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薬理のコトバ
抗VEGF薬
日経DI2013年4月号

2013/04/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年4月号 No.186

講師:枝川 義邦
帝京平成大学薬学部教授。1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より現職。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 サクラ咲く春を迎え、街で見かける服装も彩り鮮やか、目にも楽しい季節となった。視覚情報の感覚器はもちろん「眼」。ご存じの通り、外界からの光情報を、脳で処理できる電気情報に変換する感覚器だ。眼球内で変換処理を行うのは網膜。その中心部には「黄斑」と呼ばれ、視覚情報を取り入れるために重要な役割を担う部位がある。

 年を重ねるとともに身体には様々な変化が生じるが、眼の変化でも特に深刻なのが加齢による黄斑の変性だ。視力の低下を伴い、進行すると失明に至ることもあるため、加齢黄斑変性という病名が付けられている。長らく有効な治療法がなく、厚生労働省から特定疾患に指定されているが、最近になって明るい兆しが見えてきた。血管内皮増殖因子(VEGF)に対する分子標的薬、すなわち抗VEGF薬を眼球内に注射することで、進行の抑制だけでなく視力の回復も見られることが分かったのだ。今回は、加齢黄斑変性の発症メカニズムと、今や主力級の治療法として脚光を浴びている抗血管新生療法について詳しく見ていこう。

黄斑部の障害で視覚に異常が

 物を見るときに最も重要な役割を担っているのが、網膜の中心部にある「黄斑」。キサントフィルという黄色色素を多く含むため黄色く見える部位で、ここには、視細胞の桿体(光への感受性が高い細胞)と錐体(光への感受性は低いが色の識別が可能)という、視覚情報処理に重要な2つの細胞が共存している。

 この部位を断面的に見てみると、上(眼球の内側)から網膜、網膜色素上皮、脈絡膜という3層構造になっている。年を取るにつれ、この網膜色素上皮と脈絡膜との間に老廃物が蓄積していく。これが直接、あるいは間接的に、黄斑部を変性させるのだ。

 加齢黄斑変性は、萎縮型(ドライタイプ)と、日本人に多い滲出型(ウェットタイプ)に大別されている。萎縮型では、網膜色素上皮の萎縮で生じた間隙に老廃物がたまって、黄斑の機能が低下する。黄斑領域に網膜が薄くなった萎縮病巣ができるが、進行は遅く、萎縮が中心部(中心窩)に及ばない限り重度の視覚障害にはならない。

 一方の滲出型では、脈絡膜から新たな血管(新生血管)がたくさん伸びて、網膜色素上皮の下や網膜と網膜色素上皮の間に侵入する。「滲出」という名の通り、血管からにじみ出た液体が、黄斑に傷害をもたらす。新生血管は正常なものとは異なり非常にもろいため、血液成分を漏出させたり、血管が破れて出血することもある。この結果、血液成分が漏出して網膜が腫れる網膜浮腫や、網膜下に液体がたまる網膜下液を生じ、視覚に急速な変化が表れる。

 滲出型の加齢黄斑変性に特徴的な視覚異常としてまず生じるのが、網膜浮腫や網膜下液により視野の中心部がゆがむ「変視症」だ。滲出型と萎縮型はどちらも、黄斑部の障害が進むと、視野の中心だけが暗雲に隠されているかのように見えなくなってしまう「中心暗点」を来す。黄斑部は錐体細胞が多い領域なので、進行につれ、色の判別も難しくなってくる。

新生血管を抑える新薬が3剤登場

 現在、萎縮型の加齢黄斑変性への有効な治療法はないのだが、滲出型には新生血管の伸張を抑制する抗VEGF薬の有効性が高く、光感受性物質を用いるレーザー治療と並び、治療の第一選択となっている。

 黄斑部は、視覚情報を得るためになくてならない“聖域”。そこに伸びる新生血管は、さながら聖なる泉を汚す邪悪な触手のようだ。抗VEGF薬が眼球の硝子体内に注がれると、触手を引っ張る悪魔の眼がくらんで、退散する-そんな光景が目に浮かぶ。

 眼科領域に適応を持つ抗VEGF薬は、日本では3剤が承認されている。2008年に登場したのがペガプタニブナトリウム(商品名マクジェン)。6週ごとに硝子体内に投与する。この薬剤は抗体医薬ではなく核酸からなるアプタマー医薬だ。VEGFにはVEGF-A、VEGF-Bなど7種類のタイプと、さらにそれぞれにサブタイプが存在するが、ペガプタニブのターゲットはその一部にとどまっている。このため血管新生を抑える効果が弱く、治療では維持期に向いているとされる。

 09年に登場した抗体医薬のラニビズマブ(ルセンティス)は、VEGF-Aの全てのサブタイプを阻害する。癌治療に用いるベバシズマブ(アバスチン)の分子を一部変化させ、網膜への浸透性とVEGFへの親和性をより強力にしたものだ。4週ごとに硝子体内に投与することで、3カ月後には視覚異常の改善効果が表れ、12カ月後には視力検査表で1~2段分の視力回復効果が認められている。ただし、副作用として眼圧上昇や脳卒中を起こす可能性があるので、緑内障や脳卒中の既往者には慎重投与となっている。

 そして、12年11月に承認されたばかりのアフリベルセプト(アイリーア)。VEGF受容体の一部を抗体のFc領域と融合させた受容体融合蛋白質で、VEGF-AのほかVEGF-B、胎盤増殖因子(PlGF)を阻害する。分子量が大きく眼内滞留時間が長いという特徴があり、維持期には8週に1回の投与で視力の改善・維持効果が得られる。まだ臨床使用歴は短いが、治験の段階では効果や副作用はラニビズマブとほぼ同程度と報告されている。

 暗中模索とは実に不安が大きいものだが、長らく治療手段がなかった疾患に治療薬が3剤も実用化されたことは、どこかに「一条の光が射す」がごとくだ。4月からは新年度、明るい心持ちで足取り軽く進んでいこう。

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