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漢方のエッセンス
帰脾湯
日経DI2013年4月号

2013/04/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年4月号 No.186

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。2006年に漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」を開局。

 病気や体調不良の根本には、免疫力の不足や各種機能の低下がある場合(虚証)と、体力的には弱っていないが病邪の勢いが強い場合(実証)とがある。慢性的な不調が続くようなら、虚証である場合が多い。病気による症候とともに、体がだるい、疲れやすい、精神疲労が大きいなどの症状が見られる。

 虚証の場合、まず立て直すべきは胃腸である。腹を元気にしないことには病気に勝てない。消化吸収能力を高め、栄養を体内に取り入れ、元気を回復していくのが基本である。

 消化吸収機能は五臓の「脾」に含まれる。帰脾湯は、この脾の機能を高めて各種疾患を治療していく処方である。

どんな人に効きますか

 帰脾湯は、「心脾(しんぴ)気血両虚、脾不統血」証を改善する処方である。

 「心(しん)」は五臓(用語解説1)の一つであり、心臓の拍動による血液循環をつかさどる(用語解説2)だけでなく、人間の意識や思惟活動をもつかさどる(用語解説3)臓腑である。また「脾」も五臓の一つで、単に飲食物の消化吸収機能だけを意味するのではなく、飲食物から気・血(けつ)・津液(しんえき)を生成し(用語解説4)、血液が血脈外に漏れないようにコントロールし(用語解説5)、さらに思考や判断をつかさどる働きもある(用語解説6)。

 従って、思い悩み過ぎ、考え込み過ぎると、心と脾がオーバーヒートして傷つき、心と脾の機能が低下する。脾の機能が低下すると、生成される気血の量が減り、心が十分養われなくなり、心の機能はさらに下がる。これが「心脾気血両虚」証である。

 この証の人は脾気が弱いので、疲労倦怠感、食欲不振、元気がない、息切れ、軟便、体の熱感、寝汗などが生じる。また血の不足により、顔の色つやが悪く、時に黄色っぽくなる。心が養われないことにより、動悸、健忘、頭がふらつく、頭がぼーっとするなどの症候が発生する。不眠が見られることも多い。脾気の低下により昼間は眠いのだが、心血の不足によって夜は眠りが浅く、夢をよく見て目覚めやすい。舌は白っぽく、白い舌苔が薄く付着する(用語解説7)。

 脾気の低下により、血液が血脈外に漏れないようにコントロールする脾の機能が弱まると、少しの刺激で出血しやすくなる。あるいは出血が止まりにくい体質となる。これが「脾不統血」証である(用語解説8)。血便、紫色の皮下出血、不正性器出血、過多月経、月経期間の延長、月経周期の短縮などの症候が表れる。

 臨床応用範囲は、各種貧血、不眠症、健忘症、血小板減少性紫斑病、下血、吐血、自律神経失調症、神経衰弱、不安神経症、ヒステリー、不正性器出血、不妊症、更年期障害、慢性胃腸炎、神経性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、低蛋白血症、各種心疾患などで、心脾気血両虚、脾不統血の症候を呈するものである。

 出典は13世紀(宗代)の医学書『済生方(さいせいほう)』である。後に明代に当帰と遠志(おんじ)が加えられ、今日の処方となっている。

どんな処方ですか

 配合生薬は、黄耆(おうぎ)、人参、白朮(びゃくじゅつ)、茯苓(ぶくりょう)(用語解説9)、当帰、竜眼肉(りゅうがんにく)、酸棗仁(さんそうにん)、遠志、甘草、木香(もっこう)、大棗(たいそう)、生姜の十二味である。

 黄耆は君薬として脾胃の機能を高め、気を補う。同じく君薬の竜眼肉も脾気を養い、同時に心血を補う。臣薬の人参と白朮には補気作用があり、黄耆と配合することにより、補脾益気の力を強める。同じく臣薬の当帰は補血薬であり、竜眼肉との相互作用により、補心養血作用を高める。

 佐薬の茯苓、酸棗仁、遠志は心の機能を調整して精神を安定に導く。木香は佐薬として気の流れを良くし、補気薬や補血薬によって停滞しがちな脾胃の機能を回復させる。甘草は使薬として益気和中(用語解説10)しつつ、諸薬の薬性を調和する。生姜と大棗も脾胃の機能を調え、気血生化を助ける。以上、帰脾湯の効能を「益気補血、健脾養心」という。

 帰脾湯の一つ目の特徴は、心と脾を同時に治す点にある。ただし重点は健脾にあり、脾気を高めて気血生化の力を強めるのが主な働きであるため、帰脾湯の名がある。二つ目の特徴は、気と血の両方を補うことである。ただし重点は補気にあり、気の力で血の生成を促す。本方に黄耆と当帰が配合されているが、この二味で当帰補血湯という処方になる。当帰補血湯は補気生血の基本処方であり、気を補うことにより血の生化を自然に増やす組み合わせである。血が補われれば、心も養われることになる(用語解説11)。

 本方と同じように黄耆、人参、白朮、甘草、当帰、生姜、大棗を含む処方に補中益気湯がある。ともに益気補脾する処方であるが、本方は養心安神薬(用語解説12)を配合して心と脾の両方を補い生血統血するのが特徴なのに対し、補中益気湯は升陽挙陥薬を配合して中気下陥証を治すのが特徴である(用語解説13)。

 不正性器出血、過多月経で冷えがある場合は、きゅう帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)などを使う。いらいら、のぼせ、ほてりなどの熱証がある場合は、本方に柴胡、山梔子(さんしし)を加えた加味帰脾湯を用いる。

こんな患者さんに…【1】

 「不眠症です。眠りが浅く、夜中によく目が覚めます」

 疲れやすく、日中は眠いのに、夜になると眠れない。寝ても夢をよく見て熟睡できない。心脾気血両虚証と判断し帰脾湯を使用。4カ月ほどで眠りが深くなり、食欲も増して元気になった。

こんな患者さんに…【2】

 「生理不順です。生理が遅れがちで、量も最近減りました」

 疲れやすく、冷え症がある。目の下にくまが目立つ。気血両虚証と考え、帰脾湯を使用。次第に生理周期が安定し、元気になってきた。くまも薄くなった。1年後に自然妊娠した。

用語解説

1)五臓六腑は、解剖学的な内臓のみを指すのではなく、様々な生理機能や情緒・意識活動をも含む概念である。例えば五臓の「心」は、心臓という臓器のみを意味するのではない。
2)この心の機能を「血脈をつかさどる」という。
3)この心の機能を「神志(しんし)をつかさどる」という。神志は精神・意識・思惟など、高次の精神活動のこと。
4)この脾の機能を「運化をつかさどる」という。脾は飲食物を消化吸収して気血を生成するので「気血生化の源」と呼ばれる。気は生命エネルギー、血は栄養、津液は体液。
5)この脾の機能を「統血する」という。
6)これを「脾は思(し)をつかさどる」という。「思」は思考や判断のこと。
7)脾気と心血の不足で興奮性と抑制性の両方が低下し諸症状が生じる。
8)気の作用の一つに固摂(こせつ)作用がある。血液や汗、尿、精液が漏れ出ないようにする作用だが、脾の統血作用はこの一部といえる。
9)本来は茯神(ぶくしん)を使う。茯神は、松の根に寄生する茯苓の、松の根周囲の部分。精神安定作用が強い。
10)和中とは、中焦つまり人体の中心部である脾胃の機能の調和を取ること。
11)体力が衰えた気血両虚の状態では、胃腸の消化吸収機能も低下している。このような状況で補血薬を使っても、しつこい補血薬は吸収されにくく、胃腸の負担となり良くない。従って補気薬で脾気を高めることで血虚も治す。
12)本方では竜眼肉、酸棗仁、遠志、茯苓など。心を養い精神を安定させる。
13)補中益気湯は、元気がなく、内臓下垂、手足が重だるいなど、だらりと垂れ下がった状態(中気下陥、ちゅうきげかん)をしゃきっと元気づける(升陽挙陥、しょうようきょかん)処方である。

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