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薬理のコトバ
生理機能である「眠り」を調節する物質とは
日経DI2012年9月号

2012/09/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年9月号 No.179

講師:枝川 義邦
1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より帝京平成大学薬学部教授。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 季節は移ろい、秋を迎えつつある今日このごろ。猛暑の疲れからか、眠気を覚えることも多い。

 日本人の平均睡眠時間は、1日に7時間50分だという。これを、結構寝ている、とは云うなかれで、経済協力開発機構(OECD)のデータにある18カ国では最も少ないレベル。だから眠いのか、と思いきや、日本人には不眠も多いのだ。

 睡眠研究の歴史が動いたのは20世紀初頭で、いわゆる「睡眠物質」が発見されたことが、研究を進展させる大きな原動力となった。生理機能として必須の睡眠にも、やはり物質による調節が重要なことが明らかにされたのは、けっこう古いのだ。

 それから早1世紀余り。眠さに身を任せつつ、今回は、現在までに解明された睡眠の生理的なしくみや睡眠を誘発・調節する薬剤など、睡眠にまつわるあれこれを紹介していこう。

睡眠物質がたまるとなぜ眠くなる

 「睡眠物質」とは、その名の通り、眠りを引き起こす物質のこと。脳内で作り出され、覚醒時間が長くなるにつれて蓄積されて、ある量がたまると眠気に襲われる。まるで鹿脅しのように、睡眠物質がある一定量にまでたまると、カクンとコウベをたれて眠りに落ちるのである。

 これまでに様々な睡眠物質が見つかっているが、ヒトの場合、最も強力とされるものはプロスタグランジンD2(PGD2)だ。

 PGD2は、脳を覆うクモ膜や脳内にあるグリア細胞のオリゴデンドロサイトで産生され、脳脊髄液に分泌される。そして睡眠ホルモンとして脳内を循環しているものだ。その濃度は1日の中で変動し、覚醒時間が長くなると増加する。睡眠と覚醒のリズムとも深く相関しているという。

 PGD2の睡眠誘発のメカニズムは、以下のようなものだ。PGD2が結合するDP1受容体はクモ膜にあり、視交叉から視床下部後部周辺にかけて局在している。PGD2はこれを刺激して、局所的にクモ膜下腔のアデノシン濃度を上昇させる。「睡眠情報」を受け継いだアデノシンは、脳内に拡散して、アデノシンA2A受容体を持つ神経細胞を活性化。これが視床下部前部の睡眠中枢を活性化すると同時に、ヒスタミン系覚醒中枢(結節乳頭核)の活動を抑制することで、睡眠が誘発される。

 第1世代の抗ヒスタミン薬が持つ「眠気」作用も、ヒスタミン系覚醒中枢の下流にあるヒスタミンH1受容体に対する拮抗作用で、すっきりと説明がつく。この副作用を逆手にとって、“眠くなるための薬”として市販されているOTC医薬品もある。ドリエルなど「睡眠改善薬」と呼ばれているOTC薬の有効成分には、抗ヒスタミン薬のジフェンヒドラミン塩酸塩が含まれている。

 ちなみに、眠いときにはコーヒーを飲んだりするが、これはカフェインの覚醒効果を期待してのこと。そのメカニズムは、カフェインがアデノシンA2A受容体に対して拮抗作用を示すことによる。これによりアデノシンによる睡眠中枢の活性化が阻害されて、疲れていても目が覚めるわけだ。

睡眠リズムを調節する薬も登場

 さて、睡眠物質がたまれば必ず自然と眠くなる、とはいかないのが世の常。疲れているのに、眠りたいのに眠れない。そんな不眠の苦しみを解消する医薬品が数多く開発されている。

 もっとも、日本人は睡眠薬服用に対する不安が強いようで、不眠対策のトップは飲酒。睡眠薬を服用する率は、アルコール摂取の半分程度だとする報告もある。とはいえ、そのような日本においても睡眠薬の処方は年々増加しており、2011年度には785億円産業にまで成長している。

 現在、睡眠薬の主役といえば「ベンゾジアゼピン(BZ)系薬」で異論はないだろう。覚醒中枢を抑制して睡眠を促す。鹿脅しの例えで言えば、支柱に油を差して動きをスムーズにすることで、眠くなったらカクンと眠れるようにする薬となる。

 BZ系の薬剤は半減期の長さにより4つのタイプに分けられ、不眠のタイプにより使い分けられているが、処方数の割合では超短時間作用型(2~4時間)と短時間作用型(6~10時間)がほとんどを占める。裏を返せば、日本人の不眠の多くは入眠障害ということになる。

 このBZ系薬とは全く異なるメカニズムで睡眠をもたらすのが、「不眠症治療薬」として2010年から販売されているラメルテオン(商品名ロゼレム)だ。

 ラメルテオンは、メラトニン受容体のアゴニスト(作動薬)。メラトニンにはMT1~MT3の3種類の受容体があるが、ラメルテオンは、MT1とMT2受容体に選択性を持つ。どちらも、サーカディアンリズムの中枢として働く脳の視交叉上核にある受容体で、これらを刺激することで、睡眠・覚醒リズムを調整したり脳温を下げたりして自然な眠気を誘う。先の鹿脅しの例えでは、ひずんで動きが悪くなった鹿脅しの筒や支柱を木槌でコンコンとたたいて微調整し、リズミカルな動きを取り戻させる薬と言えようか。視交叉上核のみに作用することから、従来の睡眠薬で好発していた反跳性不眠や退薬時の不具合がないことも特徴となる。

睡眠不足が「負債」に

 ところで、「寝だめ」の効果を期待している方はいないだろうか。「来週は忙しいから」と週末にたっぷり寝ておくとよさそうに思いがちだが、残念ながら睡眠は貯蓄ができないそうだ。もちろん、繰り越しもダメ。

 逆に寝不足は「睡眠負債」となる。忙しくて睡眠時間が通常よりも短い日が続くと、それが負債として積み重なる。借りたものは返さないとならないので、週末など時間が取れるときに、いつもよりも長く寝て負債を返すことになる。なんだか理不尽にも思えるが、世の中うまい話はないということか。

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