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特集:調剤事故
Part.1 調剤過誤の法的責任と対応のポイント
日経DI2012年11月号

2012/11/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年11月号 No.181

調剤過誤の発生時は、患者の健康被害を最低限に抑えるため、また患者との関係をより悪化させないために、適切な初動が何より大切だ。過誤発生時の法的責任と対応のポイントを解説する。

 2012年6月、ウブレチド(一般名ジスチグミン臭化物)の調剤過誤により患者1人が死亡した事件で、過誤を起こしたサンセーヌ薬局(埼玉県越谷市)の元管理薬剤師に対して、業務上過失致死罪などによる禁錮1年、執行猶予3年の刑が確定した。

 同薬局は2010年2~4月に、自動錠剤包装機の設定ミスにより、コリンエステラーゼ阻害薬のウブレチドを、患者23人に計2970錠、誤って交付した。4月1日に元管理薬剤師が設定ミスに気づいたが、回収などの措置を行わず、4月7日に75歳の女性患者Aさんが死亡した(詳細は囲みを参照)。

 この事件では、過誤に気づいた後も放置していたことが大きな問題の一つだった。奇しくもAさんは、薬剤師が過誤に気づいた2010年4月1日ごろ、ウブレチドによるコリン作動性クリーゼを発症していた。

 さいたま地方裁判所の判決文(2012年6月15日)は、「誤投薬の事実を知ったにもかかわらず、(略)必要な措置を講ずることなく、漫然と事態を放置して本件被害を生じさせたことは、患者の生命や健康をあずかる薬剤師としての使命を放棄したに等しいものであり、強い非難に値する。

 被害者は、誤投薬された医薬品の副作用で苦しんだ上、生命を失うに至っており、本件過失の結果は取り返しのつかない重大なものである。また、誤投薬の事実を知る機会もなく、被害者に服薬させ続けることとなってしまった被害者遺族の無念の思いも無視できない。これらの事情に鑑みれば、被告人の刑事責任は軽くない」と断じた。

 薬剤師にとっては、調剤過誤を起こさないことがまず大切だが、過誤を起こしてしまったときの対応も、患者の生死を分けかねない重要な事柄だ。

過誤で生じる3種類の法的責任

 調剤過誤を起こしてしまった場合、薬局、薬剤師には、民事責任、刑事責任、行政責任の3種類の法的責任が課せられる可能性がある(図1)。

図1 調剤事故発生時の法的手続き
(日本薬剤師会『調剤事故防止マニュアル第2版』〔2011年、薬事日報社〕を一部改変)

*薬局への行政処分は編集部で加えた。

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 民事責任は、他人の権利や利益を違法に侵害した場合に賠償する責任をいう。賠償は金銭で行うのが基本だ。

 法律上、薬局は処方箋を応需した時点で、「処方箋に従った調剤を行う」という契約を患者と結んだことになる。調剤過誤は、この契約に従わなかった結果であり、債務不履行に当たる。薬局は患者に対して債務不履行の責任を負う(表1、民法第415条)。

表1 法的責任の根拠法令の概要

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 また、薬局に勤務する薬剤師が調剤過誤を起こした場合、その薬剤師は不法行為責任を負う(民法第709条)。さらに、薬局の開設者や管理薬剤師には、使用者責任が生じる(民法第715条)。つまり、誤った薬を調剤・交付した当の薬剤師だけでなく、薬局開設者、場合によっては管理薬剤師にも損害を賠償する責任が生じるわけだ。

 薬剤師かつ弁護士で、小林法律事務所(東京都千代田区)の小林郁夫氏は、「表には出てこないが、調剤過誤のために薬局が患者に損害賠償金を支払うケースは相当あるだろう」と語る。賠償の対象は、治療費や被害者が休職した期間の収入、慰謝料などだ。健康被害の重さなどによって金額は大きく変わり、数万円の見舞金程度から1000万円を超えるケースまである。

小林法律事務所の小林郁夫氏は、「調剤過誤によって損害賠償金を支払うケースは相当あるはず」と話す。

 ほとんどのケースは薬局と患者との話し合いで金額を決める「示談」だが、患者側と薬局側で折り合いがつかなければ、民事裁判に至ることもある。

結果が重大なら刑事・行政責任も

 調剤過誤による患者の健康被害の程度が重く、結果が重大なケースでは、刑事責任(刑法第211条の業務上過失致死傷)が問われる。ウブレチド事件では、元管理薬剤師が業務上過失致死容疑、元開設者が業務上過失傷害容疑で書類送検された。書類送検の後は、被疑者に業務上の過失が本当にあったかを検察庁が調べ直し、被疑者を起訴するかが決まる。ウブレチド事件では、元管理薬剤師は起訴されたが、元開設者は不起訴になった。

 行政責任も、患者の健康被害が重いケースが対象となる。薬剤師法第5条、同第8条2項により、薬剤師は、戒告や3年以内の業務停止、免許の取り消しなどの処分を受ける。処分は、厚生労働省の医道審議会で討議した上で、厚労大臣が実施するという流れ。次回の同審議会で、元管理薬剤師も行政処分の対象になるとみられる。

 なお、調剤過誤を起こした薬局に薬事法違反などがあれば、都道府県から処分を受ける可能性がある(薬事法第75条)。ウブレチド事件でも、サンセーヌ薬局は30日間の業務停止を命じられた。

 これらの法的責任を踏まえた上で、過誤対応の重要ポイントを見ていこう。

 最優先すべきなのは、患者の安全確保だ。医療安全学が専門の東京理科大学薬学部(千葉県野田市)教授の小茂田昌代氏は、「患者の健康被害を最小限にするという視点が最も大切だ」と強調する。

東京理科大学薬学部の小茂田昌代氏は、「過誤後の対応では、患者の安全確保が最優先」と語る。

 小茂田氏は薬剤師を対象に、調剤過誤発生後の初期対応についての研修を薬剤師会などで行っている。ある研修で、患者から「薬で具合が悪くなった」という電話が掛かってきた場面を想定し、どのように受け答えをするか参加者に発表してもらったところ、「薬はきちんと飲みましたか?」「薬を余分に飲んでいませんか?」などと、まず薬と症状との因果関係を確かめようとする参加者が少なくなかったという。

 小茂田氏は、「患者の症状を確認し、緊急であればすぐに医療機関を受診できるようにするのが先決。因果関係や、調剤過誤があったかどうかを確かめるのはそれから後でいい」と指摘する。症状を確認し受診してもらうなどの対応をしてから、他の患者への被害拡大の防止、詳細な情報収集、処方医への連絡などを行う。

 調剤過誤では、非があるのは薬局側。薬剤師は誠意をもって患者に対応するのが大原則だ。

 そこで重要なのが謝罪。小茂田氏は、「訴訟対策のため、あまり謝らない方がいいと考える人もいるが、『ご心配をおかけして大変申し訳ございません』などときちんと謝罪をすることで、患者側の怒りがいくらか収まる」と話す。

 ファーコス(東京都千代田区)首都圏第三ブロック・ブロック長の山本章正氏は、「たとえ誤って交付した薬を患者が服用していなくても、『飲んでいないのなら問題ないでしょう』という不遜な態度が患者に伝わると、大きなトラブルに発展しかねない」と指摘する。謝罪の際は、誰が見てもお詫びしていると分かるような態度や話し方をしなくてはならない。

 患者が医療機関を受診するときも、細心の注意を払いたい。あらかじめ医師や医療機関に連絡を取り、事情を説明して、患者がスムーズに受診できるよう準備しておく。

 患者が受診の必要がないと判断しても、念のために受診してもらう場合がある。その場合も、「薬局側で受診の手配をする。特に小児では、母親が非常に心配するのでこうした配慮が必要だ」と山本氏は説明する。

 「患者が受診する際は、薬局長やブロック長など管理者が付き添うのも誠意の一つの示し方。また、診察後の会計を誰が支払うか決まっていないときは後で支払えるよう、医療機関と交渉しておく」(山本氏)。

 日本メディカルシステム(東京都中央区)調剤事業部DI・安全管理部門統括マネージャーで、薬による中毒への対応の経験が豊富な笹嶋勝氏は、「誤って交付した薬を患者が服用した場合、その薬による中毒に加え、併用薬との相互作用や臓器障害による薬物代謝、排泄への影響なども評価しなくてはならない」と指摘する。

 例えば、テオフィリン(商品名テオドール他)を長期使用中の患者に対して、パロキセチン塩酸塩水和物(パキシル他)が処方されたにもかかわらず、誤ってフルボキサミンマレイン酸塩(デプロメール、ルボックス他)を交付してしまった場合。相互作用によって血中濃度が上がるテオフィリンの中毒が懸念される(表2)。

表2 誤って交付した薬について中毒以外に検討すべきリスク(笹嶋氏による)

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 中毒は、服用した錠数や期間、薬剤の作用や最高血中濃度到達時間(Tmax)といったパラメーターを調べて影響を評価する。例えば、血中濃度と薬理作用が比例するプロカテロール塩酸塩水和物(メプチン他)のドライシロップは、Tmaxが1.3時間。プロカテロールを服用後3時間で患者から誤って服用したとの連絡があり、患者の健康状態に問題がなければ、おおよそ大丈夫だと判断できる。参考になるのは、添付文書の過量投与や薬物動態の項、『急性中毒情報ファイル』(廣川書店)といった書籍だ。笹嶋氏は、「中毒対応に詳しい医師ばかりではない。最終的には医師の判断を仰ぐにしても、薬剤師が薬による影響を医師に情報提供すべき」と強調する。

 過誤を起こしたと分かったら、誰しも動揺してしまう。日本薬剤師会常務理事の森昌平氏は、「過誤発生時にすぐ参照できるよう、対応の仕方を薬局の『手順書』に記載しなければならない」と強調する。薬局の開設者には、安全管理体制の整備が義務付けられており、その一環で「医薬品の安全使用のための業務手順書」を作成することとなっている。この手順書に、事故発生時の対応、つまりスタッフから薬局開設者への報告体制などを記載する。

 Part.2からは、過誤発生後の実践的なマニュアルを持つ薬剤師会や薬局の取り組みを紹介しよう。

ウブレチド事件を振り返る

背景に薬局の安全管理体制の不備

 埼玉県薬剤師会会長という要職にあったサンセーヌ薬局の元開設者、および元管理薬剤師が業務上過失致死傷の疑いで書類送検され、薬剤師に衝撃を与えたウブレチド事件(表3)。元管理薬剤師に対する起訴状やさいたま地裁の判決文、埼玉県薬務課の資料などからは、薬局のずさんな安全管理体制がうかがえる。

表3 ウブレチド事件の経緯

 そもそもウブレチドは毒薬に指定されており、他の医薬品とは区別して鍵を施して保管しなくてはならないのに、薬局では自動錠剤包装機に充填していた(表4(1))。

表4 サンセーヌ薬局に対する行政処分の理由
(埼玉県薬務課発表資料を一部改変)

 薬局では、自動錠剤包装機で、マグミット錠250mgの登録コードを誤ってウブレチド錠5mgと同じコードに設定した。そのため、マグミット錠250mgが一包化指示で処方された場合、ウブレチド錠5mgが分包されることになった。

 ウブレチド錠5mgとマグミット錠250mgは、どちらも白色の裸錠だが、識別コードが異なる上、割線はウブレチド錠5mgにしかない。薬剤師がしっかり鑑査すれば過誤に気付くのは容易だったはず。しかし、一包化薬の鑑査は事務員が錠数を数えるだけだった。同薬局では事務員が調剤に当たっていたのだ(表4(2))。

 投薬もなおざりだった。同薬局の主な処方箋発行元である医療機関には患者用の送迎バスがあり、薬局は、バスに乗っていた患者の薬はバスの運転手に手渡し、患者に対面での服薬指導を行っていなかった(表4(3))。

 さらに本文中で紹介した、薬局での作成が義務付けられている医療安全の指針や業務手順書を作成していなかった(表4(4))。

県は再三立ち入り再発防止を徹底

 判決文は、事件の背景には安全管理体制の不備があるとし、「薬局の経営者の事実上の影響力の大きさの点も無視できない」と指摘した。弁護士の小林氏は、「元開設者はワンマン体制で薬局を運営していたため、元管理薬剤師は元開設者に対し必要に応じて意見を言えるような環境にはなかったのではないか」と推察する。

 薬事法第8条では、管理薬剤師が薬局の人や物を管理し、必要な注意を払わなくてはならないと規定している。「元管理薬剤師は、管理薬剤師として患者を健康被害から守るという責任と自覚がなかったのだろう。ウブレチド事件は、法で定めている安全管理体制を構築していないと、こんな結果を招くのだと如実に示した」と小林氏は続ける。

 埼玉県保健医療部薬務課主査の青木一人氏は、「薬局には薬事法違反が4つもあり、元管理薬剤師の刑事裁判で、薬と死亡との因果関係が確定した。それを受けて県は、薬局に業務停止30日間という異例の重い処分を下した」と説明する。

 県は2010年4月の事故発覚以来、薬局に再三立ち入り、事故原因の排除と再発防止策を指導してきた。「現在は、薬剤師が一包化薬を2度鑑査する、自動錠剤包装機の番号変更は2人以上で行うなど体制の整備は徹底されている」と青木氏。サンセーヌ薬局は30日間の業務停止を経て9月12日に営業を再開した。

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