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薬理のコトバ
インクレチン関連薬
日経DI2012年12月号

2012/12/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年12月号 No.182

講師:枝川 義邦
1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より帝京平成大学薬学部教授。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 秋が深まり、食べ物がおいしく感じられる─なんて思ったのもつかの間、早いもので、年の瀬が迫る時期になった。皆が集まり、今年1年の出来事に思いをはせるとなれば、やっぱり忘年会。シーズン到来とともに気になるのは血糖管理だ。糖尿病での血糖管理は特に重要なのだが、最近は期待の新薬も出てきて、以前に比べて格段に管理しやすくなってきている。それが、「インクレチン」という消化管ホルモンに関連する薬だ。

「インクレチン効果」を強める薬

 インクレチン(incretin)とは、「腸管(intestine)から分泌(secretion)されるインスリン(insulin)様物質」の意。食事などを取ったときに消化管から分泌されて、膵臓からのインスリン分泌を促すホルモンの総称だ。

 インスリンは血中のグルコース(ブドウ糖)量に依存して分泌されるが、実は、静脈内に直接注射するよりも、同じ量を経口的に消化管に入れた方がインスリンの分泌量は多くなる。この差を「インクレチン効果」と呼んでいるが、経口グルコース投与によるインスリン分泌量の6~7割がインクレチン効果によるともいわれる。

 インクレチンの血糖調節への直接的な作用は、インスリンの分泌促進とグルカゴンの分泌抑制。インスリンが膵β細胞より分泌され、骨格筋などへの糖の取り込み促進により血糖値を下げるのに対して、グルカゴンは膵α細胞より分泌され、肝臓での糖新生を促進して血中への糖放出量を上げることで血糖値を上げる。インスリンを出させ、グルカゴンを抑えることで、血糖値を下げるよう働くわけだ。

 インクレチンには2種類の物質が知られている。小腸上部のK細胞から分泌される「グルコース依存性インスリン分泌刺激ホルモン(GIP)」と、小腸下部のL細胞から分泌される「グルカゴン様ペプチド1(GLP1)」だ。グルカゴンは血糖を上昇させるものだが、GLP1はもちろん血糖下降に働くので、誤解なきよう注意したい。

 2型糖尿病ではインクレチン効果が減弱しているとされ、原因が膵β細胞でのGIP抵抗性とみられることから、GLP1の方に糖尿病の治療薬としての期待が集まった。GLP1は、膵臓での作用以外にも、胃内容物の排出時間を延長することによる食後高血糖の抑制作用や食欲自体の抑制作用があり、体重減少作用も示す。おまけに、GIPと比べてインスリンの分泌能が数倍強いとされる。

 しかし生体内のGLP1は、ジペプチジルペプチダーゼ4(DPP4)と呼ばれる酵素で分解され、すみやかに不活性化されてしまう。GLP1を島(膵臓)に向かって泳ぐ魚の群れに例えると、DPP4は魚をついばむ海鳥となろうか。GLP1をそのまま投与しても、膵臓にたどり着く前に海鳥に食べられてしまって、臨床効果を期待することはできない。

 そこで、インクレチンをそのまま投与するのではなく、「インクレチン関連薬」として、2つの方向からアプローチした治療薬が開発された。1つは分解系の阻害。もう1つは、GLP1と同様の作用を持つ“分解されない物質”の開発だ。

 分解系を阻害するという発想から生まれたのが「DPP4阻害薬」。インクレチンの分解を阻害することで、内在性のインクレチンを増加させるというもので、海鳥と魚の例えで言えば海鳥のくちばしを縛る薬となる。現行のDPP4阻害薬は、経口薬で服薬しやすいことも利点だが、血中のGLP1だけでなくGIPレベルも3倍程度に上昇させることが知られている。これは、GIP抵抗性の患者にインクレチン感受性の回復を図れることにもなるので朗報だ。

 一方、DPP4で分解されにくいGLP1の類似物質「GLP1アナログ」は、DPP4の攻撃をすり抜け受容体を刺激することでインスリン分泌を促す。先の例えに則ると、GLP1とそっくりだが海鳥がついばむことのできないメカ魚を放流するようなものだ。インスリン同様に皮下注射が必要だが、血糖コントロールに加え、体重減少という糖尿病治療には有用な効果も得られる。

インスリン分泌の増幅経路を活性化

 インクレチン関連薬の一番のベネフィットは、血糖値が高いときだけ作用が発現するため、低血糖を起こしにくいことだ。DPP4阻害薬は内在性のインクレチンを“多く見せる”ことでインスリン分泌を促進しているのだから、これが低血糖を起こさないのはよく分かる。でも一方のGLP1アナログは、受容体に作用して積極的にインスリン分泌を促すものにもかかわらず、低血糖を生じにくい。このような「都合のよさ」は、どこから来るのだろうか。

 これに対する解は、インスリン分泌メカニズムに2経路あることから導くことができる。経路の1つは「惹起経路」で、これがインスリン分泌のメーンロードだ。血糖値が高くなると、膵β細胞に取り込まれたグルコースにより細胞膜のカリウムチャネルが閉じて脱分極、電位依存性カルシウムチャネルからカルシウムイオンが流入してインスリンが分泌される。もう一方の経路は「増幅経路」と呼ばれるもので、細胞内で惹起経路を増幅してインスリンの分泌を促す。そして、インクレチン関連薬は、主としてこの増幅経路を活性化する。そのため、グルコースによる惹起がない環境下では、インスリンの分泌を促進しないのだ。

 まもなく年の瀬。こうした画期的な薬のような明るい話題は、新年を迎えるにふさわしい。皆さん、どうぞ良いお年を!

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