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漢方のエッセンス
其の十一 半夏厚朴湯
日経DI2012年8月号

2012/08/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年8月号 No.178

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。2006年に漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」を開局。

 半夏厚朴湯は、気分のふさがっているのを開く処方として、よく使われる。細かいことが気になる女性に用いられることが多い。しかしそれは本方が有効な一例にすぎず、実際の応用範囲はさらに広い。喉、胸、胃など、上半身のどこかで気の通り道がきゅっと縮んで狭くなり、不快な症状が生じているときに有効な処方だ。

どんな人に効きますか

 半夏厚朴湯は、「痰気互結(たんきごけつ)、梅核気(ばいかくき)」証を改善する処方である。痰気互結とは、痰(用語解説1)と気とが互いに結び付いて動きが鈍くなっている状態のこと。それが咽喉部に生じ、肺胃の気の流れが悪くなり、様々な症状や病気が生じる。

 津液や気は体内をさらさらと流れているのがよい(用語解説2)。流れが悪くなると体調が不安定になる。特に首や喉の辺りは狭く、流れが滞りやすい。このため津液は凝縮して痰となり、咽喉部に停滞する。痰は気と関係が深く、気が滞れば痰は流れにくくなり、痰が固まれば気は流れにくくなる。この悪循環が痰気互結である。情緒の変動や不安定、ストレス、緊張、不安、呼吸器系や消化器系の不調が原因となる。

 痰気互結により、まずみられるのは痰飲(用語解説3)による「胃気上逆」である。胃内に生じた溜飲(用語解説4)が、胃の緊張、収縮、幽門(用語解説5)の痙攣などによって逆流して引き起こされる。胃や幽門がきゅっと縮み、胃の中身が上にあふれてくるような状態だ。悪心、嘔吐、吃逆(きつぎゃく)(用語解説6)、あい気(あいき)(用語解説7)、上腹部膨満感、胃のつかえなどが表れる。めまいや動悸が生じることもある。胃のあたりでぽちゃぽちゃと音がしたり、ガスがたまって苦しくなったりもする。胃炎、特に神経性胃炎、胃弱、胃下垂、胃アトニー、神経性食道狭窄などがみられる。

 痰湿による「肺気逆」もみられやすい。気管支や咽喉部の痙攣、炎症、痰の分泌過多により肺気が上逆し、咳嗽、喀痰、嗄声(用語解説8)、咽喉部の刺激感、呼吸困難、息苦しい、脇部が張って苦しい、といった症状が出る。痰は白い場合が多い。気管支炎、気管支喘息、咳嗽発作、咽頭炎、咽喉頭異常感症、バセドウ病などでみられやすい。

 梅核気とは、喉に梗塞感があり、吐き出そうとしても出ず、飲み込もうとしても飲み込めないような症状を指す(用語解説9)。喉に何か詰まっている、咳払いをしたくなる、喉がいがいがする、むずむずする、声が出にくいなど、なんとも不快な症状が表れる。情志をコントロールする肝気が鬱結し、痰飲と結び付いて胸から咽喉部にかけて渋滞し、肺の宣降(せんこう)(用語解説10)機能が失調するために、このような症状が出る。気管支や咽喉部、食道の痙攣、ストレスによる自律神経系の緊張などにより生じる。ヒステリー、うつ病、不安神経症、血の道症、顔面浮腫などと関係が深い。以上、いずれの場合も、舌苔が白く湿っぽく、あるいはべっとりとついている。

 出典の『金匱要略』では婦人雑病を治す処方とされるが、上記のごとく応用範囲は広い。

どんな処方ですか

 配合生薬は、半夏、厚朴、茯苓、生姜、蘇葉の五味である。

 君薬の半夏は燥性で、化痰散結(かたんさんけつ)(用語解説11)と降逆和胃(こうぎゃくわい)(用語解説12)の作用があり、咳を鎮め、痰を切り、嘔吐を抑える。臣薬の厚朴には行気開鬱(こうきかいうつ)(用語解説13)作用、化痰散結作用があり、半夏を助けて散結降逆の働きを強める。胃腸の平滑筋緊張を和らげて幽門の痙攣を緩め、腹部を温めて蠕動を促して腹満を解消する。半夏同様、燥湿の力がある。

 佐薬の茯苓は滲湿健脾して半夏を助け、化痰の力を強める。胃内の溜飲を取り除き、利尿作用もあるので痰飲を一気に除去する。半夏・茯苓の組み合わせは二陳湯など多くの処方にみられる。

 同じく佐薬の生姜には和胃止嘔きょ痰作用がある。半夏との組み合わせで制吐作用を強め、かつ胃腸の蠕動を調整する。半夏の毒性(用語解説14)を緩和する働きもある。使薬の蘇葉には疏肝作用があり、厚朴の行気作用を助けて鬱結した肝気の流れをよくし、気分を軽くする。蘇葉・厚朴の組み合わせで自律神経系の緊張を緩和し、閉塞感を解消する。平滑筋の痙攣も緩和され、梅核気が解消される。胃液の分泌を促して胃腸の蠕動を強める働きもある。

 以上、半夏厚朴湯の効能を「行気散結、降逆化痰」という。上逆して停滞した痰と気の両方を同時に改善し、行気と降気を同時に行う。

 脾気虚があれば四君子湯を合方する。嘔吐、白い喀痰など肺胃の痰湿が顕著なら二陳湯を合わせる。上腹部膨満感、胃の振水音など胃の痰飲が多ければ茯苓飲を併用する。唾やよだれが多い、おなかが冷えるなど胃寒の症状があれば呉茱萸湯を合わせる。

 嘔吐など胃の症状だけの場合は、本方から厚朴と蘇葉を除いた小半夏加茯苓湯がよい。いらいらや不眠などの熱証が出ていれば竜胆瀉肝湯などの清熱剤を併用する。小柴胡湯との合方、柴朴湯は気管支喘息や不安神経症に使われる。

 本方は燥性が強いので、痰飲が明らかでない場合は使用しない。梅核気だとすぐ半夏厚朴湯が処方されがちだが、陰虚証の梅核気なども多い。痰飲の有無をしっかりと見極めたい。

こんな患者さんに…(1)

「就職してから生理が不順になり、ここ半年は1回も来ていません」

 責任感が強く、緊張しやすく、落ち込みやすい。気鬱による失調とみて本方を飲んでもらったところ、2週間で生理が来た。元来婦人病を治す処方なので婦人科疾患に有効な場合は多い。

こんな患者さんに…(2)

「季節の変わり目になると鼻水が出ます。花粉症ではありません」

 鼻水は水っぽく、鼻が詰まることもある。日中より朝方に生じやすい。ストレスや緊張で出ることもある。肝鬱による痰飲の上逆とみて本方を服用し、数週間で改善した。一般に呼吸器や消化器の上逆に使うが、鼻炎でも証が合えば有効である。

用語解説

1)痰とは、津液が停滞して体内にとどまる異常な水液のこと。気道から分泌される痰だけを意味するのではない。
2)気・血・津液は人体の構成成分で、それぞれ生命力、栄養、体液を意味する概念。適量がさらさらと流れているのが健康な状態。多過ぎたり少な過ぎたり、流れが滞れば体調が悪化する。
3)痰飲とは、停滞した水液が集まって所在が明らかになったもの。
4)溜飲とは、胃に滞っている飲食物のこと。胃液とともに上がってきやすい。
5)幽門は、胃の出口。次に連なる十二指腸への飲食物の通過を調節する。
6)吃逆とは、しゃっくりのこと。
7)あい気とは、げっぷのこと。
8)嗄声とは、声がれ、しわがれ声のこと。
9)あたかも咽喉部に梅干しの種が引っかかっているような違和感なので、この名がある。炙った肉片が喉にくっついて離れないようにも感じるので「咽中炙臠(いんちゅうしゃれん)」ともいう。
10)宣降機能は五臓の肺の機能で、気と津液を全身に散布して諸機能の円滑な動きを推し進める働きを指す。
11)化痰散結とは、痰飲を取り除き、鬱結を解消すること。
12)降逆和胃とは、滞って上逆した気(「気逆」と言う)を降ろして落ち着かせ、胃の機能を調えること。
13)行気開鬱とは、気の鬱結を解きほぐし、気の流れを滑らかにして、塞がっていた部分を開くこと。
14)生の半夏には催吐・咽喉刺激・失声・嗄声などの弱い毒性がある。煎じるとこれらは消失し、制吐作用が残る。

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