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副作用症状のメカニズム
第23回 胸やけ
日経DI2012年8月号

2012/08/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年8月号 No.178

講師
名城大学薬学部
医薬品情報学准教授
大津 史子(おおつ ふみこ)
1983年、神戸女子薬科大学卒業。滋賀医科大学外科学第2講座勤務を経て、名城大学薬学部専攻科に入学。87年に同大学薬学部医薬情報センターに入職、同学部医薬品情報学講師などを経て、2008年から現職。
イラスト:長岡 真理子

症例
 近所の女性が「夫が、胸やけがして仕方がないと話している」と相談しに来局。2カ月ほど前、夫(50歳)がヘリコバクター・ピロリ菌の除菌治療に成功した後に、体重増加を来したといって相談に来た女性だった。夫は、食事量を減らした結果、最近は元の体重に戻りつつあった。

 「胸やけ」とは、「頸部に向かって放散し、食事や姿勢変化で増強する前胸部下部正中の灼熱感」と定義されており、前胸部正中や心窩部のやけるような不快感を指す(参考文献1)。

 また、患者によっては痛みや不快感、胃もたれ感といった症状を訴えることもある。

胃内容物の逆流のメカニズム

 胸やけは、胃酸などを含む胃内容物の食道への逆流と関係が深い。胸やけが起こるメカニズムを見る前に、食道の逆流防止の仕組みを知っておこう。

 食べ物を飲み込むと、通常は上部食道括約筋が弛緩して内容物が食道に入り、食道の蠕動運動によって下方に送られる。

 食道の下端の約3cmの部分には「食道下部昇圧帯」と呼ばれる生理的な括約機能が備わっており、一般に「下部食道括約筋」と呼ばれる(参考文献4)。安静時の胃内圧は大気圧より高いが、下部食道括約筋がさらに高い内圧を形成し、胃酸を含む胃内容物の逆流を防いでいる。

 食道は、下部にいくほど壁内神経叢や迷走神経、交感神経が多く分布していて、それらの異常が逆流の原因と考えられている。例えば、消化管ホルモンのガストリンやモチリンなどによる食道の収縮、セクレチンなどによる食道の弛緩などが挙げられる。

 下部食道の外壁にある、横隔膜筋膜から伸びた「食道横隔膜靱帯」は、食道内圧を高める働きをしている。食道横隔膜靱帯と食道外壁との間には発達した脂肪組織があり、食道の括約機能に重要な働きをしている。加齢により脂肪組織が退化すると、括約機能が低下することで、逆流が生じやすくなったり、食道裂孔ヘルニアなどが起こりやすくなる。

 食べ物の塊が横隔膜付近に達すると、通常は下部食道括約筋が反射的に弛緩して、食べ物が胃に流れ込む。

 食道括約筋の弛緩は、嚥下を伴わないときにも起こることがある。胃内の空気の逆流を起こし、空気を外に吐き出させるためである。胃内の空気の逆流は、いわゆる「げっぷ」である。「おくび」「呑酸(どんさん)」と呼ばれることもある。

 食道内圧は胃内圧に比べて陰圧になっているため、嚥下を伴わないときに食道括約筋が弛緩することで、健常人であっても1日のうち1時間程度は、生理的逆流が起こっているとされている(参考文献2)。

 このときに胃から酸が逆流してくるが、通常は食道の蠕動運動や口腔内からの唾液分泌によって、食道粘膜が洗い流されているため、酸によって食道粘膜が傷害を受けることはない。

「胸やけ」が生じるメカニズム

 胃内容物の逆流防止のメカニズムを見てきたが、ではどのような理由で、胸やけが発現するのだろうか。

 胸やけの発現機序は、(1)酸の食道への逆流、(2)食道粘膜の知覚過敏、(3)運動機能異常、(4)感染症、(5)異物による食道の直接傷害─などが考えられている。

(1)酸の逆流

 食道は本来、消化を行う器官ではないため、胃や腸の粘膜細胞よりも皮膚に似た細胞でできている。従って、一定時間以上、酸にさらされると障害を受ける。胃酸などの逆流が起こりやすくなるのは、例えば過食や脂肪摂取量の増加によって、下部食道括約筋が弛緩したときなどである。

 また、食道裂孔ヘルニアなどがあると下部食道括約筋圧の低下が起こり、逆流防止機能がさらに低下して、逆流が発生しやすくなる。食道蠕動運動の低下によっても、胃酸などの逆流が起こりやすくなる。

 妊婦は酸の逆流が起こりやすい。これは、妊娠中はプロゲステロンの作用により食道括約筋の緊張が低下することが影響している。さらに、妊娠子宮によって胃が食道側へ押されるためと考えられている(参考文献6)。

 酸の逆流が起こる疾患としては、「胃食道逆流症(GERD)」がある。GERDは、内視鏡検査において、びらんや潰瘍がある「逆流性食道炎」と、それらを認めない「非びらん性胃食道逆流症(NERD)に分けられる。

(2)食道の知覚過敏

 酸の刺激を受けると食道粘膜が過敏になり、障害されやすくなる。GERD患者は食道粘膜の細胞間隙が開いていることが知られている(参考文献3)。そのため、胃酸が食道粘膜の深くまで浸み込み、知覚神経末端にある侵害受容器を刺激することで症状が発現するのではないかとみられる(参考文献1)。

 また、脂質が十二指腸に入ると酸の感受性が上がることが知られており(参考文献2)、これが食後の胸やけの原因と考えられている。

 これは、コレシストキニンなどの消化管ホルモンが一過性の下部食道括約筋の弛緩を誘発することにより、胃酸の逆流が起こりやすくなるためとされている。

 交感神経の興奮と迷走神経の抑制が、食道の酸に対する感受性を上げるとの報告もある。不安やストレスなどによって交感神経が興奮した状態が続くと、食道は酸に対して過敏になり、食道内のわずかな刺激を痛みと感じるようになる。

 また、末梢における各種侵害受容器の存在も明らかにされつつある。例えばカプサイシンの作用点として知られているTRPV1は、消化管に広く分布する迷走神経や脊髄神経系の知覚神経上に発現し、GERDやNERDで増加することが知られている(参考文献5)。

 十二指腸液中のトリプシン受容体であるPAR2も同様に増加し、これらの侵害受容器は、逆流してきた酸やトリプシンにより活性化され、サブスタンスPが放出されて神経炎症を引き起こしたり、知覚過敏を引き起こし、胸やけが増強される可能性が想定されている(参考文献5)。

 香辛料を多量に使った食事も、同様の機序により神経炎症を引き起こすことが考えられる。

(3)食道の運動機能異常

 胸やけは、胃全摘術後の患者においても起こることが知られている。この場合の胸やけは、胃酸が原因ではない。はっきりとは分かっていないが、食道の収縮や拡張への影響が原因ではないかと考えられている(参考文献1)。

(4)食道の感染症

 免疫の低下している患者では、食道カンジダ症(食道モリニア症)が起こることがあり、それによって胸やけを生じることがある。

 食道カンジダ症は、皮膚粘膜に常在しているカンジダが、宿主の細胞膜を溶解し、組織内へ侵入する。通常は感染は成立しないが、宿主の免疫が落ちていると感染が成立することがある。糖尿病に合併することもある。

(5)異物による直接傷害

 異物を飲み込んでしまった場合、食道が直接傷つくことによって胸やけが起こるケースもある。

 この場合、咳を伴うことが多い。解剖学的に食道は気管と並走しており、食道の炎症は気管に及びやすいためである。また、近くに反回神経があるため、嗄声を合併することもある。

図1 薬で胸やけが起こるメカニズム

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胸やけが薬によって起こる機序

 薬の副作用で胸やけが起こるメカニズムも、前述の(1)~(5)で説明できる。

 (1)の酸の逆流を起こす薬物としては、抗コリン作用を持つ薬物が挙げられる。

 抗コリン薬では、(3)の食道の運動機能低下も引き起こしやすいため、食道炎の発症による胸やけが起こることもある。三環系抗うつ薬、クロルプロマジン塩酸塩(ウインタミン、コントミン他)などで起こり得る。

 ピロリ菌感染者が多い国では、逆流性食道炎が少ないことが知られている。これは、ピロリ菌感染によって胃に炎症が起こり、胃酸の分泌が少なくなるためと考えられている。ピロリ菌の除菌治療後は、酸分泌が回復し、逆流性食道炎が起こることがある。一般的には、軽症で一過性であることが多いとされている。

 平滑筋弛緩作用のあるカルシウム拮抗薬、硝酸薬、交感神経を興奮させるβ作動薬、アミノフィリン水和物(ネオフィリン他)などは、(2)の食道の知覚過敏を引き起し、下部食道括約筋が弛緩することで胃酸の逆流が起こり、胸やけが起こり得る。

 副腎皮質ステロイドの長期投与や抗癌剤の投与によって免疫が低下すると、(4)の食道カンジダを発症することがある。また、抗菌薬の投与により細菌叢に変化が生じると、食道カンジダ症を発症することがあり、それに伴い胸やけが起こることがある。

 薬によって起こる胸やけで最も多いのは、(5)の直接刺激によるものである。食道に錠剤やカプセルが停滞し内容薬物が溶け出すと、薬物の性状(酸性、アルカリ性、浸透圧が高い、溶解するときに発熱するなど)によっては、食道の組織を直接傷つけることがある。

 抗菌薬(ドキシサイクリン塩酸塩水和物[ビブラマイシン他]、クリンダマイシン塩酸塩[ダラシン他]、テトラサイクリン塩酸塩[アクロマイシン他]、ミノサイクリン塩酸塩[ミノマイシン他]など)、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、カリウム製剤、ビスホスホネートなどで報告が多い。そのほかジギタリス製剤、鉄剤などでも起こり得る。

 一般に、100mL程度の水で服用すれば食道に薬剤が停滞することはない。水なしで服用したり、服用してすぐに横になる、姿勢が悪いなどによっても、薬が胃まで到達せずに食道内で停滞してしまうことが起こり得る。特に、高齢者で就寝前に服薬する習慣がある患者には、十分な注意が必要である。水分制限をしている患者でなければ、コップ1杯の水で服用することと、服用してすぐには横にならないことを十分に説明し、徹底させるようにする。

 また、PTP包装の誤飲など、薬の包装による物理的な傷害も多数報告されている。これらは、患者側の要因によって起こることが多い。

 当然のことながら本人はPTP包装のまま薬を飲むつもりは全くないが、急いでいるときなどに、ついうっかりそのまま飲んでしまうといったことが起こり得る。PTPシートから1回分ずつ切り離して管理している患者では、注意が必要である。

* * *

 最初の症例を考えてみよう。患者は、半年ほど前にピロリ菌の除菌治療を受けていることから、薬剤師はピロリ除菌治療後の逆流性食道炎の可能性を疑った。

 除菌治療後の逆流性食道炎は、一般に軽症であることが多く、一過性であることも多い。そこで薬剤師は、患者の奥さんにしばらく様子を見るように伝えた。

 さらに、脂肪や香辛料の多い食事や過食、炭酸飲料、アルコール、コーヒーなどの多飲は、逆流性食道炎を助長するので控えるように指導した。

参考文献
1)富田寿彦ら、Pharma Medica 2005;23(11):21-6.
2)鈴木秀和ら、治療2008;90(6):1905-9.
3)Tobey N,et al,Am J Gastroenterol 2004;99:13-21.
4)伊藤誠、綜合臨床 2011;60,s:1157-60.
5)吉田憲正、G.I.Research 2011;19(6):547-52.
6)村田将春、ペリネタルケア 2010;29(5):439-40.

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