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CaseStudy
株式会社アトラク(東京都新宿区)
日経DI2013年3月号

2013/03/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年3月号 No.185

 薬剤師には様々な認定資格がある。スポーツファーマシストもその一つで、日本アンチ・ドーピング機構が、日本薬剤師会の協力を得て2009年に開始した。医薬品の中には、ドーピング違反物質を含有しているものが少なくない。スポーツ選手が知らずにそれらを服用して検査で陽性になってしまうことがある。そうした「うっかりドーピング」を防ぐためにこの資格は作られた。

 インターハイや国民体育大会(国体)など、スポーツファーマシストを会場に常駐させる競技会は増えているものの、この資格を十分に活用できる機会はまだまだ少ない。また、個人では活躍の場が限定される。そこで、組織として活躍できる場を自ら作っていくために、スポーツファーマシストの資格を持つ4人の若手薬剤師が会社を設立した。それが、ドーピング防止の総合コンサルティング企業を目指す、株式会社アトラクだ。

 社長の遠藤敦氏は、起業のために6年間勤務した調剤薬局を辞めた。

 「薬剤師は自分たちが“できること”を、社会に対してもっとアピールしなければならない」と、遠藤氏は起業の理由を語る。起業メンバーは、遠藤氏(34歳)のほか、吉村剛氏(35歳)、山田仁之氏(30歳)、風間望氏(28歳)と、いずれも20~30歳代だ(写真1)。

 出身大学も勤務先もバラバラだった4人の接点は、スポーツファーマシストの資格という一点のみ。それがインターネットでつながり、起業に至った。

写真1 アトラク起業メンバーの4人

左から、ロゴデザイン・広報活動担当の風間望氏、事業戦略・営業担当で社長の遠藤敦氏、システム開発とウェブサイト管理担当の山田仁之氏、薬局業務担当の吉村剛氏。
写真:秋元 忍

ネットで知り合った仲間と起業

 みんなで起業しないか─。きっかけは、ある飲み会で遠藤氏が発した一言だった。遠藤氏がスポーツファーマシストの資格を取得した11年当時、同じ資格を持つ薬剤師たちがインターネット上でグループを形成していた。フェイスブックやブログなどで活動を報告すると、メンバーがコメントし情報交換するという関係だ。

 11年8月に、その中の十数人が東京・池袋の飲み屋にオフ会として集まった。飲み会の終了間際に遠藤氏が発した起業を呼びかける言葉に興味を示したのが、風間氏と吉村氏の2人だった。遠藤氏の熱意に賛同した2人は、その場で起業への参加を決意する。その後、遠藤氏と共通の知人を介して知り合った山田氏も加わり、11月に会社が設立された。

畜産物と医薬品を「安全認証」

 アトラクの事業の一つは、「ドーピングフリー」、すなわちドーピング違反物質を含まない畜産物の認証を行うDSAP(ディーサップ)事業。最近、気管支拡張薬のクレンブテロールを肥育目的で投与された家畜の食肉を食べた選手が、ドーピング検査で陽性となるなどのケースが起きている。そこで、そうした薬物を含まず安心して摂取できる食品を認証しようというものだ。

 アトラクが定めた飼料や薬物の管理体制の基準を満たしていれば、生産者は「DSAPマーク」(図1右上)を付与され、その畜産物のパッケージなどに貼付してスポーツ界にアピールできる。同社はその認証料を生産者から得るという仕組みだ。12年2月、アトラクは沖縄県で肥育されている福幸豚(ふくゆきぶた)を、その第1号に認定した。

図1 アトラクの畜産物認証事業と薬局製剤

アトラクが作成した畜産物認証のための「DSAPマーク」と、薬局製剤用の「ドープくん安心マーク」。同社が運営する調剤薬局ではドープくん安心マーク付きの薬局製剤「ドープくんのかぜぐすり」などを販売している。

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 認証したのはまだ1種類で売上高はごくわずかだが、遠藤氏は「地方のブランド畜産物の生産者や販売者などに話を持ちかけ、いずれ大手食品会社などの食品も手掛けるようになりたい」と語る。

 また10月には、スポーツ選手が安心して服用できるようにと、ドーピング違反物質が含まれていないことを明記した「ドープくんのかぜぐすり」(図1左)など3種類の薬局製剤を作り、後述する自社の薬局で販売している。この薬局製剤には、世界アンチ・ドーピング機構(WADA)が規定する禁止物質を含有していないことを示す「ドープくん安心マーク」(図1右下)を付けている。

 これらの認証事業は、法人として運営して初めて信頼性を生み出すことができる。同社はこの事業を、薬剤師が職能を発揮して活躍できることを示すための、重要な柱と位置付けている。

ドーピング防止用アプリを開発

 ドーピング防止に関するシステム開発も、アトラクの主要な事業だ。

 13年2月5日、アトラクは処方薬にドーピング違反物質が含まれていないか分かるiPhone用無料アプリ「DopeZero」をリリースした(写真2)。iPhoneのカメラで処方箋のQRコードを読み取ると、処方内容が画面に表示され、ドーピング違反物質の有無や競技会時のみ禁止か常時禁止か、どの競技で禁止されているかなどが分かる。1万9320品目の医療用医薬品に対応しており、国内で販売されている医療用医薬品のほとんどをカバーする。このうち1666品目が違反物質を含有するという。

写真2 ドーピング違反物質検索用iPhone向けアプリ
「DopeZero」の概要

アプリを起動し、処方箋に記載されたQRコードをiPhoneのカメラで読み取ると、自動的に処方内容が画面に表示される。その中にドーピング違反物質を含む薬剤があれば、!マークが表示され、該当の薬剤名をタップすれば、常時禁止薬物か競技会時禁止薬物か、禁止している特定競技の種類は何かなどが分かるようになっている。

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 遠藤氏は、「選手が大会や練習時に薬を飲む際、薬剤師に判断を仰ぐ必要があり、判断に時間がかかることが多かった。このアプリを使えば10秒ほどで飲んでいいか分かるので、選手には非常に役立つはずだ」と話す。

 なお、処方箋へのQRコードの記載率は高くないため、アトラクはアプリのリリースと同時に、専用のウェブサイトで医薬品の一般名や商品名などからドーピング違反物質含有の有無などがチェックできるようにしている。

 「DopeZero」で参照する医薬品のデータベースは山田氏が8カ月かけて構築。それにアクセスするためのiPhone用プログラムを、インターネットサービス事業を手掛ける「株式会社リンドック」が作成した。同社も薬剤師が起こした会社だ。山田氏はアトラクのウェブサイトに、ドーピング事例やニュースなど様々な情報を盛り込もうとしている。「ドーピング情報のポータルサイトにしていきたい」と山田氏は意気込む。

薬局を“アンテナショップ”に

 このほか、アトラクでは様々なビジネスシーズを温めている。例えば教育事業。スポーツ選手やトレーナー、栄養士など向けに、ドーピングに関する知識普及のための講演を行う。また、文部科学省が08年に公示した新学習指導要領により、中学校では12年度から、高校では13年度から「くすり教育」のために保健体育の1~2コマを割くことが義務化された。この学校向けのくすり教育の講義も請け負おうとしている。現在、PRを兼ねて教師向けに模擬授業を実施している。

 さらに12年9月、同社は東京都新宿区に、地域でスポーツファーマシストとして活動するための拠点として、薬局「ラクトファーマシー」(写真3)を開設した。吉村氏が管理薬剤師として就任し、ドーピング違反物質を含まない薬局製剤の製造・販売や、調剤業務を行っている。

写真3 アトラクが開設した薬局「ラクトファーマシー」

東京都新宿区に内科診療所の門前薬局として開設。ロゴの牛と薬局名の「ラクト」は、薬局がある地名の「牛込」にちなんだもの。入り口に大きなホワイトボードがあり、健康情報や「お薬カフェ」などのイベント情報を発信する。処方箋枚数は月に450枚前後で、集中率は80%。

2月に開催したお薬カフェには、近所の子どもなど8人が参加した。子ども連れの親の一人は、「子どもが薬に興味を持つきっかけになれば」と話す。

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 ここでは1日20枚強の処方箋を応需しており、アトラクの運営費用は主にこの調剤業務により賄われている。吉村氏は「地域の患者から信頼を得て、いずれは近隣の学校などで薬教育の授業を請け負ったり、スポーツ選手をサポートできるようになりたい」と語る。

 ラクトファーマシーでひときわ目を引くのが、入り口にある特大のホワイトボード。ここには、薬局からのお知らせとして季節に応じて花粉症やかぜ薬の飲み方などを書き、患者や通行する人たちに向けて馴染みやすさを出している。

 また、オープンな薬局であることをPRするため、月1回のペースで「お薬カフェ」というイベントを開催。地域の人たちを薬局に招き、お茶や菓子を楽しみながら、病気や薬について啓発している。2月は「乾燥」をテーマに開催し、アロマオイルを混ぜた肌荒れ防止用クリームを作る過程を体験してもらった。吉村氏は「今後も様々なイベントを企画して、地域に深く根差していきたい」と語る。

 遠藤氏の年収は起業前よりも下がった。吉村氏の給与はラクトファーマシーの売り上げから確保できているが、山田氏と風間氏は無給。2人は別の調剤薬局に勤務しながら、業務終了後にアトラクの仕事に取り組む。

 4人とも事業を成功させるために奔走する毎日だ。遠藤氏は「われわれがスポーツファーマシストとして活躍の場を構築できれば、薬剤師が職域を拡大していくきっかけになる。その先例になるよう、事業を軌道に乗せていきたい」と語っている。(野村 和博)

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