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薬理のコトバ
カルシウムチャネル
日経DI2012年11月号

2012/11/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年11月号 No.181

講師:枝川 義邦
1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より帝京平成大学薬学部教授。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 子どもの頃、テレビのヒーロー番組に夢中になったものだ。チャンネルを回してお目当ての番組に合わせるときのわくわく感は今も忘れられない。ちなみに「チャンネルを回す」という言い方は、昨今のリモコン世代の子どもには通じない。今やチャンネルは、電波でピピッと合わせるものなのだ。

 さて、このチャンネルというコトバ、薬理学では“チャネル”と呼ぶ方が耳になじむ。チャネルとは「伝達路」のこと。テレビでチャンネルを合わせるのは、番組への伝達路を開くという意味だったのだ。薬理学の世界にも色々なチャネルがあるが、今回は、多様な生体機能を支えるチャネル界の主役、カルシウムチャネルを取り上げよう。

細胞機能を調節する「通り道」
 カルシウムは、言わずと知れた生体には必須のミネラル。細胞の成長から死まで、生体機能の様々な場面で重要な役割を果たしている。中でも、筋肉の収縮やホルモンの分泌といった細胞機能の多くが、「細胞内のカルシウムイオン濃度の変化」によって調節されていることは皆さんご存じの通りだ。

 細胞内のカルシウムイオン(以降、これも単にカルシウムと呼ぶ)の濃度は通常低く抑えられており、細胞内外の濃度差は実に1万倍。細胞外が10-3Mであるのに対して細胞内は10-7Mとなる。細胞内の濃度がググッと10-4Mレベルまで上昇することで、細胞機能が発揮されるというわけだ。

 このときのカルシウムの通り道がカルシウムチャネルだが、このチャネルは、“合わせ方”によって大きく2つに分かれる。1つは、細胞膜の電気状態の変化によって開く「電位依存性カルシウムチャネル」。もう1つはホルモンや増殖因子などの結合により、いわば物理的な操作で開く「電位非依存性カルシウムチャネル」だ。テレビの例で言えば、前者はリモコンで、後者はダイヤルで操作するチャンネルとなろうか。どちらの方法で合わせた場合も、画面に憧れのヒーローが現れ、ドアを開けてカモーンなんてやるわけだから、カルシウムはわれ先に争って細胞内に入っていくことになる。

心筋や血管の収縮に関与
 カルシウムチャネルのほとんどは電位依存性、つまりリモコン操作で電気的に開くチャネルだ。細胞膜の電気状態に対する応答性の違いから、5種類に分類されている。細胞膜電位の大きな変化(脱分極)によって活性化されるのがL型とN型、P/Q型の3つ。中程度で活性化されるのがR型、小さな変化によっても活性化されるのがT型だ。ちなみにL型、T型は、不活性化の速さによる分類で付けられた名称。不活性化が遅くて活性状態が長時間続く(long-lasting)ものをL型、活性化が一過的(transient)ですぐに不活性化されるものをT型と呼んでいる。

 循環器系の治療薬として用いるカルシウム拮抗薬は、カルシウムチャネルの開口を阻害する薬剤。主としてL型のカルシウムチャネルの開口を妨げ、心筋細胞や血管平滑筋細胞へのカルシウム流入を防ぐことで収縮力を低下させる。血管への選択性が高い薬剤は高血圧や狭心症の治療に使われ、心筋にも作用する場合は上室性頻拍など不整脈の治療に使う(ボーン・ウイリアムズ分類のIV群)。

 抗不整脈薬としての作用を少し細かく説明すると、IV群に分類されているカルシウム拮抗薬は、洞房結節細胞など刺激伝導系の心筋細胞のL型チャネルに作用し、伝導速度を遅延させることで心拍を遅くする。

 その一方で、刺激伝導系の心筋細胞にはT型のカルシウムチャネルもあり、L型とは異なった生理機能を担っている。肥大心筋や不全心筋などの病的心筋細胞ではT型の発現が増加し、細胞内のカルシウム過負荷や不整脈の発生などに深く関与することが知られている。T型チャネルへの選択的拮抗薬として開発され、米国で発売されたミベフラジル塩酸塩は、心房筋の不応期を延長させ心房細動の発症を抑制する作用を持つことが示されて大いに期待されたが、他薬との相互作用により重大な副作用が現れることが分かって販売中止となった(日本では未発売)。こうした残念な経緯はあったものの、T型チャネルが今も、循環器系治療薬の重要な創薬ターゲットであることに変わりはない。

分泌や代謝、センサーとしての働きも
 生体機能の根幹を支える生理活性物質の「分泌」にも、カルシウムチャネルが関わる場面が多い。例えば、膵β細胞からのインスリン放出では、インスリンを抱える分泌小胞がβ細胞の細胞膜と融合して開口する際に、カルシウムチャネルからのカルシウム流入が必要となる。肥満細胞からのヒスタミン放出でも同様だ。

 そして、神経細胞からの神経伝達物質の放出も、細胞の持つ大切な分泌機能の一つ。脳の神経回路における情報伝達はもちろん、筋肉を動かしたり、ときに痛みを伝えるといった末梢と中枢の連絡にもカルシウムチャネルが関わっているのだ。

 さらに、電位非依存性のカルシウムチャネルの中に、細胞内の代謝反応につながる受容体として働くだけでなく、機械的伸展、温度などの様々な刺激を感知するセンサーとしての役目も果たす一群があることも分かってきた。こちらはまだ研究の途上だが、TRP(transient receptor potential)蛋白質と呼ばれる膜蛋白質が実体であろうと考えられている。

 多くの研究者を魅了してやまないカルシウムチャネル。チャネル界の主役の地位を譲ることは当分ないだろう。

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