振、胃下垂、胃アトニー、消化不良、貧血、低蛋白血症、下痢、慢性・急性気管支炎、慢性腎炎、帯下などで、脾胃気虚、痰湿の症候を呈するものである。

 本方が適応する証は、脾胃気虚という虚証が根本にあり、その上に痰湿という実証が乗じている状態である。このような証を「本虚標実(ほんきょひょうじつ)(用語解説7)」といい、単純な虚証や実証より多い。従って、本方は様々な疾患に広く使われる(用語解説8)。

 出典は四君子湯や二陳湯と同じく12世紀(宗代)に編纂された中国の処方集『和剤局方』である(用語解説9)。

どんな処方ですか

 配合生薬は、人参(にんじん)、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)、甘草、半夏(はんげ)、陳皮、生姜、大棗(たいそう)の八味である。四君子湯(人参、白朮、茯苓、甘草)と二陳湯(半夏、陳皮、茯苓、甘草、生姜)を合わせた成分といえる。

 四君子湯の成分として、君薬の人参は補気し、脾胃の機能を高め、臣薬の白朮は健脾と同時に湿邪を除去し(燥湿)、人参の補気作用を強める。また、二陳湯の成分として、君薬の半夏は燥湿化痰(そうしつけたん)(用語解説10)、降逆和胃(こうぎゃくわい)(用語解説11)、鎮咳し、臣薬の陳皮は燥湿去痰(そうしつきょたん)して半夏を助け、気を巡らせ痰を除去する。

 佐薬の茯苓は健脾燥湿し、白朮との組み合わせにより健脾きょ湿の力を強め、痰の生成を抑える。止瀉にも働く。甘草は使薬として益気和中(用語解説12)しつつ、諸薬の薬性を調和する。生姜と大棗も脾胃の機能を調える。生姜には半夏の毒性(用語解説13)を制する働きもある。

 以上、六君子湯の効能を「補気健脾(ほきけんぴ)、理気化痰(りきけたん)」という。脾胃の運化・受納機能を回復させて、気を養い、同時に気を巡らせ、体内の痰湿を除去する。白朮の代わりに蒼朮を使う場合もある。体質を強める「補薬」と病邪を除去する「瀉薬」を組み合わせ、正気を補い邪気を除去し、虚実を均衡させる。本方は虚実という、相反する作用を和解する処方である。

 胸脇部の痛みや不快感があれば四逆散を併用する。腹部が冷えて痛い場合は人参湯(にんじんとう)を合わせる。嘔吐が激しい場合は五苓散(ごれいさん)を合わせ飲む。上腹部膨満感や食欲不振が顕著なときは平胃散(へいいさん)を併用する。気鬱が強ければ香砂六君子湯(こうしゃりっくんしとう)がよい。

こんな患者さんに…【1】

「主人が抗癌剤治療をしていますが、副作用が強く、つらそうです」

 抗癌剤の副作用は、倦怠感、食欲不振、嘔吐、下痢などである。脾胃気虚、痰湿証とみて六君子湯を服用してもらった。副作用は次第に軽くなり、2カ月後には全くなくなった。吐き気が強い場合は少量ずつ服用するとよい。

こんな患者さんに…【2】

「さほど食べていないのに太ってしまいます」

 筋肉が柔らかいぽっちゃりタイプ。疲れやすく、汗っかきで、むくみがある。白っぽい痰が多く、便は軟らかめ。脾胃気虚、痰湿と考えて六君子湯を服用。少しずつ体重が減り、1年で6kg減量した。痰湿が蓄積して肥満を引き起こした例。

用語解説

1)「気」は人体のあらゆる生理機能を推し進める生命エネルギー、生命力に相当する。元気、やる気の「気」。
2)受納、腐熟のほか、胃はさらに飲食物の有用な部分(清)を脾に渡したあと、残りのかす(濁)を下の小腸・大腸に降ろす「降濁」機能も持つ。
3)「血(けつ)」は生命活動に必要な栄養。血液のみを意味するのではない。
4)運化は脾の最も重要な機能。胃の降濁に対し、「清」を肺に持ち上げるので、脾の「昇清」機能という。
5)痰といっても気道から分泌される粘液ではなく、もっと広い概念。
6)飲食物の残りかす(濁)は湿っぽい。これが健康を害する要因となっている場合、湿濁と呼ぶ。
7)本虚標実とは、本質的に体質が虚しているところに、病邪が表面化して存在している証。体質を強化しつつ、病邪を除去して病気を根治していく(扶正きょ邪)。
8)純粋な虚証でなくても、純粋な補薬を使うことなどもある。患者の証や治療の優先順位をケース・バイ・ケースで判断し処方を決める。
9)出典を16世紀(明代)『医学正伝』あるいは『万病回春』とする場合もある。
10)燥湿化痰とは、痰湿を除去すること。
11)降逆和胃とは、胃気の逆上を緩和すること。
12)和中とは、中焦つまり体の中心部分である脾胃の機能を調えること。
13)生の半夏には催吐・咽喉刺激・失声・嗄声など弱い毒性がある。これらは生姜と合わせ煎じると消え、逆に制吐作用が残る。

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