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薬理のコトバ
COX阻害薬
日経DI2012年10月号

2012/10/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年10月号 No.180

講師:枝川 義邦
1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より帝京平成大学薬学部教授。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 日本人は痛みに強い、という話をどこかで耳にされた方は多いと思う。もちろん医学的にそんな根拠はなく、「痛い」と吐露することをよしとしない文化的背景から、そのような印象を持たれるようになったとされる。日常的な痛みの代表例である頭痛などについて、ある製薬会社が行った意識調査によると、日本人は頭痛によって1日に平均2時間半を失っていて、頭痛から解放されるならば1時間に1200円以上を支払ってもよいと思っているという。

 半面、鎮痛薬の使用には躊躇する傾向も。なんと合計8割近くが、「できる限り」「痛みが我慢できなくなるまで」は飲まない、「痛みが強くなってから」飲む、と回答したという。鎮痛薬への正しい理解を広めることは急務の課題と言えまいか。このような状況に背中を押されて、今回は、鎮痛薬としておなじみの「COX阻害薬」についてまとめてみたい。

PGの産生を抑えて痛みから解放

 鎮痛薬の代表格と言えば「非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)」だろう。生体内で最強の発痛物質であるブラジキニンの産生が少ない状態でも、プロスタグランジン(PG)が発痛を補助するという“合わせ技”で痛みが生じてしまうのだが、NSAIDsはPGの産生を阻害して痛みを和らげる。

 NSAIDsのターゲットはシクロオキシゲナーゼ(COX)。COXは細胞内のアラキドン酸カスケード反応においてキーになる酵素で、これを阻害することによりPGが産生されなくなる。PGは発痛の補助のほか、炎症の惹起や発熱の作用もあるため、NSAIDsは名前の示す抗炎症作用の他に鎮痛作用と解熱作用を併せ持つことになる。

 もちろん、皆さんご存じのアスピリンもNSAIDsに属する。まだ鎮痛薬としてはモルヒネが第一選択薬、というよりほとんど唯一の選択肢であった頃に、重篤な副作用や依存性を気にせずに使える鎮痛薬として登場し、「痛みからの解放」という一大ムーブメントを引き起こした。アスピリンの登場は、歴史的にも重要な出来事であったのだ。

 アスピリンを東の横綱とすれば、西の横綱はアセトアミノフェン。アスピリンなどのNSAIDsとは異なり抗炎症作用はないが、負けず劣らずの解熱・鎮痛作用がある。小児ではライ症候群を懸念してアスピリンが禁忌となっているため、小児への処方ではアセトアミノフェンが主役を務める。そして、アセトアミノフェンのターゲットも、ご多分に漏れずCOXなのである。

COX2選択阻害に悩ましい副作用

 このCOX、今のところ3種類が話題に上る。COX1とCOX2はNSAIDsのターゲットとなる酵素で、COX2が炎症に伴って発現してくる。COX1は体内に定常的に存在していて、生理学的に消化管粘膜の保護作用を示したりする。つまり、NSAIDsの副作用である胃炎や胃潰瘍といった消化管粘膜障害は、COX1を阻害することで生じる。

 では、COX1に作用せずCOX2のみに作用する薬ができれば、それは副作用のない「夢の鎮痛薬」となるのではないか─。そんな期待を背負って開発されたのが、いわゆる「コキシブ系」といわれるセレコキシブ(商品名セレコックス)などの薬剤。COX2に選択的であるため、胃障害などの副作用はなくなったのだが、夢は長くは続かなかった。コキシブ系薬には、心筋梗塞などの心血管系イベントのリスクを高めるという副作用があったのだ。

 これは、実はメカニズムとしては分かりやすい。COX1はトロンボキサンA2を産生して血管収縮や血小板凝集を引き起こす。一方のCOX2は血管拡張作用やPGI2阻害による血小板凝集阻害作用を持つ。NSAIDsの大半は両者を阻害するため、血栓形成については促進と抑制のバランスが取れていた。しかし、COX2を特異的に阻害するコキシブ系薬では、COX1の作用のみが残ることで血栓が形成されやすくなるわけだ。

 興味深いことに、アスピリンでも同様のことが生じる。アスピリンは少量ではCOX1を選択的に阻害するので、血栓形成を予防する。この効果を期待して使用されているのが、バイアスピリン錠100mgやバファリン配合錠A81といった低用量アスピリン製剤だ。しかし大量投与をするとCOX2阻害が強く出て、逆に血栓形成傾向となる。同じ薬で逆の効果を生じることから、この現象は「アスピリンジレンマ」として知られる。

鎮痛薬で心の痛みも軽くなる?

 一方のアセトアミノフェンは、胃障害のような副作用がないことから空腹時にも服用でき、アスピリン喘息のようなNSAIDsアレルギーも生じない。こうした特徴は、アセトアミノフェンのターゲットが主にCOX3であるからという説が有力視されている。

 COX3は、COX1と同じ遺伝子由来の異なる蛋白質で、脳に局在するとされるが、その存在にはまだまだ議論の余地がある。だが、アセトアミノフェンのターゲットが脳内にあることは確かで、末梢での不具合が生じにくいという図式と合致する。アルコールと併用すると肝障害を生じやすく、時に容易には治療ができないほどのダメージを刻むことも。悪魔の顔をのぞかせることもあるが、短期的に正しく使う限りは天使のような薬といえようか。

 このアセトアミノフェン、なんと、“心の痛み”を癒す作用もあるという。アセトアミノフェンが腹側前帯状回と前島皮質という脳部位の活動性亢進を抑えることで、体の痛みだけでなく心の痛みも軽くなったという研究データが報告されているのだ。末梢の炎症や痛みを和らげるアスピリン、中枢に作用して心と体の痛みを和らげるアセトアミノフェン。“鎮痛薬の両横綱”には、これからもお世話になりそうだ。

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