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薬理のコトバ
P糖蛋白質
日経DI2012年8月号

2012/08/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年8月号 No.178

講師:枝川 義邦
1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より帝京平成大学薬学部教授。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 なんでもかんでもみんな、吸い取っては外に捨てる─。なんていうと、部屋をキレイに保つ秘訣かと思われそうだが、そうではない。細胞に入り込もうとする分子を目ざとく見つけ、掃除機よろしく強力に吸い込んで細胞外に捨て去るのが、P糖蛋白質の所作なのだ。

 P糖蛋白質は、細胞の物質輸送に関わる膜蛋白質。薬剤耐性をもたらすやっかい者として有名だ。前回取り上げたABC蛋白質と同じトランスポーターで、その巨大なファミリーの一員をなす。今回は、このP糖蛋白質について掘り下げてみよう。

耐性だけでなく相互作用にも関与

 P糖蛋白質の命名は、“permeability(薬物透過性)”に由来する。抗癌剤耐性細胞に高発現している糖蛋白質として発見されたため、薬物透過性に関与する蛋白質だろうとの予想から「P」がつけられた。その後、ABC蛋白質ファミリーの一員であるMDR1(Multi-Drug Resistance 1)と同一のものであることが明らかになったのだ。

 この発見の経緯から、P糖蛋白質はこれまで、抗癌剤の多剤耐性を引き起こす黒幕のように思われてきた。しかし今では、P糖蛋白質が癌細胞以外の様々な組織にも発現していて、薬剤師が常に目を光らせなければならない「薬物相互作用」のカギを握る因子の一つであることが明らかになってきている。

 P糖蛋白質が分子を輸送するメカニズムの詳細は完全には解明されていないのだが、最近の研究で、細胞内に入り込んだ分子を探し出し、捕らえて外に「くみ出す」わけではないことが分かってきた。分子が細胞膜をすり抜けようとしている最中に、細胞膜の中で掃除機のように分子を吸い込み、一度も細胞質に入れることなく「はじき出す」のだという。この、掃除機のような働きのおかげで、細胞内が異物分子で散らかることなく、いつもキレイに保たれるというわけだ。

 P糖蛋白質の基質、すなわちP糖蛋白質によって輸送される分子は、脂溶性の小分子(分子量は300~2000)でありさえすれば構造的な選別は受けない。このことで「多剤耐性」がもたらされる。抗癌剤以外でも、多数の薬剤が基質になっていて、フェキソフェナジン塩酸塩(商品名アレグラ)やシンバスタチン(リポバス他)といったおなじみの薬もそうだ。これらの薬剤は、P糖蛋白質が働くことを前提に、用量・用法が設定されている。つまり、P糖蛋白質を阻害あるいは誘導する作用を持つ薬剤との併用では、作用が増強あるいは減弱されるため、併用薬には細心の注意を払う必要がある。

 P糖蛋白質を阻害する薬剤には、抗不整脈薬のベラパミル塩酸塩(ワソラン他)やアミオダロン塩酸塩(アンカロン他)、免疫抑制薬のタクロリムス水和物(グラセプター、プログラフ他)やシクロスポリン(サンディミュン、ネオーラル他)、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の塩酸セルトラリン(ジェイゾロフト)やパロキセチン塩酸塩水和物(パキシル他)などがある。マクロライド系抗菌薬のクラリスロマイシン(クラリシッド、クラリス他)のように、様々な感染症の治療に頻用される薬剤の場合、併用薬への影響が顕在化しやすい。例えば、P糖蛋白質を介して排泄される強心薬ジゴキシン(ジゴシン他)とクラリスロマイシンを併用すると、ジゴキシンの血中濃度が上昇して、不整脈などの副作用が発現しやすくなることはよく知られている通りだ。

 一方のP糖蛋白質を誘導する薬剤には、リファンピシン(リファジン他)やカルバマゼピン(テグレトール他)がある。日本では健康食品として市販されているセント・ジョーンズ・ワート(セイヨウオトギリソウ)にも、P糖蛋白質の誘導作用を持つ成分が含有されている。併用薬のチェックだけでなく、健康食品についてもしっかり聴取しなければならないということなのだ。

SNPが薬の作用や病態に影響

 悩ましいことに、P糖蛋白質がからんだ薬剤耐性や相互作用には、個人差が大きいことが知られている。原因は、以前のこのコラムで紹介した「一塩基多型」(SNP、スニップ)。P糖蛋白質の場合、20カ所以上のSNPが報告されているが、蛋白質をコードする遺伝子の2677番目の塩基がグアニンではなくチミンもしくはアデニンになる「G2677T/A」と、3435番目のシトシンがチミンになる「C3435T」の2つが、特に頻度の高いSNPだ。

 G2677T/Aの変異があると、P糖蛋白質を構成するアミノ酸のうち893位のアラニンが、セリンもしくはスレオニンに変わる結果、P糖蛋白質の輸送機能が低下する。興味深いのはC3435Tで、実はこの変異では、蛋白質の構成アミノ酸は変化しない。しかし、組織での発現量が大きく変わる(その差は2~8倍とされる)ため、蛋白質の機能そのものには変化がないにもかかわらず、量的な差異により薬の効き方などに違いが出てくることになる。

 実際、上に挙げた2つのSNPを持つケースでは、シクロスポリンやタクロリムス、ジゴキシンなど、様々な基質薬物の血中濃度変化に違いが生じることが分かっている。抗うつ薬やヒト免疫不全ウイルス(HIV)治療薬でも、効果の大きさや副作用の発現頻度にリンクしている。疾患との関連も見いだされていて、例えばパーキンソン病の発症リスクや潰瘍性大腸炎の重症度への影響が見逃せないという。

 基質の“ストライクゾーン”が広いだけに、SNPによってもたらされる機能性や発現量の差が、多様な薬剤の効果や体内動態、さらには疾患感受性などの病態にも大きな影響を及ぼす。P糖蛋白質は、薬物治療のみならず、個人差に応じた疾患管理のカギを握る蛋白質といえるだろう。

 そういえば「P」の字って、どことなくカギの形に似てないだろうか。というのは、やっぱり考えすぎ、か。

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