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レセプト審査は無駄だらけ

2012/10/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年10月号 No.180

 テレビドラマから始まった『踊る大捜査線』が、この秋に劇場公開された映画で最終作になるのだそうだ。旧態依然とした管理組織と現場との葛藤は、この作品に限らず映画やドラマの格好なテーマの一つだろう。

 実際この国では、時代とともに変化する現場の状況を上層部が理解せず、「管理」と称して余計な介入を行うために、あちこちで様々な摩擦が生じている。医療に関わる分野も例外ではない。筆者が常々、無駄の極みだと感じているのが、診療報酬明細書(レセプト)の審査である。

 ご存じのように医療機関や薬局は月末締めで、レセプトを「社保」と「国保」の2つに分け、前者は社会保険診療報酬支払基金(支払基金)、後者は国民健康保険団体連合会(国保連)へと提出する。支払基金や国保連では、請求された医療行為などが保険診療のルールに適合しているかをチェックし、妥当と判断したものに対しては、各保険者に診療報酬を請求して、それを医療機関や薬局に支払うという作業が行われている。

 さて、このシステム、民主党の事業仕分けでも取り上げられたように、様々な問題がある。まず、2つに分ける意味がない。支払基金も国保連も審査の仕方は同じなので、審査部門を1つにまとめれば事務経費の削減が可能だ。審査の事務手数料には当然、保険料が使われている。例えば支払基金の場合、審査で年間約200億円の請求が減額されるのに対し、年間約870億円の事務手数料が生じているという。差し引き約670億円も持ち出しているわけだ。審査事務は、例えるなら電力会社のようにほぼ独占事業なので、コスト削減の努力が十分でないということは、以前から指摘され続けている。

 レセプトの電子請求が普及し、データとして一括処理されるようになったいま、レセプト審査も改革が求められている。何より筆者が願うのは、審査ルールの標準化、つまり日本全国、同じルールで審査が行われるということである。

 こんなごく当たり前のことが、いまだに実現できていない。全く同じレセプトでも、国保連では減額されないのに支払基金では減額されるということがある。さらに地域差もある。もっと細かいことを言うなら、審査する人によっても基準が異なる。健康保険による医療は全国一律で提供されているはずなのに、肝心のレセプト審査のルールが、いつまでたっても標準化されないのである。

 レセプト審査ルールの標準化には、大きな意味がある。何がシロで何がクロかがはっきりすれば、医療機関はレセプト提出時に「これは大丈夫か」と迷わなくてすむ。減額されるレセプトは大幅に減るだろう。さらに、基準が明確になれば、コンピューターによる審査も容易になる。それだけ審査の事務手数料を安くでき、ひいては国民医療費の抑制にもなるはずだ。

 しかし、実現には相当の困難が予想される。なぜならレセプト審査ルールが標準化され一気に電子化も進むとなれば、支払基金や国保連の存在意義が希薄になるからだ。特に支払基金は独立した第三者機関などとうたいながら、その正体は厚生官僚の天下り先である。官僚が自分たちの利権を簡単に手放すわけがない。事実、民主党の事業仕分けもつっぱねる始末である。

 ドラマで描かれる旧態依然とした管理組織と現場との葛藤は、「希望はあるが、現場を取り巻く状況は変わらない」という形で締めくくられることが多い。「『事件を解決しろ』と会議室で怒鳴るけど、足を引っ張っているのはお前らだろう─」。ドラマの主人公と同様、われわれも葛藤を抱えながら、レセプトを提出し続けるほかないのだろうか。

(みち)

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