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副作用症状のメカニズム
第24回 悪心・嘔吐
日経DI2012年9月号

2012/09/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年9月号 No.179

講師
名城大学薬学部
医薬品情報学准教授
大津 史子(おおつ ふみこ)
1983年、神戸女子薬科大学卒業。滋賀医科大学外科学第2講座勤務を経て、名城大学薬学部専攻科に入学。87年に同大学薬学部医薬情報センターに入職、同学部医薬品情報学講師などを経て、2008年から現職。
イラスト:長岡 真理子

症例
 近所に住むAさん(50歳)が、夕方にげっそりした顔で薬局を訪れた。話を聞くと、吐き気をもよおして嘔吐してしまったとのこと。

 会社員であるAさんは、長年吸っていたたばこをやめようと、夏季休暇を利用して数日前から禁煙を実施。薬局では禁煙サポートをしていた。

 嘔吐は、生物が命を守るための防御機構の一つであり、毒物を摂取してしまったときに、できるだけ速やかに毒を体外に排出するための機能である。

 悪心(嘔気)は、咽頭から上腹部にかけて感じる不快感であり、嘔吐の域値にまで至らない状態をいう。嘔吐の前に起こることが多いが、必ずしも嘔吐の前に悪心が起こるわけではなく、悪心を伴わず突然、嘔吐が起こる場合もある。

悪心・嘔吐が起こるメカニズム

 悪心・嘔気を起こす主役となるのは、延髄にある嘔吐中枢である。嘔吐中枢には、ドパミン、アセチルコリン、ヒスタミン、セロトニン、ニューロキニン1などの受容体があり、様々な器官からの情報を集めて、生体を守るための働きをしている。

 嘔吐中枢が刺激を受けると、腸管、横隔膜や腹膜筋、咽頭の関連する神経筋反射が起こり、悪心・嘔吐が起こる。詳しくは以下の通りだ。

 嘔吐中枢に伝わった刺激は、迷走神経や自律神経の大内臓神経、脊椎神経などに伝わる。大内臓神経は、胃の出口である幽門部を収縮させ、入り口である噴門部に向けて逆蠕動を起こす。この際、反射的に息を大きく吸い込むことによって迷走神経が興奮し、噴門括約筋が弛緩する。

 脊椎神経は、横隔膜や腹壁筋を収縮させ、腹圧を上げる。これにより、胃の内容物が押し上げられ、食道全体が弛緩して胃内容物が逆流し、口から吐出される(参考文献1)。

 迷走神経が興奮した際、噴門部が弛緩するのと同時に、通常は軟口蓋や喉頭蓋が閉鎖するために、胃の内容物が気道や鼻腔に入らないようになっている(参考文献2)。

嘔吐中枢を刺激する経路

 嘔吐中枢が刺激されると悪心・嘔吐が起こるが、では、嘔吐中枢にはどのような刺激が集まるのであろうか。それを考えるには、(1)化学受容器引金帯(CTZ)を介する刺激、(2)末梢性の刺激、(3)大脳皮質からの直接刺激─の3つに分けると分かりやすい。それぞれに見ていこう。

(1)CTZを介する刺激

 CTZは、嘔吐中枢の背側の第四脳室底にある神経細胞の塊で、血管が多く集まる。血液脳関門がないので、血液や脳脊髄液中の代謝物、ホルモン、薬物、細菌の毒素など様々な物質の刺激を直接受ける器官である。

 尿毒症や肝性脳症、糖尿病性アシドーシスなどによる血液中のケトン体など有害物質の濃度が上昇することでCTZが刺激される。また、食中毒などによる細菌毒素、電解質異常(特に高カルシウム血症や低ナトリウム血症)は、CTZを直接刺激する。刺激を受けるとCTZはドパミンを放出し、嘔吐中枢のドパミン受容体が刺激され、嘔吐が発現する。

 妊娠に伴うつわりも同様の機序が考えられている。

 また、CTZには、オピオイド、セロトニン、ドパミン、ニューロキニン1などの受容体があり、神経伝達による刺激も受けている。例えば、消化管にあるセロトニン受容体の刺激により迷走神経が興奮するとCTZに伝わり、ドパミンが放出され嘔吐中枢を刺激する。

 また、ヒステリーや神経性食思不振症、精神的なストレスなどで神経性嘔吐が起こることがある。これは、情動性の刺激がコルチコトロピン放出ホルモンの分泌を促し、ドパミンA1受容体を介してアルギニンバソプレシンが分泌され、CTZを刺激するのではないかと考えられている(参考文献3)。

(2)末梢性の刺激

 口に手を入れて、喉の奥を刺激すると嘔吐が誘発されるが、これは舌咽神経への過剰刺激が、嘔吐中枢に伝わるためである。

 メニエール病や中耳炎など耳の病気、乗り物酔いでも悪心・嘔吐が誘発されることがある。これは、内耳の前庭迷路への過剰な刺激が、アセチルコリン受容体やヒスタミン受容体を刺激し、コリン作動性神経やヒスタミン作動性神経によって、直接もしくはCTZを介して、嘔吐中枢が刺激されるためと考えられている。

 緑内障では、眼圧の急激な上昇が迷走神経を刺激し、嘔吐を誘発する。また、消化器疾患、膵炎や胆嚢炎、結石などの疾患による炎症の刺激は、迷走神経、交感神経に伝わり、嘔吐中枢を刺激する。

 過剰に飲酒した直後、また翌日には二日酔いによる悪心・嘔吐が起こるが、これはアルコールによって胃粘膜が傷害され、その刺激が嘔吐中枢を刺激し悪心・嘔吐として現れる。

 消化管の運動が低下し内容物が停滞することによっても、悪心・嘔吐が起こる。消化管の内壁が進展し、機械的受容体が刺激され、迷走神経と内臓神経を介して嘔吐中枢に刺激が伝わるためである。

 これら末梢臓器の刺激によって反射的に起こる嘔吐は、末梢性(反射性)嘔吐と呼ばれる。

(3)大脳皮質からの直接刺激

 嘔吐中枢は、大脳直下の延髄にある。そのため大脳皮質が障害を受けて脳圧が亢進すると、物理的な圧迫刺激を受けて嘔吐が誘発される。

 脳腫瘍や脳出血、クモ膜下出血で起こることがある。さらには脳血流の循環障害、例えば低酸素血症、貧血、高山病、低血圧や脳梗塞などでも見られる。

 これらは、悪心を伴わず、いきなり嘔吐が起こることが多い。

副作用で嘔吐が起こるメカニズム

 薬の副作用で嘔吐が起こる機序としては、前述の(1)(2)が主となる。

(1)CTZを介する刺激

 副作用によって嘔吐が起こる代表的な薬物といえば、まず抗癌剤が挙げられる。抗癌剤では、直接CTZを刺激し、その刺激が嘔吐中枢に伝わり嘔吐が誘発される。

 また、最初の抗癌剤治療のときに悪心・嘔吐のコントロールが不十分であると、それ以降の抗癌剤の投与前後に、悪心・嘔吐が出現することがある。これを「予測性悪心・嘔吐」と呼ぶ。その原因は、神経性嘔吐の機序と同様に、情動刺激が関与すると考えられている。

 モルヒネによる悪心・嘔吐も少なくない。モルヒネは、抑制性γアミノ酪酸(GABA)神経を抑制し、ドパミンを遊離させる。このドパミンがCTZのドパミン受容体を刺激して、悪心・嘔吐を引き起こす。

 ジゴキシンや抗てんかん薬も、CTZを直接刺激することが知られている。

 禁煙補助剤であるニコチンパッチやニコチンガムの主成分であるニコチンは、CTZを直接刺激するとともに、迷走神経や脊髄神経のムスカリン受容体を刺激して嘔吐中枢を刺激する。ニコチン製剤によって悪心・嘔吐が起こるのは、ニコチンが過量であることのサインである。

 アルツハイマー治療薬のコリンエステラーゼ阻害薬によっても悪心・嘔吐が起こるが、これも同様にムスカリン受容体刺激の増加が、悪心・嘔吐の原因と考えられている。

 カルシウムやビタミンDの過剰摂取によって高カルシウム血症が起こった場合にも、CTZが刺激され悪心・嘔吐が誘発される。

(2)末梢性の刺激

 抗癌剤は、末梢性の刺激による嘔吐も引き起こす。経口抗癌剤の服用では、消化管への直接刺激や、抗癌剤に暴露することで発生した活性酸素によって、小腸のクロム親和性細胞からのセロトニン分泌が亢進する(参考文献4)。

 放出されたセロトニンは、腸管壁内の迷走神経の末端にあるセロトニン受容体に結合し、この刺激は迷走神経あるいは交感神経を介して、CTZと嘔吐中枢を刺激し、嘔吐を誘発する。

 また、抗癌剤の投与によって、腸管からサブスタンスPが放出される。サブスタンスPは、腸管内の迷走神経終末にあるニューロキニン1受容体を刺激し、この刺激が嘔吐中枢に伝わり、嘔吐・嘔気が引き起こされる。この機序は、遅発性嘔吐の一因と考えられている(参考文献5)。

 抗癌剤治療における新しい制吐薬として2009年12月に発売されたアプレピタント(商品名イメンド)は、ニューロキニン1受容体阻害薬である。ニューロキニン1受容体に選択的に結合することで、嘔吐反応を抑制し、遅発性嘔吐にも有効だ。

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 遅発性嘔吐の発生には、消化管機能の低下と腫瘍崩壊に伴うサイトカインの分泌や炎症の惹起も関与していると考えられている。

 これらの遅発性嘔吐の治療薬として、前者の機序には消化管機能を亢進させるドパミン受容体遮断薬が、後者の機序には炎症を抑えるステロイドが有効である。

 モルヒネは、前庭器官を刺激することによって末梢性に悪心・嘔気を起こす。また、胃前庭部を緊張させるため、胃の運動機能が低下し、胃内容物の停留から胃内圧が増大し、迷走神経を介してCTZや嘔吐中枢を刺激することもある。

 アスピリンも前庭器官を刺激することで、嘔吐を誘発する。

 また、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、胃や腸の粘膜を障害するため、その刺激により末梢性の悪心・嘔吐を引き起こすことがある。同様の機序で、鉄剤や抗菌薬も悪心・嘔吐を起こし得る。

 抗コリン作用を持つ薬剤や糖尿病治療薬のグルカゴン様ペプチド(GLP1)受容体作動薬は、胃内容排泄遅延作用があり、悪心・嘔吐につながると考えられている。

 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や抗うつ薬は、腸管のセロトニン受容体を刺激するため、抗癌剤と同様に、悪心・嘔吐の頻度が高い。禁煙補助剤のバレニクリン酒石酸塩(チャンピックス)は、迷走神経系の刺激を介して嘔吐を誘発すると考えられている。

 二次的なものでは、ステロイドの長期投与などによる口腔カンジダの発症がある。カンジダによる咽頭への刺激によって嘔吐につながる。

* * *

 最初の症例を考えてみよう。Aさんに話を聞いたところ、夏季休暇中の今日は家族で健康フェスティバルに出掛けて、禁煙コーナーで無料配布されていたニコチンガムをもらってかんだとのことであった。

 Aさんは、数日前から禁煙を始めており、薬局でニコチンパッチによる禁煙サポートを受けていたが、「早く禁煙ができるのではないかと思ってニコチンガムをかんだ」とのことだった。その結果、一時的にニコチンの血中濃度が高まり、ニコチン中毒の症状として悪心・嘔吐が出たと考えられた。

 薬剤師は、Aさんにニコチンパッチによる禁煙の理論と方法を改めて詳しく話し、過剰なニコチン摂取によって中毒症状が起こり得ることを理解してもらった。

参考文献
1)瀬川文徳ら、Nursing College 2010;14(8):18-21.
2)SHIKAKUSHIKEN 2010;4:38-9.
3)早川和雄、Nutrition Care 2009;2(3):284-5.
4)屋嘉比康治ら、G.I.Reserch 2010;18(5):407-14.
5)本間義崇ら、日本胸部臨床 2011;70(7):658-71.

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