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CaseStudy
霞ヶ浦薬剤センター薬局 (茨城県阿見町)
日経DI2012年9月号

2012/09/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年9月号 No.179

 「インスリン注射手技の“強化チェック”をしてみたら、3人に1人が不適切な手技でインスリン注射をしていた。数の多さに大変驚いた」。こう打ち明けるのは、霞ヶ浦薬剤センター薬局(茨城県阿見町)主任の石原直子氏だ。

病院の糖尿病に関するミーティングに参加する霞ヶ浦薬剤センター薬局の鯨明美氏(左)、注射手技に関する調査を取りまとめた石原直子氏(中央)、谷崎宏美氏(右)。

 同薬局では、2010年と11年の8~9月に、インスリン自己注射を行っている約120人の患者に、薬局でインスリン注射を実際に行ってもらって手技を確認する強化チェックを実施。ベルト式の「模擬腹部」(下写真)を付けてもらい、表1のチェックシートを使って、インスリン製剤の注入に関する一連の手技を、どの程度正しくできているかを評価した。その結果、実に32%の患者で、手技に誤りが見付かった。

患者にはベルト式の「模擬腹部」(日本イーライリリー提供)を巻いて、目の前で注射してもらった。

表1 インスリン注射手技のチェックシート

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 2012年5月の第55回日本糖尿病学会でこの結果を発表した石原氏は、「これまで口頭で手技を確認してきたが、目の前で患者にインスリンを打ってもらうことで、いかに患者が自己流の解釈で注射しているかが分かった」と続ける。共同で発表した谷崎宏美氏は、「患者は慣れたものでパッパッと注射し、一連の手技をこなす時間は短かったのが印象的。誤った手技は、特に高齢者に多かった」と語る。

表2 チェックシートの記入例

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多くが均一に混ぜずに注射

 最も間違いが多かったのは、懸濁製剤を均一に混ぜる手技だ(図(1))。懸濁製剤では、保管中に結晶がカートリッジのガラス面に付着する。使用前には毎回、結晶を薬液中に均一に分散させないと、薬効が不安定になる。

図 間違えやすい手技のチェックポイント

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図 間違えやすい手技のチェックポイント

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 均一に混ぜるには、懸濁製剤を持った手の腕を、ひじを支点にゆっくり90度、弧を描くように10回以上振るという動作が必要だ。これによって、カートリッジに封入されたボールが下から上まで転がり、結晶が薬液中に分散する。

 「この手技は薬局でもしっかり指導してきたが、実際にやってもらうと、懸濁製剤を握った手を素早くシャカシャカと動かすだけという患者が多かった」と谷崎氏は話す。手先で振り混ぜるだけでもカートリッジ内は白く濁るが、ボールがカートリッジ内をきちんと転がらないので、均一には混ざらない。

 また、毎回注射前に行うべき空打ち(図(2))は、カートリッジ内の気泡を抜き、注射器がきちんと作動するかを確認するのが目的だ。しかし手技を見てみると、そもそも空打ちを行っていなかったり、誤って針先を下にして空打ちをしている患者が多かった。針先を下にして打っても、気泡は抜けない。正しくは、針先を上に向け、カートリッジの上部を指で数回はじき気泡を上部に集めた後、針先を上にしたまま注入ボタンを押し込み、インスリンが出てくることを確認する─という流れで行う。 

針抜き時の手順ミスで血が逆流

 さらに、インスリン液を注入する手技も間違えている患者が多かった(図(3))。正しい手技は、(1)注入量の目盛りを投与単位数にセットし、注射器を目盛りが見えるよう握る、(2)注射部位をつまみ、注射針をまっすぐ根元まで刺す、(3)注入ボタンを真上から押し、目盛りが「0」になるまで押し込む、(4)注入ボタンを押した状態を保って10秒数える、(5)注入ボタンを押したまま注射針を引き抜く─というものだ。

 強化チェックでは、模擬腹部を使い、そこに注射針を刺すよう患者に依頼。すると、本来は「注入ボタンを押したまま10秒待つ」((4))べきところを、「模擬腹部から針をすぐに抜いてしまい、薬液が完全に模擬腹部内で出きらずにポタポタと針先から落ちてきた」(谷崎氏)という深刻なミスが見付かった。

 また、(5)の手順を守らないと、血液がカートリッジに逆流する。「日ごろから血がカートリッジに逆流すると困っていた患者もいた」と谷崎氏は話す。

 強化チェックでは、こうして発見した数々の間違いを患者に伝え、改めて正しい手技の指導を行った。石原氏は、「『間違いを見つけてくれてありがとう』と多くの患者から感謝されて、やりがいが大きかった」と感想を話す。

他職種との連携をケアに生かす

 霞ヶ浦薬剤センター薬局は、東京医科大学茨城医療センターの門前にある、大型の薬局だ。病院は循環器内科や産科・婦人科、小児科など様々な診療科を持つため、同薬局には、乳児から高齢者まで幅広い年齢層の患者が訪れる。薬局の薬剤師は、常勤が16人、非常勤が7人だ。これだけの人数がそろうため、インスリン製剤の手技確認だけでなく、吸入薬の手技確認や抗癌剤使用者の口腔ケアなど様々な取り組みを行い、そこで得た患者の反応などをデータにまとめ、積極的に学会で発表している。どの薬剤師も、1~2年に1回は学会で発表することを目標にしているという。

 薬局長の丹羽直人氏は、「病院の他職種と良好な関係を築いているのも当薬局の特色」と話す。医師との関係構築に一役買っているのが、トレースレポートだ。表3は、注射手技の間違いを発見した患者についてのトレースレポート。同薬局では、糖尿病に限らず、薬局で気付いたことがあれば頻繁にトレースレポートを書いている。

霞ヶ浦薬剤センター薬局の丹羽直人氏は、「薬局の薬剤師はみな勉強熱心で、糖尿病患者の指導は誰もが同じくらい高いレベルで行える」と話す。

表3 注射手技の間違えに関するトレースレポート

注射手技に問題があった患者について、医師に報告したトレースレポート。この患者の場合、空打ちを下向きで行う、針を抜く前に注入ボタンから指を離す、という誤った手技を行っていた。

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 こうした地道な取り組みが実を結び、糖尿病専門医から「診察時に特に注射手技の確認が必要だと感じた患者について、電話や処方箋の備考欄で知らせるので、薬局で重点的に手技を確認してほしい」と依頼されるまでになった。現在も月に数件ほど、このような依頼があるという。

 また、病院では糖尿病のケアにたずさわる医師、看護師、栄養師、理学療法士などが月1回ミーティングを行っているが、そこに薬局の薬剤師も参加。同薬局係長の鯨明美氏は、「ミーティングで他職種と顔がつながり、理学療法士には、座りながら行えるストレッチ運動を教えてもらった」と話す。運動嫌いな糖尿病患者には、このストレッチ運動を勧め、資料も渡している。

長期Do処方でもマンネリなし

 霞ヶ浦薬剤センター薬局の投薬カウンターに並ぶパソコンには、疾患や検査値、薬の飲み方、相互作用などについて、膨大な量の解説が搭載されている。また、必要に応じて禁煙指導も行う。指導に使える話の“引き出し”を数多く用意しており、「長期間処方内容が同じ患者でも、指導にマンネリを感じたことはない」と石原氏は話す。

 指導内容が患者に定着するよう工夫も凝らし、同薬局は、お薬手帳に貼る情報提供シールを糖尿病だけで10種類用意している(写真)。丹羽氏は、「こうした工夫が患者に喜ばれると、スタッフのモチベーションが高まり、さらなる工夫につながる。良い循環となっていて、糖尿病指導は、みな同じくらい高いレベルで行うことができる」と話す。(土田 絢子)

写真 情報提供シールを貼ったお薬手帳

霞ヶ浦薬剤センター薬局が作成した、お薬手帳に貼る情報提供シール。糖尿病だけで10種類を用意している。

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