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漢方のエッセンス
其の十四 半夏瀉心湯
日経DI2012年11月号

2012/11/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年11月号 No.181

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。2006年に漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」を開局。

 漢方に寒熱という概念がある。寒熱が調和して体内にあれば健康である。しかし暴飲暴食や疲労、ストレス、胃腸虚弱などのせいで両者が結び付き、脾胃の機能を阻害してしまう場合がある。こういうときに寒熱を和解して胃腸機能を整えるのが半夏瀉心湯である。

どんな人に効きますか
 半夏瀉心湯は、「寒熱互結之痞」証(かんねつごけつのひしょう)を改善する処方である。

 寒熱互結とは寒邪と熱邪とが結び付いている状態。この2つが心下部で互結して脾胃の昇降機能1)が失調したとき、心下部に痞証が生じる2)。これが寒熱互結之痞証である。痞証とは、ふさがって通じなくなる状態。

 本来は脾気が上昇し胃気が下降しているのが正常な状態である3)。脾気が下降し胃気が上昇すれば脾胃の調和が失われ、つかえをはじめとする胃腸の諸症状が生じる。これを「脾胃不和」という。本方は脾胃不和証を改善する処方ともいえる。

 寒熱互結の熱は胃熱と心熱を指す。胃腸の炎症や自律神経系の興奮として表れる。寒邪は食習慣の影響などで生じ、胃腸が冷えて胃平滑筋が緊張し、蠕動が失調してガスが停滞する状態となる。実際に冷えていなくても、脾胃機能が落ちていれば、この範疇と捉えてよい。

 よく見られる症状は、上腹部のつかえ、膨満感。鬱滞している気が物質と結合していないので、さほど痛みを感じないのが特徴。ここに胃がある、という「胃の存在」を心下部に感じる人もいる。さすると心地よい。さらに胃気の上逆による嘔吐、悪心、吃逆(しゃっくり)、食欲不振が起こる。脾気の逆降による腹鳴や下痢も生じる。舌苔はべっとりと厚く、やや黄色い。

 臨床応用範囲は、胃炎、腸炎、胃酸過多、胃・十二指腸潰瘍、消化不良、胃下垂、胃アトニー、胃拡張、過敏性腸症候群、口内炎、神経性胃炎、妊娠悪阻など。みぞおちのつかえ、嘔吐、下痢の3つがあれば寒熱互結之痞証の場合が多い。病名にこだわる必要はない。嘔吐は吐き気、下痢は軟便程度でもよい。証が正しければ胃腸型の感冒、自律神経失調症、不眠症、肩こりにも有効である。暴飲暴食による心下痞には効かない。寒熱互結があって、初めて有効となる。

 出典は『傷寒論』である。もともとは小柴胡湯を使うべき患者に誤って下法を用いたために中陽が損傷し4)、外邪が侵入して寒熱互結となり、心下痞が生じた際に使われる処方である。

どんな処方ですか
 配合生薬は、半夏、乾姜、黄ごん、黄連、人参、大棗、甘草の七味である。

 君薬の半夏は辛温性5)で散結除痞6)し、気の逆上を緩和し嘔吐を治める。臣薬の乾姜は辛熱性で中焦を温め寒邪を散らす。降逆止嘔作用もある。半夏と乾姜の組み合わせにより胃平滑筋の緊張が和らぐ。同じく臣薬の黄ごんと黄連は苦寒性で余分な熱を除き、心下痞を開く。黄ごんは上焦、黄連は中焦の熱を清する。以上四薬の相互作用により寒熱が調和し、痞証が和らいで上逆した気が降りてくる。佐薬の人参と大棗は甘温性で健脾益気し、寒熱互結して弱った中焦を元気づける。半夏との組み合わせで脾胃の昇降機能が蘇る。人参は上腹部のつかえも緩解する。使薬の甘草は脾胃の機能を整え、諸薬の効能を調和させる。

 以上、半夏瀉心湯の効能を「寒熱平調、散結除痞」という。寒熱を調和し脾胃を補い気を益し、痞証を除く。特徴は辛温薬と苦寒薬が配合されている点にある。寒性と温性の協調で陰陽を調和する。苦味と辛味を合わせて昇降がバランスを取り戻す。さらに補薬と瀉薬7)の配合で正気を補い邪気を除去し、虚実を均衡させる。寒熱が緩解し昇降が復活すれば、痞証も嘔吐も下痢も自然に癒されていく。寒熱、昇降、虚実という相反する作用を和解する処方である。

 脾胃気虚が強ければ六君子湯を併用する。同じ心下痞でも、暴飲暴食で便秘なら小承気湯、ストレス性の場合は四逆散や小柴胡湯、刺激物を食べ過ぎたときは三黄瀉心湯、食欲不振やおなかの冷えがあるときは呉茱萸湯などがよい。乾嘔(からえずき)には、麦門冬湯を使う。

 本方は組成が小柴胡湯と似ている。小柴胡湯から柴胡と生姜を去り、黄連と乾姜を加えれば本方になる。小柴胡湯の和解少陽作用が失せ、調和寒熱作用が生まれる8)

 本方には加減方が3つある。1つ目は生姜瀉心湯。乾姜を減らして生姜を加味する。生姜が水分の流れをよくし、中焦の水熱互結9)が解消され、つかえや嘔吐が治まる。胃腸内での発酵が抑えられ、悪臭のげっぷにもよい。2つ目は甘草瀉心湯。甘草を増量して補中効果を上げ、下痢、腹鳴に対する効力を高める10)。不安、いらいら、胸苦しさなどを伴う下痢や、未消化の下痢によい。胃の症状が強い場合は生姜瀉心湯、腸の症状が強い場合は甘草瀉心湯である。3つ目は黄連湯。黄ごんを桂皮に変え、黄連を増量し、上熱下寒証11)を改善する。散寒止痛作用が下寒、つまり腹部の冷痛に効く12)。上熱は嘔吐、胸苦しい、いらいら、口が苦い、口臭、口内炎などとして表れる。以上の処方はいずれも昇降を調和し、寒熱を平調する。

こんな患者さんに…(1)
「いつも胃が重く、もたれています。げっぷがよく出ます」

 腹痛はないが、便は1日2~3回、軟便が出る。もたれ、げっぷという熱と、軟便という寒の、寒熱互結。本方服用2カ月で諸症状がすっかり消失した。

こんな患者さんに…(2)
「口臭が気になります。歯科や胃の検査で異常はありません」

 口内炎、肩こり、足の冷えもある。口臭、口内炎の熱と、足の冷えの寒。本方服用5カ月で口臭を解消。心下痞から肩こりが生じる場合は多い。

用語解説

1)脾には飲食物を消化吸収して滋養分を肺に持ち上げて全身に運輸する機能があり、これを脾の升精という。胃には飲食物を消化して残余を下降させる機能があり、胃の降濁という。これらを合わせて脾胃の昇降機能という。
2)心下部の痞証を「心下痞(しんかひ)」という。胃部がつかえて張る状態。
3)これを脾胃調和という。脾の機能を脾気、胃の機能を胃気という。
4)下法とは、老廃物を排出させて病邪を駆除する治療法。正気を消耗せぬよう注意する。中陽は、中焦の陽気。
5)生薬や食品には性味という属性がある。性味は生薬や食品が人体に及ぼす影響のこと。性には寒・涼・平・温・熱があり、味には酸・苦・甘・辛・鹹がある。五味は収斂・降気・補益・発散・散結などの作用がある。本方は性味の理解が処方把握の鍵となる。
6)散結除痞とは、詰まったところを解放し、痞証を取り除くこと。
7)瀉薬とは病邪を除去する生薬。
8)生姜も乾姜もショウガであるが、乾姜は干して乾燥させたもの。生姜は体表の寒邪を除き、乾姜は体内の寒邪を蹴散らす。従って小柴胡湯や葛根湯では生姜で表寒を払い、半夏瀉心湯では乾姜でおなかの冷えを取る。
9)水熱互結とは水湿と熱邪とが結び付いている状態。
10)下痢に腹鳴を伴わない場合は人参湯などがよい。半夏瀉心湯類の下痢は実証なので排便後すっきりするが、人参湯などが適応する場合は虚証なので排便後、だるくなる。
11)上熱下寒とは、体の上部で熱証があり、下部で寒証がある状態。下部とはいえ脾胃の冷えも含まれるので、下寒の「下」には中焦も含めて考えるとよい。
12)半夏瀉心湯を使う場合は腹痛がひどくない点で識別できる。

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