(2)下行性疼痛抑制系の活性化
処方箋や薬局での訴えから、Eさんは糖尿病神経障害(糖尿病性ニューロパチー)を発症していると考えられる。糖尿病神経障害は、糖尿病の経過とともに発症・進展する末梢神経障害で、下肢などにしびれや疼痛のほか、感覚が異常になるなどの症状を呈する。
中枢神経には、末梢から脳に痛みを伝える上行性疼痛伝導系と、脳から末梢に痛みを抑制する信号を伝える下行性疼痛抑制系があるが、糖尿病神経障害の痛みは、糖尿病により高血糖状態が続くことで神経が傷つき、上行性疼痛伝導系が過敏になることが原因の一つと考えられている。
この痛みは、局所のけがや炎症を原因とした一過性の痛みとは異なる種類の痛みであり、プロスタグランジンの産生を抑えて痛みを抑制する非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの鎮痛薬は効きにくい。そのため、治療には、上行性疼痛伝導系を遮断する、あるいは下行性疼痛抑制系を活性化する薬剤が用いられる。
今回、Eさんに処方されたセロトニンノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)のデュロキセチン塩酸塩(商品名サインバルタ)は、下行性疼痛抑制系を活性化することで疼痛を緩和する。
デュロキセチンには、神経のシナプス間隙で一度放出されたセロトニンやノルアドレナリンの再取り込みを阻害して、シナプス部のセロトニンやノルアドレナリンを高濃度に保つ作用がある。セロトニンやノルアドレナリンには痛みを抑制する下行性疼痛抑制系を活性化させる働きがあるため、同薬を服用すると鎮痛効果が現れると考えられている。
神経障害性疼痛に対する抗うつ薬の使用は、緩和ケア領域ではよく行われている。糖尿病神経障害の疼痛に対しても、日本ペインクリニック学会の『神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン』には第一選択薬として、今回Eさんに処方されたデュロキセチンが挙げられている(表)。
デュロキセチンは、2010年4月に抗うつ薬として発売されたが、近年、糖尿病神経障害を対象に臨床試験が行われ、12年2月に「糖尿病神経障害に伴う疼痛」に対する効能が追加された。
なお、モルヒネなどのオピオイドμ受容体を作動する鎮痛薬は、上行性疼痛伝導系の抑制に加え、下行性疼痛抑制系を活性化することで神経障害の痛みを軽減するとの報告がある。また、カルシウムチャネルα2δリガンドのプレガバリン(リリカ)も上行性疼痛伝導系と下行性疼痛抑制系に作用することが示唆されている。
1)Therapeutic Research.2012;32:309-20.
出題と解答 : 笠原 英城
(千葉県済生会習志野病院[千葉県習志野市]薬剤部)
2)プラクティス 2008;25:137-40.
3)日本ペインクリニック学会「神経障害性疼痛薬物療法ガイドライン」(2011)
こんな服薬指導を

イラスト:加賀 たえこ
糖尿病による手足の痛みにお困りなのですね。強い痛みがあるのはつらいですね。
今回、Eさんに処方されたサインバルタというお薬は、先生がお話しになったように、うつ病の治療薬の一つです。ですが、このお薬は、糖尿病による神経痛に対してもよく使われています。
うつ病ではないのに、うつ病の治療に使うお薬を飲むのは変だと思われるかもしれませんが、このお薬が糖尿病の神経痛に対して効果があることはちゃんと証明されています。糖尿病の神経痛に対して1番先に使うように奨励されている薬ですので、安心して服用してください。よろしければ、飲んでみて痛みが和らいだか、次回教えてくださいね。