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漢方のエッセンス
麦門冬湯
日経DI2013年2月号

2013/02/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年2月号 No.184

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」代表

 人間の健康を維持するためには、ある程度快適な温度や湿度の範囲というものがある。これは、日々生活をする外界の環境に言えることだが、体内環境についても、同じことが言える。手足や下腹が冷え過ぎては健康を害するし、胃に熱がこもって炎症が続いても困る。水分がたまってむくんでもよくないし、喉や肺が乾燥してもつらい(用語解説1) 。麦門冬湯は、このうち体内の乾燥を解消する処方である。

どんな人に効きますか

 麦門冬湯は、「肺胃陰虚、肺胃気逆」証(用語解説2) を改善する処方である。

 「肺胃陰虚」とは、肺陰虚と胃陰虚が同時に表れる証。呼吸器系と消化器系の両方で津液(しんえき)(用語解説3) が不足している状態を指す。病気は肺にあるが、病気の源は胃にあるのが特徴。

 胃は、食べた物から人体に必要な津液を作り出す臓腑。五行学説(用語解説4) では、胃は肺の母に当たる臓腑であり、胃の機能失調が肺の病気を引き起こしている状態に当たる。さらに胃の津液が枯渇しているために虚火(用語解説5) が上炎し、肺の乾燥を引き起こしている。肺胃陰虚により肺気と胃気が上逆すれば、「肺胃気逆」となる。

 胃の津液が不足して虚火が上炎し、肺の津液を蒸発させるため、痰や唾液が少なくなる。血痰が出ることもある。虚火により痰が凝縮して粘っこくなるため、痰は切れにくい。唾液やよだれを吐く場合もある。呼吸をつかさどる肺の機能が失調するために、呼吸が浅くなり、息切れが生じ、時に呼吸が苦しくなる。肺気の上逆により、咳が出る。呼吸器系が乾燥しているために刺激に弱く、咽喉部の刺激感や乾燥感が生じる。咳が出始めると続けて出たり、咳込んでなかなか止まらなくなったりすることが多い。虚火の上炎とも相まって、赤い顔をして咳込むこともしばしばある。気逆の症候である。さらに肺胃の門戸と呼ばれる咽喉部が、肺胃の陰液減少のため潤わず、喉や口の中が渇く。舌は乾燥して赤く、舌苔は少ない。

 麦門冬湯は肺陰虚を治す薬だと思われがちだが、胃陰虚にも有効な処方である。胃の津液が不足しているため、上腹部の不快感や食欲不振、さらに胃気の上逆により、吐き気、嘔吐、乾嘔(からえずき)、吃逆(しゃっくり)、噫気(げっぷ)などが生じやすい。津液が枯渇して虚熱が全身に及ぶと、手足のほてり、寝汗、不眠、疲労倦怠感などの症候も表れる。

 なお、燥証には外燥と内燥とがある。外燥は秋の乾燥した気候などの影響で、主に呼吸器系などが被害を受ける状態。それに対し、内燥は、体内の臓腑の津液が消耗されて生じる病気の証を指す(用語解説6) 。麦門冬湯は、この内燥を治療する代表的な処方である。

 臨床応用範囲は、慢性気管支炎、気管支拡張症、慢性咽喉炎、肺結核、喘息、百日咳などで、肺胃陰虚証で気逆の症候を呈するものである。あるいは胃・十二指腸潰瘍、萎縮性胃炎、慢性胃炎などで、胃陰不足で気逆嘔吐するものにも効果がある。高血圧や動脈硬化症などで、気逆の患者に応用する場合もある。

 出典は『金匱要略』である。

どんな処方ですか

 配合生薬は、麦門冬、半夏、人参、甘草、粳米(こうべい)、大棗(たいそう)の六味である。

 甘寒性の麦門冬は君薬として肺経と胃経に入り、養陰生津(用語解説7) し、燥証を潤して改善し、虚熱を冷ます。清心除煩作用があり、不眠にもよい。臣薬の人参、甘草、粳米、大棗は、益胃して胃気を強め、滋養胃陰(用語解説8) して消化器系の機能を立て直すことにより、自然と津液が肺に上昇して潤すようにする。人参は補中益気して麦門冬と共に生津し、甘草、粳米、大棗は脾胃を養いつつ、肺を潤す。甘草と大棗で急迫症状を緩和する。

 肺胃気逆に対しては、佐薬の半夏が降逆下気(用語解説9) する。化痰(けたん)作用により咳を鎮める。半夏は燥性の生薬ではあるが、大量の麦門冬が配合されているため、影響はない。逆に麦門冬のしつこい風味が半夏の配合により打ち消され、消化吸収されやすくなる。甘草は使薬として肺を潤し咽喉部の炎症を鎮め、諸薬の薬性を調和する。

 以上、麦門冬湯の効能を「潤肺益胃、降逆下気」という。肺胃の乾燥を潤しつつ、胃で陰液の生成を促して根本的に肺の乾燥を改善し、肺胃陰虚証を治療する。半夏を配合して降逆下気し、肺胃気逆に対処しているのも本方の特徴といえる。

 五行学説において肺の母に当たる胃気を補うことにより、肺の病気を治療するのも、この処方の特徴。本治と標治(用語解説10) を同時に進める。潤肺作用で肺を潤しつつ(標治)、益胃作用で胃気を強めて津液の生成を促す(本治)。

 胃や喉が乾燥しているからといって、水を飲んだり飴をなめたりして粘膜を潤しても、一時的に症状が緩和されることにはなるが、根本的な解決策にはならない。対症療法的な症状緩和も大切だが、粘膜自体の乾燥に対し、体の中から潤していく必要がある場合、麦門冬湯が強い味方となる。

 咳嗽がひどい場合は麻杏甘石湯を併用する。炎症が強い場合は白虎加人参湯を合方する。便が硬いときは麻子仁丸を合わせる。本方は虚火を冷ます方剤なので、肺胃の冷えによる咳や息切れ、吐き気、嘔吐には用いない。

こんな患者さんに…【1】

「乾咳で、咳が出始めると、むせるように続けて出て、吐きそうになります」

 たばこの煙の刺激などで、喉がむずむずしてくると、咳がこみ上げてくる。咳込んだときは顔が真っ赤になる。典型的な症例。麦門冬湯を使用し、1カ月半ですっかりよくなった。

こんな患者さんに…【2】

「口臭が気になります。歯医者や口臭外来に行っても異常はなく、原因不明です」

 胃からこみ上げるような臭いがある。げっぷがよく出る。胃陰虚による胃気上逆、虚火による口臭とみて麦門冬湯を服用。半年で口臭がなくなった。

用語解説

1)過度の乾燥のために健康が害される場合、この病邪を燥邪といい、証を燥証という。粘膜の乾燥や炎症が生じやすい。
2)「肺痿(はいい)」証ともいう。痿には機能の喪失や萎縮の意がある。肺結核を指す場合もある。
3)津液とは、人体に必要な水分のこと。
4)中国古代の哲学。木・火・土・金・水の五行はお互いに影響し合って均衡を保つ。中医学の五臓もこれに基づく。この中で脾胃と肺は母子関係にあり、胃気は肺気の母である。
5)病邪の一つ、火邪には、実火と虚火がある。火邪そのものが強く盛んな場合が実火であり、火を冷ます水が十分でないために勢いを増す火邪が虚火である。
6)内燥には上燥、中燥、下燥がある。体の上部が燥邪に侵されると肺が影響を受け、乾咳、喉の乾燥、痰の減少、血痰などの症候が表れる。中部が侵されると胃が被害を受け、乾嘔、食欲不振、体重減少などが生じる。下部が侵されると腎の機能が失調し、糖尿病や便秘などが生じる。
7)養陰生津とは、津液を生じさせ、体に必要な水分である陰液を養うこと。
8)滋養胃陰とは、胃の陰液を養い潤すこと。
9)降逆下気とは、気の逆上を降ろすこと。
10)病変の本質が「本」で、外に表れる症状が「標」。体質改善などの根本治療が本治で、対症療法が標治。本治も標治も大事だが、標治だけでは病気は繰り返す。

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