今回は、虹いろ薬局本店に来局する32歳の若年の男性、田中晃さん(仮名)の薬歴をオーディットしました。患者は「疲れがたまっている」との主訴で初来局し、その後も不眠、食事摂取不良、胸痛といった体調の変化を、次々と訴えています。 こうした経過をたどる患者に対してどのように対応していくかは、薬剤師にとって大きなポイントです。患者の言葉から、背景に様々な病態が隠れている可能性を推察した上で、それまでに得られた情報を統合して、患者のアセスメントとケアにつなげていくことに着目しながら、オーディットの内容を読み進めてほしいと思います。 本文は、会話形式で構成しています。薬歴を担当したのが薬剤師A~E、症例検討会での発言者が薬剤師F~Gです。(収録は2013年1月) 講師 早川 達 虹いろ薬局本店は、岡山市内に5店舗を展開する株式会社協同プランニングが、1996年2月に開局した。応需している処方箋は月6000枚程度。近隣にある総合病院岡山協立病院(岡山市中区)からの処方箋が9割近くに上るが、岡山大学病院や近隣の診療所からの処方箋も受けている。 同薬局には、20代3人、30代2人、40代3人、50代4人、60代3人(うち1人は調剤のみ)、70代1人(調剤のみ)の薬剤師が勤務している。薬剤師は、同店舗での勤務のほか、他店舗に応援に行くこともある。 薬歴は電子薬歴で、SOAP形式で記載している。患者数も薬剤師数も比較的多く、1人の患者に対して、毎回別の薬剤師が服薬指導を担当することになるため、薬歴は、次回の指導につながるよう、分かりやすい記載を心掛けている。 早川 表書きから見ていきましょう。1980年生まれ、32歳の男性です。表書きの内容は、初回アンケートを転記したと考えてよろしいですか。 A はい、そうです。 早川 アレルギーなどは特にないということですね。たばこは吸っています。お酒についてはいかがですか。 A アンケートの項目にはあるのですが、記載がありませんでした。 早川 分かりました。では7月20日の薬歴に移りましょう。グッドミン(一般名ブロチゾラム)とノイロビタン(オクトチアミン・B2・B6・B12配合剤)が処方されています。基本的な情報として押さえておきたいのですが、処方元の病院のべッド数はどのくらいですか。 A 350床くらいです。総合病院なので、内科や外科など色々な診療科があります。慢性疾患の患者さんが比較的多いです。 早川 それなりの規模の総合病院ということですね。では担当したAさん、初来局時の患者さんの様子について説明してください。 A 自分からはあまり話したがらない印象でした。こちらから「お疲れがたまっているんですか」とお聞きしたら、「そうです」とのことでした。「どうされましたか」とお聞きした方がよかったのかもしれません。 グッドミンについては、初めて処方される場合、翌日に眠気が残ったりすることがあるかもしれないと思ってお聞きしたら、「前に飲んだことがある」ということでした。それ以上のことは、話してくれる感じではありませんでした。 早川 具体的な病名までは聞き出せなかったのですね。 A はい。 早川 グッドミンを以前に飲んだことがあるという情報からすると、実は何らかの既往歴がありそうですね。この点は後でまた出てきます。 早川 グッドミンについてディスカッションする前に、まず「疲れ」について考えてみましょう。患者さんが「疲れ」を訴えた場合、皆さんは、背景にどんなことがあると思いますか(薬歴【1】)。 E 眠れないから疲れがたまるのかな。 C 夏バテではないでしょうか。 G 仕事でストレスを感じている。 早川 背景に何らかの病気がある可能性はないでしょうか。例えば……。 E 心不全。 B 貧血。 G 肝臓の病気。慢性肝炎とか。 C 癌。 F 慢性閉塞性肺疾患(COPD)のような呼吸器系の病気。 A 甲状腺疾患。 D うつ病。 早川 色々出てきました。医師も、患者さんの訴えから鑑別すべき疾患を思い浮かべて、それぞれの可能性を検討した上で、この処方に至っていると思います。ただ、表書きでは、既往歴は「なし」ですよね。アンケートに記載するのが面倒臭くて書かなかったということでしょうか。 F 確かに、積極的にコミュニケーションを取るタイプではないです。 早川 わざわざ書くほどのことでもないと思ったので書かなかったのか、書きたくないと思ったのか、その辺りは分かりませんが、明らかに病気があれば書くのではないでしょうか。その意味では、背景に重大な病気がある可能性は低いかもしれません。 グッドミンについては、以前に飲んだ経験があるとのことだったので、詳しく説明しなかったのですね(薬歴【2】)。 A はい。いきなり1錠からだと、翌日に眠気が残るかもしれないと思ったので、「割線が入っているので半錠から始めて、それでも眠れなければ1錠に」という一般的な内容を説明しました。 F グッドミンを飲んだことがあるのなら、以前はどのように飲んでいたのか、効き目はどうだったか、といった点を聞き取れればよかったと思います。 C 市販のロキソニン(ロキソプロフェンナトリウム水和物)を飲んでいるので、具体的にどんなときに飲んでいるのかを確認したいです。 E 疲れや不眠がいつごろからなのかについても聞きたいです。 早川 その点は大事ですね。 8月3日の薬歴に移りましょう。来局間隔は問題ありません。担当したのはBさんですね。 B 前回からの2週間で、眠りの状況がどうだったかということを意識して対応しました。 早川 よく聞き取りができていると思います。「夜11時に寝られたらいいので、10時くらいに薬を飲む」というS情報が得られました。「中途覚醒もある」と、不眠のタイプも聞き取っています(薬歴【3】)。 B グッドミンは、最高血中濃度到達時間(Tmax)が1.2時間くらいで、入眠障害には適応があると思います。他にマイスリー(ゾルピデム酒石酸塩)やアモバン(ゾピクロン)もあります。 早川 中途覚醒に対してはどうですか。 F もう少し効き目が長い薬の方がいいかもしれませんが、まあ妥当だと思います。 早川 そのような観点で処方鑑査をするのは大事なことです。絶対にダメならば疑義照会になるでしょうし、もっといい選択があるかもしれないが悪くはないと評価するならば、その後の患者さんをモニタリングしていくというプランにつなげていくことができます。今回であれば、「グッドミンの効果(中途覚醒)について次回確認する」というプランができます。それが薬歴になるのです。 B 眠る1時間前(10時)に薬を飲むのは間隔が開きすぎていると思ったので、そのことを説明しました(薬歴【3】)。 E 1時間前から薬を飲むということは、この患者さんは眠りたいという気持ちが強いんですね。それがかえって、睡眠を邪魔しているのかもしれません。 C 朝は何時に起きるのでしょうか。 早川 患者さんの睡眠をアセスメントするために何を確認すべきかが分かってきました。次の8月20日は、心療科からユーロジン(エスタゾラム)が処方されました(薬歴【4】)。 C 心療科でグッドミンとは別の薬が出たのですが、グッドミンはまだ残っているので患者さんに確認したところ、一緒に飲むとのことでした。グッドミンで寝付きは良くなったが中途覚醒があるので、作用時間が少し長いタイプの薬が出たんだな、と理解しました。 早川 グッドミンを寝る直前に飲むように指導したのは良かったんですね。 B そうです。 早川 患者さんの不眠の状況を、さらにアセスメントしていきましょう。皆さんならどんなことを聞きたいですか(薬歴【4】)。 F 日中の眠気について。昼寝をするのでかえって夜に寝られないということはないのか。 B 具体的に、何時に起きて何時に寝ているのか。 早川 睡眠を妨げるような状況としてはどんなことが考えられますか。 E トイレ。 F 寝る前の喫煙やコーヒー。 C 騒音。テレビを付けっ放しにして寝ている人も意外にいます。 早川 病的な要因としては、レストレスレッグス症候群や、うつ病などの精神神経系の疾患も考えられるかもしれません。 早川 8月31日は、内科と心療科の両方から処方箋が出ています。 D ユーロジンが増量されていたので、今までの経験から、頑固な睡眠障害か、あるいは睡眠障害以外に何かあるのではないかと思って聞き取りをしました。普通に話しかけたら、すごく色々な話をされたので、薬歴に書いた程度のことしか覚えていません。「ベゲA(ベゲタミン-A配合錠)」と聞いたときに、これは普通の不眠ではないと思い、ノイロビタンとフォリアミン(葉酸)が出ていることからも、昼間にちゃんとした活動や食事ができていないのではないかと推測して、血液検査についてお聞きしました(薬歴【5】)。 早川 経験豊富なベテランの方らしい発言ですね。処方内容や患者さんの話から「○○ではないか」と推測することは、薬剤師として大切です。そういう意識で聞き取りをすることにより、ここまで色々なことを話してくれたわけですね。 D すごくお話しされるので、どこで止めようかと思ったくらいです。 F 私は2回しかお話ししていませんが、向こうから話してくれる印象はありませんでした。Dさんは聞き出し方がうまいんですね。 D そうでもありません。でも、この年齢で、公費(生活保護)受給者であることから考えて、関西で仕事がうまくいかなかったり精神的にまいったりして、故郷の岡山に戻ってきたのかもしれないと思ったのです(薬歴【5】)。 早川 患者さんの言葉から、状況を想像したわけですね。S情報は、患者さんが話した通りを書くことが大事だと、よく分かります。 これまでの話をまとめると、患者さんは関西地方に居住していた時代にベゲAを服用していた。ベゲAにはクロルプロマジンやフェノバルビタールが含まれている。つまり、統合失調症、神経症、うつ病などが隠れている可能性がある。既往歴が判明したわけです。 ビタミンと葉酸についても考えていきましょう。この処方から、どのような背景があることが考えられますか。 C 貧血。 F うつ病にも関係があるのでは。 早川 これまでの状況から、うつ病がクローズアップされてきました。「血液検査でビタミンと葉酸が不足」という具体的なS情報から、他の項目は大丈夫という推測もできるかもしれません。もしそうなら、肝臓病や甲状腺疾患は除外してもよさそうです。 次の9月28日も、内科と心療科の両方から処方箋が出ています。 D この日も患者さんの話がとても長かったので、薬歴には大事なことしか書いていません。どういうふうに食欲がないのかについて、もっと長く話していました。体重が減少し、下痢が続いて食事が取れないので、エンシュア・リキッド(経腸栄養剤)が出たのかなと思いました(薬歴【6】)。 早川 もともとの体重は。 D 聞き取れませんでした。痩せてはいるが、異常なほどではないと思います。 F 僕はこの日、エンシュア・リキッドが出ていたのでその説明をしたときに、初めて患者さんにお会いしました。待合室の人がいないところでうずくまるように座っていて、覇気がなく、この人だったらエンシュアがいるなと思ったんです。肌のつやも悪かった。 早川 食欲があるにもかかわらず食べられない原因として、どんなことが考えられますか。 G うつ病の影響。 F 生活が苦しい。ストレスがたまっている。あるいは、市販のロキソニンを飲んでいるために胃が荒れているのかもしれません。 早川 薬剤が食欲に影響していないかを確認できるのは私たち薬剤師ですので、そこは大事にしたいですね。 10月26日は、エンシュア・リキッドを除けばDo処方です。今度は「胸が痛い」という症状が出てきました(薬歴【7】)。 C 前回のS情報に、「10月3日に腹部エコーや胃カメラを撮る」とありますので、検査の結果をお聞きしたところ、そちらの方は問題なかったが、「肺気腫になりかかっている」と話してくれました。たばこを吸っているので、その影響かなと思いました。食欲については、「1食分を3回に分けて食べている」と聞き取りました。 早川 確認、モニタリングがよくできており、非常に良いと思います。患者さんの胸痛の訴えについて、皆さんはどう考えますか。 F 肺気腫で「胸が痛い」というほどの症状があるのなら、その前に、痰が多いとか呼吸が苦しいといった症状があるはずです。別の理由で「胸が痛い」のかな。 C 狭心症の発作。 F 逆流性食道炎。 E 痩せているので気胸。 早川 胸膜炎、肺炎、気管支炎などもあるかもしれません。消化器系は一応検査で否定されているので、心臓あるいは呼吸器系の問題と考えられそうです。どのように鑑別しますか。 E 狭心症は一時的な痛みですが、肺気腫だと慢性的で繰り返される痛みです。どのようなときに、どの程度痛むのかを聞けば、突き止められるかもしれません。 早川 肺気腫について、どのようなことを確認しておきたいですか。 C まず、たばこをどのくらい吸っているのかを確認したいです。 D 空気の汚れたところに住んでいる、あるいは住んだことがあるかどうか。 B 関西に住んでいたときに、空気の汚れた環境で仕事をしていたのかもしれません。 F 肺気腫がベースとなって、栄養状態の悪化につながっている可能性もあると思います。 早川 全体がつながってきましたね。 早川 11月16日に進みたいと思います。この日は心療科から新たにドグマチール(スルピリド)が処方されました(【8】)。S情報によると、患者さんの体重は38kgだそうです。ずいぶん痩せていますね。 E この日はドグマチールに気を取られてしまい、肺気腫のことは気にしていませんでした。患者さんのお話から、自炊しておられることが分かりましたが、あまり食べられていないようでした。睡眠については問題ないとのことでした。 入浴後にめまいを起こすことがあると言われました。外見も本当に細くてどんよりした感じだったので、体重をお聞きしたら38kgとのことでした。食事が取れていないし、うつもあるので、両方の意味でドグマチールが出たのだろうと納得しました。 早川 聞き取りも、それによるアセスメントもしっかりとできています。めまいについてはいかがですか。 C 食事が取れていないせいかな。 早川 ところで、患者さんの身長は。 F 165cmから170cmくらい。 D BMI(体格指数)を計算すると、14くらいです。 早川 疲労、不眠、栄養障害、胸痛と、だんだん大きな問題になってきました。私たちは、単に薬の観点だけでなく、全身管理の観点で患者さんを支援していきましょう。 虹いろ薬局本店でのオーディットの様子。 症例検討会は当薬局でも何度か行っていましたが、1人の患者さんの薬歴をじっくり検討する機会は今回が初めてでした。患者さんの発した言葉をそのまま薬歴に書き取ることで、患者さんの背景が見えてくるということがよく分かりました。 処方された薬の内容から、「この患者さんはうつ病かな」などと簡単に考えてしまいがちですが、考えられる色々な可能性を出し合った上で鑑別していくと、また別のものが見えてくることが分かりました。 処方箋を受け取り、書かれている薬から病気を推測し、説明しようと思ってやってきましたが、患者さんの症状や訴えから病気を推測することは、あまりしたことがありませんでした。日々の外来の中では時間的に無理なこともあるので、今回は良い機会だったと思います。 これまでは、例えば「痛みがあるから痛み止めが出ているんだな」などと単純に考えていましたが、オーディットでは、痛みの背景に何があるのかまで突っ込んで考えることができたので、良かったと思います。 この患者さんの最初の訴えは「不眠」と「疲れ」で、不眠に対しては何とか対処できました。しかし次第に、背景に生活環境や疾患がありそうなことが分かってきて、食欲不振、栄養障害と、大きな問題になっていきました。さらに肺気腫がからんでいるとするならば、全身性の炎症性疾患であることから、栄養障害がある人の予後は悪くなります。患者さんは32歳とまだ若いので、このまま手をこまねいているのは良いことではありません。医師も苦労されているのが分かるので、医師への支援と、薬の意義も含めて患者にしっかりと説明して、確実に服用してもらうように、私たちも支えていきたいところです。患者さんは今も来局されているようなので、必要に応じて聞き取りをした上で、より良い対応をしていただけることを期待します。 全体として、患者さんの重要な情報の多くは聞き取れています。それをアセスメントとプランにつなげる流れもしっかりとできています。患者の個別のケアにつなげるという意味では、「自分からよく話してくれる」といった薬剤師の受けた印象や、「関西地方からの帰郷かもしれない」といった見立ても書いていくと、さらに充実した薬歴になると思います。
北海道薬科大学薬物治療学分野教授。POS(Problem Oriented System)に基づく薬歴管理の第一人者。著書に『POS薬歴がすぐ書ける「薬歴スキルアップ」虎の巻』基本疾患篇、慢性疾患篇、専門疾患篇など。今回の薬局
虹いろ薬局本店(岡山市中区)
「疲れ」の背景に何がある?
隠れていた既往歴が明らかに
患者の全身を管理する視点で
参加者の感想
神谷 伸利氏
神崎 由紀子氏
松本 雅美氏
河野 健太郎氏
全体を通して
早川 達氏
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