DI Onlineのロゴ画像

特集:
「自殺」「薬物依存」に薬剤師ができること
日経DI2013年2月号

2013/02/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年2月号 No.184

 向精神薬の過量服薬や頻回の服用は、自殺や薬物依存につながる恐れがある。国も、医師も、適正使用のキーパーソンとして薬剤師を挙げる。

 「患者が向精神薬をため込むと、過量服薬のリスクが高まる。精神科や内科など複数の診療科から向精神薬が処方されるが、薬のゼネラリストとして患者の立場に立って行動できるのは私たちしかいない。思い切って疑義照会し、薬のため込みを防止しましょう」─。

 1月17日、茨城県日立市で行われた「過量服薬ゲートキーパー研修会」では、約60人の薬剤師が講師の言葉に熱心に耳を傾けた。講師は、茨城県の自殺対策事業で作成した「向精神薬服薬指導マニュアル」(写真)の作成委員、栗田病院(茨城県那珂市)薬剤部長の鈴木弘道氏だ。

写真 茨城県の「向精神薬服薬指導マニュアル」

 茨城県は、県の自殺対策事業のキーパーソンの一人として薬局薬剤師に注目した。同県保健福祉部薬務課課長の氣田利正氏は、「県内では年間700人ほどの自殺者が出ている。向精神薬の過量服薬は自殺につながる恐れがあり、薬を患者に直接渡す薬剤師にこそ、自殺対策の一翼を担ってもらいたい」と期待する。

茨城県の自殺対策事業を推進する県保健福祉部薬務課の氣田利正氏(右)と、県薬の窓口になったねもと薬局の根本ひろ美氏(左)。

 そこで茨城県が呼びかけ、県内の薬剤師会や医師会、精神科病院協会などの協力で、薬剤師が過量服薬防止のために果たすべき役割と業務内容を解説する同マニュアルを2012年12月に完成させた。

 鈴木氏は、「どの場合に疑義照会するかを、医師と一緒に考えてマニュアルに明記した意義がとても大きい」と話す。具体的には、(1)同一の薬理作用の薬が、複数の医療機関から処方されている、(2)同一の薬理作用の薬が3種類以上処方されている、(3)添付文書の用法・用量を逸脱している─場合は、必ず疑義照会する。

 県と県薬剤師会は、マニュアルを全薬剤師に配布した上で、今後3月にかけて「過量服薬ゲートキーパー研修会」を県内16カ所で行い、マニュアルの内容を周知徹底する方針だ。

1月17日に茨城県日立市で開かれた「過量服薬ゲートキーパー研修会」

薬持つ自殺者の6割が過量服薬

 茨城県の取り組みは、06年の自殺対策基本法成立から、国を挙げて行われている自殺対策事業の一環だ。日本では自殺者が非常に多く、1998年から11年まで連続で年間自殺者数が3万人を超えた。

 国が自殺対策を講じる上で、とりわけ関係者に衝撃を与えたのは、厚生労働科学研究で10年に発表された自殺者の実態調査だ。これによると、自殺の前1年間に精神科を受診していた人は50%を占め、その6割もの人々が、縊首などの致死的手段を実行する前に、向精神薬の過量服薬をしていた。

 この調査に携わり、自殺対策や薬物依存に詳しい国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市)精神保健研究所自殺予防総合対策センター副センター長で、精神科専門医の松本俊彦氏は、「最近の向精神薬は比較的安全なので、過量服薬による中毒で死亡することはまれ。しかし、過量服薬をすると酩酊状態になって『脱抑制』と呼ばれる状態を呈し、死への恐怖感が薄れて衝動性が高まり、致死的な行動を取りやすくなる。結果的に、医師が治療のために出した薬が、『死んでしまいたい』と考えている人の死への行動を後押ししており、非常に問題だ」と指摘する。

国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所自殺予防総合対策センターの松本俊彦氏は、「過量服薬をすると酩酊状態になって死への恐怖が薄まり、衝動性が高まる」と話す。

 また、精神科を受診していた自殺者の7割弱は39歳以下の若年者だった。「若年者は過量服薬を何度か繰り返して自殺既遂に至る傾向がある。過量服薬の都度、救命救急センターで解毒治療を行うだけでは本当の解決にはならない。過量服薬そのものを防止するとともに、背景にある精神障害や現実的な困難を解決するため、適切なケアにつなげることがとても重要だ」と松本氏は力を込める。

依存の原因薬2位は向精神薬

 向精神薬には、自殺のリスクが高まる過量服薬だけでなく、不適切な頻回使用で薬物依存を生みやすいという問題もある。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部心理社会研究室長の嶋根卓也氏は、「薬物依存症になると、自分で薬の使用をコントロールできず、生活に多大な支障を来す」と説明する。

 松本氏らが全国の精神科有床医療施設に対して10年に実施した調査によると、薬物依存症者の原因薬物は、1位の覚醒剤(53.8%)に続いて、2位は睡眠薬や抗不安薬(17.7%)だった。これらの薬の大半はベンゾジアゼピン系薬だ。多くの依存症者は、元をたどれば「不眠や不安の軽減」という医療目的でベンゾジアゼピン系薬を初めて手に取っていた。嶋根氏は、「症状が改善しないので1錠と指示されているところを2錠飲む、3錠飲む。薬が足りなくなって複数のクリニックを重複受診して薬を処方してもらう。そうして薬物依存に至っているのが、実態に近いだろう」と推測する。

 松本氏は、「短時間作用型であったり、高力価のベンゾジアゼピン系薬が依存につながりやすい」と注意を促す。具体的には、フルニトラゼパム(商品名サイレース、ロヒプノール他)、トリアゾラム(ハルシオン他)、エチゾラム(デパス他)などの薬剤だ。また、「薬と一緒に飲酒する習慣がある人、主治医の前で自分の苦痛をうまく表現できない人は依存症になりやすい」(松本氏)。

 こうした向精神薬の不適切な使用の実態から、役割の発揮が求められているのが薬剤師だ。

 厚生労働省の「自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム」は10年、過量服薬の解決策として1番目に「薬剤師の活用」を掲げた。この流れで現在、全国の様々な薬剤師会で、向精神薬の過量服薬に関する研修会が実施されているところだ。

 とはいえ、現場の取り組みは始まったばかり。茨城県のような先行事例はあるものの、「精神疾患患者にはどう対応したらよいのか分からない」という声が圧倒的に多い。

 嶋根氏は、11年、埼玉県薬剤師会の薬局1863軒に勤める薬剤師(各薬局1人)を対象に、向精神薬乱用に気づいたときの対応に関する調査を行った(回収率75.9%)。

 それによると、25.9%の薬剤師が過量服薬をした患者と過去1年間に面会した経験があり、うち44.0%はその患者についての疑義照会を積極的にできなかった。

 積極的に疑義照会できない要因については、「処方医が患者の状況を理解していると思うから」「処方医とのトラブルを避けたいから」「患者とのトラブルを避けたいから」との回答が多かった。嶋根氏は、「患者が診察室で話さなかった情報はとても貴重。あらかじめ医師とフィードバック方法を決めておくなど環境を整備して、積極的に疑義照会していくべき」と話す。

うつ病患者ケアの充実を

 向精神薬を使う患者に目を向けると、うつ病が主な罹患疾患だ。うつ病患者では、向精神薬の過量服薬や頻回服薬だけでなく、副作用が怖くなって服用を中止する、調子が良くなったら勝手に服用をやめるなど、薬の問題が起きやすい。

 うつ病自体、自殺と密接に関連する。松本氏は、「自殺者の9割は精神疾患に罹患しており、中でもうつ病が4割を占めるとされ、最も多い」と話す。

 本特集のPart2、Part3では、向精神薬が処方される患者の多くを占めるうつ病に焦点を絞り、そのケアを充実させる方策を探った。Part2では薬物療法、Part3では服薬指導のポイントをまとめた。

  • 1
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

この記事を読んでいる人におすすめ