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漢方のエッセンス
其の十五 二陳湯
DIデジタル2012年12月号制作管理表

2012/12/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年12月号 No.182

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。2006年に漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」を開局。

 水は生きていく上で欠くことができないが、時として体内に滞留し、体調に影響を与えることがある。特に現代のように西洋化した食生活、過度の栄養摂取や飲酒、運動不足が日常化すると、過剰な水液が体内にたまりやすくなり、さらにストレスの影響でその流れが滞る。その結果、体内に水液が停滞し、様々な病気や症状が生じる。二陳湯は、この異常な水液を取り除くための基本処方である。

どんな人に効きますか

 二陳湯は、「湿痰(しつたん)」証を改善する処方である。

 湿痰は痰飲の一種。痰飲とは、水液代謝の病理産物のこと(用語解説1)。水液の代謝が正常に行われなくなると、水液が滞留し、痰飲が生じる。粘稠な性質のものを痰、さらさらしたものを飲として区別する場合もある。正常な水液は津液(しんえき)であり、人体に必要な基本物質であるが、水液が停滞して体内に貯留すると痰飲となり、人体の正常な生理活動の邪魔をして、心身に好ましくない症状が表れることになる。

 痰飲には、その性質により、湿痰、熱痰、燥痰、寒痰、風痰などの種類がある。このうち、痰が白色で多く、喀出しやすい、咳が出る、胸苦しい、吐き気がする、嘔吐、めまい、動悸、手足がだるい、白い舌苔がべとべと、あるいは粘っこく付いている、など湿っぽい症候を伴う場合の痰飲を、湿痰という。

 湿痰は、五臓の脾と肺の機能失調と関係が深い。脾の機能失調により痰がたまり、肺の機能が侵される(用語解説2)。気道での分泌が増大し、咳や痰が出る。湿痰の増加は清陽(用語解説3)の流れを阻害するので、めまい、動悸が起こる。胃の機能も失調し、吐き気、嘔吐、腹部膨満感が生じる。水湿が体内にたまることにより、手足がだるくなる。「痰は万病のもと」ともいわれており、痰飲証が引き起こす症候は多い。

 臨床応用範囲は、慢性・急性気管支炎、肺気腫、慢性・急性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、妊娠悪阻、心因性嘔吐、食欲不振、消化不良、胃下垂、二日酔い、不眠症、帯下など。白色の痰が多くて喀出しやすい、白い舌苔がべっとり、あるいは粘っこく付着している、といったところが証判断の押さえどころである。

 出典は12世紀(宗代)に編さんされた中国の処方集『和剤局方』である。

どんな処方ですか

 配合生薬は、半夏、陳皮、茯苓、甘草、生姜の五味である。

 半夏は君薬として燥湿化痰(そうしつけたん)(用語解説4)、降逆和胃(こうぎゃくわい)(用語解説5)する。鎮咳作用もある。臣薬の陳皮は燥湿きょ痰して半夏を助け、さらに気を巡らせて痰を消失させる。半夏と同様、制吐作用もある。胃腸の蠕動も助ける。

 痰は脾から生まれる。そこで佐薬の茯苓が健脾滲湿(けんぴしんしつ)して脾の機能を調え、痰の生成を抑える。同じく佐薬の生姜も脾胃に作用して降逆化飲(用語解説6)し、かつ半夏の毒性(用語解説7)を制しつつ、半夏と陳皮の行気消痰作用を助け、和胃止嘔する。

 甘草は使薬として諸薬の薬性を調和し、潤肺和中(じゅんぱいわちゅう)(用語解説8)する。本来は陳皮の代わりに橘紅(きっこう)(用語解説9)が使われ、さらに烏梅(うばい)も配合されている。烏梅は佐薬として収斂作用を持ち、正気(用語解説10)の消耗を防ぐ。

 以上、二陳湯の効能を「燥湿化痰、理気和中」という。「陳」には古いという意味がある。半夏と陳皮は古いものほど良質とされており、よってこの名がある。

 痰飲発生の根本には、脾の機能低下がある。従って痰飲の治療には、まず健脾(用語解説11)が必要。健脾せずに痰飲を除去しようとしても、ガス漏れを直さずに部屋の換気をするようなもので、きりがない。

 津液は、気とともに体内を流れる(用語解説12)。従って気を巡らせることも痰飲の除去には必要。多くの場合、痰飲の治療には理気薬(用語解説13)が配合される。風が吹いていてこそ、窓を開けて部屋の換気ができるのである。

 こうして化痰、健脾、理気の3つの働きをコンパクトにまとめた処方が二陳湯である。これ1つでガス漏れも直し、部屋の換気もできる。邪魔な湿痰を取り去るという「標治(用語解説14)」と、健脾して生痰のもとを絶つ「本治」の両方に配慮した秀逸な処方といえる。

 本方は、多くの方剤に組み込まれている。脾気虚証があれば六君子湯を使う。これは二陳湯に人参、白朮、大棗を加えた処方である。不眠、驚きやすい、いらいらなどがあれば温胆湯(うんたんとう)を用いる。これは二陳湯に清熱効果が加味されたような処方である。めまいが強ければ、二陳湯が基本となる半夏白朮天麻湯を飲む。嘔吐が激しい場合は五苓散を合わせる。上腹部膨満感や食欲不振が顕著なときは平胃散を併用する。

 本方から陳皮と甘草を除くと小半夏加茯苓湯(しょうはんげかぶくりょうとう)になる。二陳湯は痰や咳など肺の症候に、小半夏加茯苓湯は嘔吐など胃の症候に使うことが多い。

 なお本方は燥性が強いため、空咳が出る、痰がからみやすく粘っこい、痰に血が混じる、など陰虚証の人には使わない。

こんな患者さんに…(1)

「不眠症で、なかなか寝付けません。ストレスで過食気味です」

 湿痰が邪魔をして、昼から夜へという自然な変化に体がついていかない。陽から陰へとスムーズに心身の状態が変わらず、いつまでも目がさえている。二陳湯で燥湿化痰し、不眠症を改善した。

こんな患者さんに…(2)

「息子が小児喘息です。ひどいときは咳込みます」

 虚弱体質で胃腸が弱く、かぜを引きやすい。脾気虚の湿痰とみて二陳湯を使用。1年飲み続けてもらったところ、すっかり丈夫になった。

 咳込むときは麻杏甘石湯を併用した。

用語解説

1)痰といっても気道から分泌される粘液ではなく、もっと広い概念。
2)痰飲は脾で生まれ肺に蓄えられるので、脾は「生痰の源」、肺は「貯痰の器」と呼ばれる。
3)清陽とは、陽気つまり気の正常な上昇のこと。脾胃において飲食物から得られた気が上昇(清気、清陽)して体内を巡り、老廃物が下降(濁気、濁陰)して排泄されていれば、健康。昇清をつかさどるのは脾、降濁をつかさどるのは胃。
4)燥湿化痰とは、湿痰を除去すること。
5)降逆和胃とは、胃気の逆上を緩和すること。
6)化飲とは、痰飲を除去すること。
7)生の半夏には催吐・咽喉刺激・失声・嗄声などの弱い毒性がある。これらは生姜と合わせ煎じると消失し、逆に制吐作用が残る。
8)潤肺和中とは、肺を潤し、中焦つまり脾胃の機能を調えること。
9)陳皮は蜜柑の皮で、橘紅はその外層部分のみ。陳皮は理気燥湿に優れ、橘紅は化痰作用が強い。
10)人体の持つ健全な生命力を正気という。正気は邪気と相対して人の健康を維持する。本方の場合は、正気の一部である体液を半夏が燥湿し過ぎる恐れがある。これを烏梅が防ぐ。
11)健脾は、脾の機能を立て直す治療法。
12)津液や血(けつ)を体内で巡らせる働きを、気の推動作用という。
13)理気とは、気の巡りを良くする治療法。
14)病変の本質が「本」で、外に表れる症状が「標」。体質改善など根本治療が本治で、対症療法が標治。本治も標治も大事だが、標治だけでは病気は繰り返す。

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