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漢方のエッセンス
温胆湯
日経DI2013年1月号

2013/01/10

日経ドラッグインフォメーション 2013年1月号 No.183

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。2006年に漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」を開局。

 五臓六腑の胃と胆(たん)は、共に腹部に位置し、飲食物の消化、運搬、調整をつかさどる。この2つが協調して働いているときはいいが、精神的なストレスや環境変化、暴飲暴食により、機能が乱れることが多い。そうなると気の流れが滞って痰熱(用語解説1)が生じ、様々な症候を生む。温胆湯は、胆胃不和による痰熱を解消する処方である。

どんな人に効きますか

 温胆湯は、「胆胃不和、痰熱内擾(ないじょう)」証を改善する処方である。

 胆は六腑の1つであり、大きく2つの機能を持つ。1つは、胆汁を貯蔵する胆嚢としての働きである。もう1つは、精神的に、物事の決断をつかさどる働きである。従って、胆の機能が失調すると、消化器系と精神面で様々な症候が表れるようになる。

 胆の不調は、まず消化器系に影響を与える。消化をつかさどる六腑の胃の機能(用語解説2)が乱れ、気の流れが滞り、痰(用語解説3)が発生し、そこに熱がこもることになる。この結果、痰熱が生まれ、心神の不調が表れる。これが「痰熱内擾(用語解説4)」である。脳や自律神経系が興奮しやすい状態である。みられやすい症候は、臆病、驚きやすい、疲れているのに気が高ぶって落ち着かない、不安、寝つきが悪い、眠りが浅い、夢をよく見る、早く目が覚める、などである。いらいら、動悸、胸苦しい、めまいが生じることも多い。甚だしければ、てんかん発作、幻聴、幻覚が生じることもある。

 一方、「胆胃不和」証は、文字通り胆と胃の機能の不調和である。飲食物を下降させる胃気の機能が失調することにより、吐き気、嘔吐、口が苦い、口が粘る、吃逆(しゃっくり)などの症状がみられる。舌にはべっとりとした、やや黄色い舌苔が付いている。

 臨床応用範囲は、自律神経失調症、不眠症、神経症、更年期障害、急性・慢性胃炎、慢性気管支炎、メニエール病、虚血性心疾患、高血圧、てんかん、ノイローゼ、うつ病などで、痰熱内擾や胆胃不和を呈するものである。

 出典は宗代(12世紀)の医学書『三因極一病証方論』である。略して『三因方』とも呼ぶ。温胆湯は、遡って唐代(7世紀)の医学書『備急千金要方』(略して『千金方』)にも載っているが、組成が少し違う。当時は、上記の症状は胆が冷えて起こると捉えていたので、処方名を温胆湯としたようである。『三因方』の温胆湯はこの点を改良し、処方名は変わらないが、胆を冷やす組成になり、現在に至る。

どんな処方ですか

 配合生薬は、半夏、竹じょ(ちくじょ)、枳実、陳皮、茯苓、甘草、生姜の七味である。

 君薬は半夏であり、燥湿化痰(そうしつけたん)(用語解説5)、降逆和胃(用語解説6)する。微寒性の竹じょは臣薬として清胆和胃(用語解説7)し、嘔吐を解消する。脳や自律神経系の興奮を鎮め、精神的な落ち着きを取り戻させる。

 佐薬の枳実と陳皮は理気(用語解説8)化痰する。気の巡りが良くなり、痰飲が消滅していく。制吐作用や、胃腸の蠕動を助ける働きもある。同じく佐薬の茯苓は健脾利湿して脾の機能を調え、痰の生成を抑える。鎮静作用もある。さらに生姜も佐薬として脾胃に作用して降逆化飲(用語解説9)し、かつ半夏の毒性(用語解説10)を制しつつ、半夏と陳皮の行気消痰作用を助け、和胃止嘔する。甘草は使薬として諸薬の薬性を調和し、益脾和中(用語解説11)する。

 以上、温胆湯の効能を「理気化痰、清胆和胃」という。諸薬の働きにより痰熱が消え、胆と胃が調和を取り戻し、諸症状が緩和される。痰熱が除去されて脳や自律神経系が安定を取り戻し、不眠や動悸、驚きやすいといった症候が改善していく。本来は陳皮の代わりに橘皮(きっぴ)(用語解説12)が使われる。

 本方は、二陳湯(用語解説13)に枳実と竹じょを加えた組成となっている。二陳湯の燥湿化痰、和胃止嘔作用に、竹じょの清胆和胃、さらに枳実の理気作用が合わさることにより、二陳湯にはない鎮静作用が生まれ、胆胃不和、痰熱内擾証の不眠症や神経症に有効な処方となっている。二陳湯が基礎にあるので、胃腸が丈夫でない患者にも使える。

 また、二陳湯と同じく、本方も本治と標治(用語解説14)を同時に進めることができる処方である。化痰作用で痰飲を除去しつつ(標治)、健脾作用で痰の新生を減らす(本治)。また清胆作用で痰熱をさばきつつ(標治)、和胃作用で胆胃の調和を図る(本治)。

 いらいら、のぼせなどの熱証が強い場合は黄連解毒湯を併用する。不眠がつらいなら酸棗仁湯を合わせ飲む。憂鬱感が強ければ四逆散を合方する。食欲不振などがあれば四君子湯を合わせる。

 温胆湯には加減方がある。竹じょ温胆湯は、温胆湯に柴胡、黄連、香附子(こうぶし)、桔梗、麦門冬、人参を加えた処方である。温胆湯よりも熱証が強い痰熱内擾証に良い。同じ不眠症でも、いらいら、怒りっぽいなどの熱の症候が強く、気分がさっぱりしない場合に使う。インフルエンザで高熱が出た状態にも用いる。

 加味温胆湯は、温胆湯に酸棗仁、遠志(おんじ)、人参、地黄、玄参、大棗を加えた処方である。温胆湯と同じく不眠症に使うことが多いが、精神安定作用が強くなっているため、温胆湯を使う人よりも弱々しく、恐怖心や不安感が強く、驚悸(用語解説15)が強い患者に用いる。

こんな患者さんに…(1)

「不眠症で、なかなか寝つけません。嫌な夢を見ることが多く、眠りも浅いようです」

 驚きやすく動悸を感じやすい。痰熱内擾と捉え、温胆湯を使用。1年かかったが、落ち着いて眠れるようになった。

こんな患者さんに…(2)

「すぐにいらいらします。気が小さい方です」

 脂っこいものが好きで、酒をよく飲む。痰が多い。口が苦い。寝付きが悪い。痰熱内擾とみて温胆湯を服用し、半年ほどでいらいらしなくなった。酒、脂っこいものは痰熱となりやすい。

用語解説

1)痰熱は、痰飲の一種。熱証を帯びた痰飲が痰熱。
2)六腑の胃の機能を、胃気と呼ぶ。胃気は、飲食物を人体に必要な形に変えて消化し、余ったものは下に降ろす働きを担う。解剖学的な胃だけでなく、小腸などの消化器官も含む腑である。
3)痰とは、水液代謝の異常などにより生じて体内に停滞する異常な水液である。気管支などから分泌される痰のみを指すのではない。
4)痰熱内擾は、痰熱が体内の機能をかき乱している状態。擾には乱すという意味がある。
5)燥湿化痰とは、湿痰を除去すること。
6)降逆和胃とは、胃気の逆上を緩和すること。
7)清胆和胃とは、胆の熱邪を除去して胆と胃の機能を調和させること。
8)理気とは、気の巡りをよくする治療法。
9)化飲とは、痰飲を除去すること。
10)生の半夏には催吐・咽喉刺激・失声・嗄声などの弱い毒性がある。これらは生姜と合わせ煎じると消失し、逆に制吐作用が残る。
11)益脾和中とは、脾の機能を高め、中焦つまり脾胃の機能を調えること。
12)一般に蜜柑の皮の古いものを陳皮、新鮮なものを橘皮という。効能はほとんど同じ。
13)二陳湯の詳細は、本誌2012年12月号「二陳湯」の解説を参照のこと。
14)病変の本質が「本」で、外に表れる症状が「標」。体質改善など根本治療が本治で、対症療法が標治。本治も標治も大事だが、標治だけでは病気は繰り返す。
15)驚悸は、胸騒ぎや、驚いて起こる動悸のこと。

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