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漢方のエッセンス
其の十三 六味地黄丸
日経DI2012年10月号

2012/10/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年10月号 No.180

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。2006年に漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」を開局。

 漢方上達の秘訣は、漢方思考を身に付けることである。漢方思考の要の一つはバランス感覚である。特に陰陽の捉え方は、その基幹となる。陰が足りなければ陰虚であり、陰を補う。陽が足りなければ陽虚であり、陽を補う。陰陽の概念は幅広く、多様な解釈や応用ができるが、最も重要なバランスは、五臓の「腎」の陰陽バランスである。証は腎陰虚と腎陽虚があり、六味地黄丸は腎陰虚を治す極めて重要な処方である。

どんな人に効きますか

 六味地黄丸は、腎陰虚証(用語解説1)を改善する処方である。

 腎は五臓の一つであり、その腎の陰液(用語解説2)が足りない体質が腎陰虚である(用語解説3)。腎は「先天の本(ほん)」(用語解説4)といわれ、人体の根幹をなす。従って、腎陰の不足は様々な体調不良の引き金となる。

 まず腰は腎の府(用語解説5)であり、腎は骨(こつ)をつかさどり髄(用語解説6)を生むので、腎陰が不足すると腰や膝がだるく無力となり、時に痛み、歯がぐらつく(用語解説7)。髄の不足は脳に影響を及ぼし、頭がぼーっとしたり、ふらついたり、めまいが生じたりする。忘れっぽくなり、寝付きも悪くなる。腎は耳に開竅(かいきょう)(用語解説8)するので、耳鳴りや難聴が生じる。腎は精(用語解説9)を蔵する役割もあるので、遺精が生じる。

 陰虚になると乾燥・脱水状態になる。また陰液が火熱を冷却する役割が不十分となり、内熱が生じる(用語解説10)。乾燥と内熱により、骨蒸潮熱(こつじょうちょうねつ)(用語解説11)、口や喉の渇き、舌の乾燥、喉の痛み、寝汗、尿が濃い、排尿障害、便が硬い、などの症候が生じる。舌は赤く、舌苔は少ないか、付着していない。

 臨床応用範囲は、自律神経失調症、高血圧、動脈硬化、慢性腎炎、糖尿病、甲状腺機能亢進症、肺結核、眼精疲労、中心性網膜炎、健忘症、無月経、無排卵、過少月経、不正性器出血、更年期障害など。

 小児においては、骨や髄の発達が遅れるため、発育不良や知能発達不良もみられる。

 出典は『小児薬証直訣』である。腎陽虚を補う『金匱要略』の八味地黄丸から桂皮と炮附子を除去し、小児用の補腎薬としてつくられた。

 腎を補うことは生涯を通じて必要であるが、特に成長発育期の小児、健康維持を求める高齢者にとっては重要である。ただし小児は陽気が盛んであり、釣りたてのハマチのように生きがよすぎて暴れ回って手におえない場合も多い。こういう小児に腎陽を補っては収拾がつかなくなる。そこで腎陽を補う桂皮と炮附子を取り去り、本方が生まれた。実際には、小児に限らず中高年にも腎陰虚証は多くみられ、六味地黄丸が活躍する場面は老若男女にわたり、極めて多い。

どんな処方ですか

 六味地黄丸は、主薬が地黄で6種の生薬からなる処方。配合生薬は、地黄、山茱萸(さんしゅゆ)、山薬、沢瀉、茯苓、牡丹皮の六味である。

 君薬の地黄は滋陰補腎し、精を補い血を満たし、髄を養う。臣薬の山茱萸は腎と肝を補いつつ、必要なものが体外に漏れ出るのを防ぐ(用語解説12)。同じく臣薬の山薬は腎と脾、特に脾陰を補う。精を固渋する働きもある。以上の君臣3薬の配合は肝と脾と腎を滋養し、「三補」と呼ばれる。特に地黄の配合量が多いので、腎陰を補うのが主眼の組み合わせである。

 佐薬は沢瀉、牡丹皮、茯苓の三味。沢瀉には利湿作用があり、味がしつこくて吸収されにくい地黄の弱点をカバーする。虚熱を冷まし、また泌尿器系の機能を調える働きもある。牡丹皮は血分の熱を冷まし、山茱萸の温性・渋味を緩和する。血行促進作用もある。茯苓は脾胃の湿邪をさばき、山薬の働きを助ける。これら3佐薬は君臣薬の流れを軽快にして虚熱を冷まし、体への負担を軽くする。これらを「三補」に対して「三瀉」と呼ぶ。丸薬にする場合は生薬を粉末にして蜂蜜で練って製するが、蜂蜜は使薬として配合諸薬を調和させる役割を持つ。

 六味地黄丸は、「三補」と「三瀉」を組み合わせて薬効を発揮する。配合量でみると三補薬の方が多いので、全体として補薬となる。補うのは肝・脾・腎の陰液であり、特に腎陰を強く補う。

 以上、六味地黄丸の効能を「滋陰補腎」という。三補薬は亢進した異化作用を抑え、ホルモン内分泌系の機能を調整する。牡丹皮と沢瀉には、脳や自律神経系の興奮を鎮め、血圧を下げる働きがある。血圧降下作用は山茱萸にもある。地黄、山薬、沢瀉は血糖値を下げる。

 虚熱が盛んな場合は、三物黄ごん湯(さんもつおうごんとう)などを合わせる。腹部膨満感など気滞の証がみられれば、平胃散などを合わせ飲む。地黄など胃にさわる生薬の配合量が多いので、胃腸が丈夫でない人は小建中湯や補中益気湯を併用する。便が硬ければ麻子仁丸を合わせる。

こんな患者さんに…(1)

「高血圧で降圧薬を飲んでいます。頭痛や肩こりはありません」

 痩せ形の男性。腰痛持ちで、膝がだるい。舌は赤い。腎陰虚と考え、六味地黄丸を服用してもらった。

 約1年で血圧が正常範囲内まで下がり、降圧薬を中止できた。血圧が高いうちは、必ず降圧薬を併用してもらう必要がある。

こんな患者さんに…(2)

「更年期障害です。ホットフラッシュが一番つらい症状です」

 ホットフラッシュの他に、めまい、動悸、不眠がある。腎陰虚とみて六味地黄丸を飲んでもらい、3カ月が経過したが、症状が随分楽になった。ホットフラッシュののぼせや発汗は、骨蒸潮熱の症候と似ている。

用語解説

1)肝腎陰虚証とする場合もある。
2)陰液とは、人体の構成成分のうち血(けつ)・津液(しんえき)・精を指す。
3)腎陰虚は、慢性疾患や炎症、虚弱体質、老化、栄養不良などにより生じる。物質的な基盤と体液が不足しており、相対的に異化作用が亢進し、脳や自律神経系が興奮しやすくなっている。異化とは高分子を分解してエネルギーを得る代謝過程。
4)腎は成長・発育・生殖をつかさどる臓腑であり、生まれつき精を備え持つので「先天の本」と呼ばれる。これに対し、後天の本は、生まれた後に飲食物から陰液や陽気を生成する脾胃を指す。
5)腰は腎をしまっておくところ、という意味。腎が衰えると、腰が弱くなる。
6)髄は骨髄・脊髄を指し、集まると頭で脳となる。脳は「髄の海」と呼ばれる。
7)歯は「骨の余」と呼ばれ、骨をつかさどる腎が弱ると影響を受けやすい。
8)五臓の状態は、開竅する場所に表れやすい。腎が弱ると耳の機能が低下する。
9)精は生命体の根本となる物質で、成長・発育・生殖をつかさどる。
10)火熱を冷ます機能が弱いために相対的に生じる熱なので、この内熱は虚火である。腎火ともいう。虚熱に対しては陰液を補って熱証を治療する。
11)骨蒸潮熱について。毎日一定の時間になると熱感が表れる現象を潮熱という。潮の満ち引きのように熱感の有無を繰り返す。潮熱のうち、熱感が午後か夕方から表れ、深夜か早朝に引くのを骨蒸潮熱という。骨が蒸されるような、体の芯からじわりと熱い感じだ。熱は微熱で、五心煩熱(ごしんはんねつ)、頬骨辺りの紅潮がみられやすい。熱が引く夜中に寝汗をかくことも多い。骨蒸潮熱は陰虚の特徴の一つである。微熱が不規則に出る場合は気虚、熱感があるのに触れると冷たい場合は湿熱の可能性が高い。なお五心煩熱とは、手のひらや足の裏のほてり、胸部の不快な熱感を指す。
12)この作用を固渋作用という。特に精が漏れ出るのを防ぐ。

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