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漢方のエッセンス
平胃散
日経DI2013年5月号

2013/05/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年5月号 No.187

講師:幸井 俊高
漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」代表
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。

 病気の原因の一つに、過剰な湿気(湿邪)がある。湿気は人体の各所で正常な生理機能を阻害し、例えば関節にたまれば関節痛を引き起こし、頭部で滞れば頭痛の原因となり、下肢にたまればむくみとなって表れる。

 特に湿邪の影響を受けやすいのは五臓六腑の脾胃(消化器系)である。上記の症状の多くは根底に胃腸機能の低下がある。脾胃の湿邪を除去し、胃腸機能を立て直すのが平胃散である。脾胃にあふれんとする湿邪を平らにするという意味でこの名がある。

どんな人に効きますか

 平胃散は、「湿困脾胃(しつこんひい)」または「湿滞脾胃(しつたいひい)」証を改善する処方である。

 五臓の一つである脾の最も重要な機能は、飲食物を吸収して気血(きけつ)を生成し、全身に輸送することである。この脾の機能を「運化」という。脾が正常に機能していると、飲食物は運化され脾に停滞することはない。従って、通常では脾は乾燥しており、その状態が好ましいのである。ところが、ここに湿邪が過剰に侵入すると、脾の機能が阻害され運化がうまくいかなくなる。こうなると消化器系の機能が低下するのはもちろん、湿邪が全身にあふれ、様々な症候が表れる。これが「湿困脾胃」証あるいは「湿滞脾胃」証である。

 湿邪は病邪の一つで、湿気のようにねっとりとした症候を引き起こす。

 湿邪には外湿と内湿とがある。外湿は外界の湿邪で、梅雨など湿気の多い季節や、湿度の高い地域での生活や仕事の環境でよく見られる。一方、内湿は体内の水分代謝の障害により発生する湿邪で、脾胃の運化機能の低下などにより発生する(用語解説1)。

 食べ過ぎや飲み過ぎ、特に生物・冷たい物・消化しにくい物を取り過ぎると、脾胃に湿邪がたまりやすい。湿困脾胃証になると脾胃の運化が滞り、新たな内湿が生じて脾胃機能を低下させ、症候が慢性化する恐れもある。

 この証の人は、気の流れが阻害されているため、上腹部に膨満感があり、食欲が湧かず、胃がもたれ、吐き気、嘔吐、あい気(あいき)(用語解説2)、腹痛などの症状が生じる。気が上逆すると、酸っぱい胃酸が口の中にまで上がってくること(呑酸)や、胸のつかえ、咳、痰、動悸、味覚の鈍化が見られる場合もある。

 また、湿邪には重く滞るという性質があるので、疲労倦怠感、手足が重だるい、体の動きがだらだらしがちで横になりたがる、眠くなりやすい、下痢をする、帯下(おりもの)が多いなどの症候が表れる。舌には白く厚い舌苔がべっとりと付着している。

 平胃散の臨床応用範囲は、急性・慢性胃カタル、胃アトニー、胃下垂、急性・慢性胃腸炎、胃・十二指腸潰瘍、神経性胃炎、消化不良、逆流性食道炎、心疾患、呼吸器系・婦人科系疾患などで、湿困脾胃の症候を呈するものである。上腹部膨満感と、べっとりと付着する厚い舌苔が判断基準となる。

 この処方の出典は宗代の医書『和剤局方』(用語解説3)である。

どんな処方ですか

 配合生薬は、蒼朮(そうじゅつ)、厚朴(こうぼく)、陳皮、甘草、生姜、大棗(たいそう)の六味である。

 蒼朮は君薬として湿邪を乾燥させて除去(燥湿)し、同時に脾胃の機能を高める(健脾)。脾の運化機能の改善(運脾)により、湿邪の除去(化湿)はさらに進む。

 臣薬の厚朴には気を巡らせる働き(行気)がある。脾の運化にも湿邪の除去にも、気のスムーズな流れが必要であり、気が滞れば湿邪も鬱滞する。厚朴の行気作用が機能することにより、脾胃の機能改善と湿邪の除去が同時に進み、腹部の膨満感も解消する。蒼朮と厚朴の組み合わせは、健脾と化湿の両作用を強め、脾の運化機能を正常化させていく配合である。

 佐薬の陳皮は気の流れを調えて胃の機能を立て直し(理気和胃[りきわい])、蒼朮と厚朴の働きを助ける。甘草は使薬として益気和中(用語解説4)しつつ、諸薬の薬性を調和する。生姜と大棗も脾胃の機能を調える。

 以上、平胃散の効能を「燥湿運脾(そうしつうんぴ)、行気和胃(ぎょうきわい)」という。重点は燥湿と運脾であり、合わせて行気和胃することにより、腹部膨満感を改善させる。気の流れがスムーズになり、脾胃の機能が調えば、諸症状は自然と解消されていく。

 蒼朮の代わりに白朮(びゃくじゅつ)を配合する場合もある。白朮は蒼朮よりも健脾作用が強いので、下痢、食欲不振など、脾虚が比較的顕著な場合に用いるとよい。

 湿困脾胃を改善する平胃散の応用範囲は広い。例えば、口の中が粘る、口が渇く、口が苦いなどの熱証があるようなら、黄連解毒湯(おうれんげどくとう)を少量併用する。腹部や手足の冷えなどの寒証が強いなら、苓桂朮甘湯(りょうけいじゅつかんとう)などを合わせる。梅雨の季節や天候の悪い時に症状が悪化する人や、下痢がひどい場合は、五苓散(ごれいさん)を合方する(用語解説5)。吐き気、嘔吐が激しいなら、平胃散に半夏(はんげ)とかっ香(かっこう)を加えた不換金正気散(ふかんきんしょうきさん)が薦められる。消化不良がある場合には、平胃散に香附子(こうぶし)や縮砂(しゅくしゃ)を加味した香砂(こうしゃ)平胃散がある。痰や咳が多いなら二陳湯(にちんとう)を併用する。胸脇部の苦満感や、悪寒、発熱、頭痛が見られる場合は小柴胡湯を合わせ飲む(用語解説6)。

 本方は燥性が強いので、陰虚(用語解説7)の人や、胃腸が虚弱な人、妊婦には使用しない。本方は、脾胃が虚弱な虚証というよりは、湿邪が過剰な実証に用いる処方である(用語解説8)。

こんな患者さんに…【1】

「胃腸の具合が悪く、食欲がありません。食事をすると、すぐ下痢をします」

 腹部膨満感があり、みぞおちの辺りがつかえる。吐き気や頭重感もある。べっとりとした白い舌苔が顕著に見られる。湿困脾胃証とみて平胃散を使用したところ、2カ月で腹部がすっきりし、頭重感も消えた。

こんな患者さんに…【2】

「喘息で胸が苦しく、痰がたくさん出てきます」

 痰の色は白または透明。天気の悪い日や、満腹時に症状が出やすい。平胃散を服用し、1年で完治した。

用語解説

1)内湿発生の原因には、脾胃の機能低下の他に、肺が水液を全身に散布する機能(宣降)、腎が水液を選別して有用な水液を再び活用する機能(蒸騰気化[じょうとうきか])、三焦(さんしょう)の水液通路としての機能(通行)、肝の調整機能(疏泄[そせつ])などの障害がある。これらのチームワークがいいときは体液の流れは順調で、内湿は生まれない。この体液調節機能を三焦気化という。三焦は六腑の一つである。
2)あい気とは、げっぷのことを指す。「おくび」とも読む。
3)宗の時代の12世紀に編纂された中国の国定処方集ともいえる古典。薬局方という言葉の起源となった。
4)和中とは、中焦つまり人体の中心部分である、脾胃の機能の調和を取ること。
5)平胃散と五苓散を合わせると、胃苓湯という処方になる。
6)平胃散と小柴胡湯を合わせると、柴平湯という処方になる。
7)陰虚証は、陰液が不足している体質のことをいう。陰液とは、人体の構成成分のうち血・津液(しんえき)・精を指す。陰虚の人が燥湿性の処方を飲むと陰虚が悪化するので注意が必要である。
8)病因として、人間の側に免疫力の不足や各種機能の低下がある場合を虚証、体力的には弱っていないが病邪の勢いが強い場合を実証と捉える。

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