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漢方のエッセンス
其の十二 温経湯
日経DI2012年9月号

2012/09/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年9月号 No.179

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。2006年に漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」を開局。

 温経湯は、冷えと血行不良と血虚に効く処方である。婦人科疾患の多くは、この3つのどれかと関係があるので、婦人科疾患に広く使いやすい処方といえる。特に冷えと血行不良と血虚の3つ全部を抱える患者には、鋭い効き目を発揮する。

 守備範囲の広い処方なので、漢方の初心者でも使いやすいが、証を的確に見極めることができればシャープな切れ味を発揮する処方でもある。

どんな人に効きますか

 温経湯は、「衝任虚寒(しょうにんきょかん)、血お血虚(けつおけっきょ)」証を改善する処方である。

 衝任虚寒とは、衝脈と任脈(用語解説1)の機能が虚弱で寒邪に見舞われている証で、女性の月経と関係が深い。衝脈と任脈の血が不足して寒邪に侵されると、衝任脈中の血が巡らなくなる。骨盤内の動脈の血行が悪化している状態である。その結果、生理痛、生理が遅れる、経血量が減る、経血の色がどす黒くなる、経血中に血塊が混じるなどの生理不順、さらに無月経、不妊などの症候が表れる。子宮内膜が傷つけば不正性器出血が起こる。生理が早く来たり、過多月経になる場合もある。婦人科以外では、下腹部や腰の冷え、疼痛、冷痛、腹部膨満感、下痢、足の冷えが生じやすい。

 血お血虚とは、血おと血虚の両方を兼ね備える証である。血お証は、衝任虚寒のために血行が悪化して発生する。特に静脈側で血行が悪化し、うっ血を生じやすい。その結果、骨盤内で卵巣や子宮の機能が失調を来しやすく、生理痛や生理の遅れ、どす黒い経血、経血中の黒っぽい血塊、不正性器出血などの症候が生じる。

 血虚証は、虚寒と血おのために栄養不良の状態が生じて引き起こされる。体が十分潤わないので皮膚につやがなく、唇が乾燥しやすい。目が疲れやすく、しびれ、ふらつきなどの症候も伴いやすい。虚寒がある上に血虚なので、手足の冷え、寒がり、顔色が青白いなどの症候も出る。

 血おと血虚の両方があると熱証が生じやすく、手のひらがほてる、夕方に微熱が出る、気持ちがざわざわと落ち着かない、唇が乾燥するといった症状が表れる。下焦が冷えているので、熱証は上半身に表れやすい(用語解説2)。手のひらのほてり、唇の乾燥は、この証の重要な指標である。

 舌は淡白あるいは暗色で、青紫色の斑点がみられる。

 以上のように衝任虚寒、血お血虚証の不正性器出血、月経の遅れ、無月経、過少月経、不妊症、生理痛に使うことが多いが、進行性指掌角皮症(手荒れ、主婦湿疹)、しもやけにも使われる。  出典は『金匱要略』である。

どんな処方ですか

 配合生薬は、呉茱萸(ごしゅゆ)、当帰、芍薬、川きゅう(せんきゅう)、人参、桂皮、阿膠(あきょう)、牡丹皮、生姜、甘草、半夏、麦門冬の十二味である。

 君薬の呉茱萸は辛味が強い大熱性の生薬で、寒邪を温めて発散させ、冷痛を和らげる。同じく君薬の桂皮も辛味・温性で、温経散寒(おんけいさんかん)(用語解説3)して血を巡らせる。両者の配合により動脈が拡張され、温経散寒と血行改善、鎮痛の効果がますます強まる。当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)にもみられる組み合わせである。

 当帰、川きゅう、芍薬は、血おを除去しつつ養血調経(用語解説4)する。静脈のうっ血が緩和される。当帰芍薬散にもみられる組み合わせである。さらに微寒性の牡丹皮にも血おを排する働きがある。桂皮との組み合わせで、桂枝茯苓丸と同様、活血作用が強まる。虚熱も除去する。これら四味が臣薬として働く。

 阿膠は肝血と腎陰を養い、体を滋潤する。造血や止血の作用もある。麦門冬も陰液を養い、清熱の効果もある。両者の配合で養陰潤燥し、虚熱を和らげる。炙甘草湯(しゃかんぞうとう)にもみられる組み合わせである。さらに呉茱萸と桂皮の温燥性を緩和する役割も持つ。

 人参と甘草は補中益気して消化吸収機能を高め、体内の気血を補充する。半夏は胃気を降ろして人参・甘草とともに健脾和胃に働く。生姜は温裏散寒(おんりさんかん)し、半夏とともに温中和胃して消化吸収を高める。以上の六味はまさに君臣薬を補佐する佐薬である。さらに甘草は使薬として諸薬の薬効を調和する。

 以上、温経湯の効能を「温経散寒、きょお養血(きょおようけつ)」という。冷え固まった血を温めて流れやすくして下半身の冷えと上半身の虚熱を緩解し、血を補いつつ血行不良を改善する。加えて益気和胃して新血を生み、調経する。虚実寒熱が混在している証に適した処方である。

 この便利な処方、すしと天ぷらと肉じゃがが入った松花堂弁当と似ている。すしが好きな人、天ぷらが好きな人、肉じゃがが好きな人、みなさん喜ぶので、何が好きか分からないお客にごちそうしやすい。温経湯も、患者の証を正確に判断できなくても使いやすい。しかし松花堂弁当は、すしが大好物な人には物足りない。そういう人はすしだけを食べる方がいい。温経湯も、冷え・血お・血虚の3つが全てあるときには非常に有効だが、3つがそろっていない場合は別の処方の方がシャープに効く。

 不正性器出血の色が淡い場合は四物湯を合わせて補血の力を強める。出血が止まらないようなら?帰膠艾湯(きゅうききょうがいとう)と合方する。冷えがない不正出血には黄連解毒湯を使う。胃にさわる場合は六君子湯を併用する。単なる血お証ならば桂枝茯苓丸など、別の処方がよい。

こんな患者さんに…(1)

「冷え症です。特に足先、太ももの内側、下腹部が冷えます」

 下半身は冷えるが、手のひらは温かい。唇は赤紫色で、乾燥しやすく皮がむける。温経湯を服用し、3カ月ほどで冷え症を改善した。しびれなどの血虚症状が強く、血おの症候がみられない場合は、当帰四逆加呉茱萸生姜湯がよい。

こんな患者さんに…(2)

 「生理が安定せず、遅れます。経血は少量で、どす黒い色をしています」

 生理痛もあるが、おなかを温めると楽になる。経血には血の塊が混じる。温経湯を飲み、1年弱で生理が安定した。経血もきれいになった。

 症例1、2とも下焦の冷え・血お・血虚の3点セットがみられる。こういう場合に温経湯を使うのである。

用語解説

1)衝脈と任脈は、ともに体内の気・血・津液が運行する経脈の一つで、衝脈は血海とも呼ばれ生殖能力をつかさどり、月経を調整する。任脈は妊娠をつかさどる。
2)血虚が続くと陰液の不足が慢性化し、陰虚証となる。陰虚になると熱を冷ます力が弱まり、熱証が生じやすい。これを陰虚火旺(いんきょかおう)という。今回の証では衝任虚寒で下腹部が冷えているため、上半身で熱証が生じる上盛下虚(じょうせいかきょ)、上熱下寒(じょうねつげかん)の状態である。なお、熱邪の勢力が強くて熱証が生じる実熱に対し、陰液が足りなくて生じる熱証を虚熱と呼ぶ。
3)温経散寒とは、経脈の血を温めて巡らせ、寒邪を消退させること。
4)養血(ようけつ)とは血を養い補うことで、調経(ちょうけい)とは月経を調整することである。

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