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Interview 薬学教育
6年制薬学部の器はできましたが、中の改革はまだ進行中です
日経DI2012年12月号

2012/12/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年12月号 No.182

今春、6年制薬学部の1期生が卒業し、薬剤師として社会に巣立っていった。教育現場にとっては一つの区切りとなったが、新設大学の急増以降、6年制薬学部をめぐる厳しい状況は変わっていない。新制度下の薬学系人材養成の評価に携わる井上圭三氏に、現状と問題点を聞いた。  (聞き手は本誌編集長、高志 昌宏)

Keizo Inoue 1967年、東京大学大学院薬学系研究科修了。85年、東京大学薬学部衛生化学・裁判化学講座教授。2000年から帝京大学に移り、01~12年、同大薬学部長を務める。現在、日本私立薬科大学協会会長、薬学教育評価機構理事長などを兼任する。

─今の6年制薬学部の状況に、先生は危機感をお持ちですね。

井上 危機感というより、大きく変わるチャンスであると前向きに捉えています。4年制から6年制への変化というのは大改革であり、カリキュラムだけでなく薬学部の教員や大学経営層の意識改革も必要です。社会の要請に合わせて薬学部をどう変えていくのか、大学はもっと危機意識を持って考え、動かなければなりません。

 6年制への移行の評価が定まるには、あと10年くらいはかかるでしょう。その時にわれわれが、「ほら、こんなに変わりましたよ」と自信を持って言えるのか、現状ではやや心配しています。

 今までの薬学教育は、薬という物質に重点を置いており、人(患者)の要素はあまり入っていませんでした。薬を作る学問という薬学の歴史からすれば当然でもあり、今後もこの視点を捨て去ることはできません。

一方で現在では、医療人としての薬剤師の養成が強く期待されるようになっています。厚生労働省も、チーム医療や地域医療・在宅医療に関して、薬剤師の参画を促しています。このような社会からの要請に今の6年制薬学部が対応できているのかと問われると、なかなか難しいところがある。

 もちろん、6年制薬学部を出た薬剤師が社会で研鑽を積み、教員として大学に戻って学生を教育するようになれば、「自分が手本だ」と教えることができるのでしょうが、それまで待てません。多くは創薬研究に携わってきた、今大学にいる教員が、医療人としての薬剤師を養成して社会に送り出さなければならない。教員数も限られています。そこに大きな問題があるのです。

─慣れない仕事が増えて教員が疲弊していると聞きます。

井上 6年制になり、4年次の薬学共用試験や5年次の実務実習など新しい制度が導入されました。またPBL(problem-based learning)とかスモールグループディスカッションといった新しい教育法の導入も、事前にきちんと準備しないと、期待した効果を上げることはできません。それも、教員にとっては負担となります。もちろん大学の使命として、研究も続けなくてはなりません。薬学部の教員はみな真面目で、これら全てを完璧にやろうとします。ですがそのためには、特に私立大学では教員数が足りないのです。

 国立大学では、教員1人に対する学生数が数人という大学もあります。ですが私立大学では、20人以上が当たり前です。6年制薬学部であっても、国の施設基準では、教員1人当たり学生が何十人いてもよいというレベルなのです。

 医学部など他の医療系学部に比べても教員の定員は少なく、薬学部では文系と同じくらいの教員数しか要求されていません。これでは、教員が多忙になるのは当たり前でしょう。きめ細かな教育を行うためには、教員1人当たりの学生数は10人くらいまでが望ましいと考えています。

 そのためには、学生数を減らすか教員を増やすかのどちらかです。規制緩和によって2003年以降、新設薬科大学・薬学部が急増し、6年制薬学部の定員は1万2000人余りになりました。この人数はやはり多いので削減しなければならないのですが、大学側としては高額の投資を行って建物や設備を作ったわけで、すぐに定員削減といっても無理でしょう。となると、教員の負担を減らすには、数を増やすしかありません。

 教員の増員にも経費がかかるわけで、大学経営層にとっては受け入れにくいことは事実ですが、良い教育を行うには費用がかかることは明らかです。米国では薬科大学・薬学部の1学年の定員は100人くらいと少なく、学費も高い。質の高い卒業生を保証するには費用がかかることを、米国の社会は受け入れているのだと思います。

─研究が手薄になってしまったという声も出ています。

井上 6年制薬学部になって臨床系教員が増えましたが、基本的には4年制の教員が6年制に横滑りしています。そのため創薬研究に関連した基礎系の教員には、研究に集中できないという不満が高まっています。

 確かに、これまで実質的に研究を支えていた修士の学生がいなくなり、研究室に配属される5年生は半年近くも実習に出てしまうほか、6年生の後半は薬剤師国家試験の勉強もしなければなりません。腰を落ち着けて研究できる時間は、かなり限られます。

 また多くの大学で5~6年の学部学生全てが研究室に配属されるので、1人の教員が指導する学生数も増えました。これに加えて、薬局や病院など実習先との打ち合わせにも時間が取られる。今日2時間空いたから研究しようなんて、無理ですよね。

 もっとも、創薬研究を突き詰めるなら、4年制薬学部と修士2年、博士3年の従来のシステムで行えばいいことも事実です。6年制薬学部では、卒業後に4年の博士課程に進学する学生が少ないことが問題となりましたが、この新しい博士課程でどのような研究を行い、学位を得た後にどのようなポジションで活躍してもらうかを考えないと、学生は来ません。

─創薬研究から薬剤師養成に、教員の意識も変わる必要がありますね。

井上 現在、6年制薬学部で何を教えるかというコアカリキュラムの改訂作業が進んでいます。現在のものは、教育年限を6年に延ばす時にまとめたものなので、「創薬研究も薬剤師の養成も」と、やや詰め込み過ぎました。

 実際にやってみたら、これでは無理だということが分かったので、スリム化する方向で議論が進んでいます。6年制薬学部は薬剤師の養成が使命であり、良き医療人としての薬剤師を育てるという理念に基づき、項目が整理されると思います。

 ただ、薬剤師の養成には従来の基礎分野が全く不要ということではありません。有機化学などの基礎知識をベースに、薬剤師としての技能教育があることは間違いありません。例えば薬の副作用の機序やそのリスクを説明するときも、有機化学や生化学の知識が基盤にあれば、より分かりやすく説明できるはずです。そうやって話して、医師からも「なるほど」と言ってくれるような関係がつくれるようにしたい。それが、チーム医療の中で薬剤師が果たすべき役割です。

 だから、同じ有機化学でも、4年制薬学部と6年制では、教育内容が違ってしかるべきです。薬剤師国家試験に複合問題が出題されるようになりましたが、これも基礎系の知識がどのように臨床に役立つかということを考えながら作られています。

 今年の春に1期生が巣立ち、6年制薬学部は一つの節目を迎えました。器はできたといえますが、その中の改革は続いており、手綱を緩めるわけにはいきません。若い世代の教員は、今のままではいけないという危機意識を持つ人が増えています。すぐには解決できない課題も多いのですが、臨床系教員と基礎系教員がより連携を密にして、社会が求めている薬剤師を養成していかなければならないでしょう。

インタビューを終えて

 大学の使命がこれほどまで変わったというのは、薬学部の6年制への改組が初めてではないでしょうか。表向きは教育年限が2年間延びただけですが、このような大改革に対応すべく頑張っている現場の苦悩の一端を知りました。自分自身、一度も使ったことがない薬剤師免許を持っているのですが、自分が大学にいた30年ほど前は、病院実習どころか見学もなく、日々実験に明け暮れていました。これからは軽々しく「自分も薬剤師です」とは言えないなと感じています。(高志)

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