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漢方のエッセンス
其の十 防已黄耆湯
日経DI2012年7月号

2012/07/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年7月号 No.177

講師:幸井 俊高
東京大学薬学部および北京中医薬大学卒業、米ジョージ・ワシントン大学経営大学院修了。中医師、薬剤師。2006年に漢方薬局「薬石花房 幸福薬局」を開局。

 人体を構成する気・血(けつ)・津液(しんえき)(用語解説1)は、互いに助け合いながら体内を巡る。津液は、気が後押ししてくれることで、ようやく体内を巡ることができる。気が守ってくれるので、無駄に体外に排泄されることもない。

 ところが気が不足すると、水分の代謝や循環が鈍くなり、むくみやすくなる。守りも弱くなり、ちょっと動いただけで、どっと汗が出る。汗と一緒に元気も体外に流れ出る。ますます気虚になり、疲れやだるさは消えない。

 こういう体質を改善できるのが、防已黄耆湯である。

どんな人に効きますか

 防已黄耆湯は、「気虚の風水・風湿」証を改善する処方である。

 風水・風湿は、ともに風邪(ふうじゃ)に含まれる病邪(用語解説2)。気虚の体質のうえに、これらの病邪が侵入し、様々な症候が現れる。

 まず風水とは、水分代謝が不十分で、水分が体内にたまりやすい体質に風邪の刺激が加わり、ますます水分が停滞する病態。むくみ、発熱、悪寒、体が重だるい、尿量減少などの症状が出る。急性腎炎、慢性腎炎、ネフローゼ症候群、心臓性浮腫などでみられる。また風湿とは、風邪と湿邪が合わさった病態で、関節痛、関節の腫れ、関節に水がたまりやすい、全身が重だるい、悪風などの症状が現れる。変形性関節症、関節リウマチ、神経痛などでみられやすい。風水・風湿ともに風邪なので、突然、急に症状が発生することが多い。

 防已黄耆湯の証の特徴は、これらの症状のベースに気虚があるということである。気虚つまり全身の機能低下があるために、免疫力や抵抗力も落ちており、病邪をなかなか排除できない。

 この場合の気虚は、俗にいう、毛穴が緩んでいる状態である(用語解説3)。体表をきゅっと密に引き締める力が弱い。従って気虚特有の、疲れやすい、元気がない、息切れ、舌は淡白色で、舌苔も白い、といった症状のほかに、緩んだ毛穴(汗腺)から汗がじわじわと出やすくなっている(用語解説4)。開いた毛穴からは風邪も侵入しやすく、先の風水・風湿になりやすい。

 気虚の多汗症の場合、ちょっと動いただけでも汗をかく、上半身から汗をかきやすい、といった特徴がある。暑い夏に顔からだらだらと汗をかいて、扇子やタオルが手放せず、ぽっちゃりしたタイプの人の体質改善に、防已黄耆湯が効く場合が多い。このタイプの人には、膝が痛む人が少なからずおり、いずれの症状にも本方が効く。

 気虚の浮腫もよくみられる。気が不足しているため、水分を上部まで循環させることができず、水分は重力に負けて下半身にたまり、夕方になると足がぱんぱんにむくむ。立ち仕事や、パソコン業務などで1日中座りっぱなしの場合、顕著に現れやすい。

 この水分、横になって寝ている間にまた全身に広がるので、朝になると足のむくみが解消されている。朝だけ上半身で水分が多くなり、顔がむくみ、まぶたが腫れぼったくなったり、手の指がむくんで指輪がきつくなったりする場合もある。全て気が虚しているせいで生じる浮腫である。

 処方の出典は『金匱要略』である。

どんな処方ですか

 配合生薬は、黄耆(おうぎ)、防已(ぼうい)、白朮、甘草、生姜、大棗(たいそう)の六味である。

 君薬は、処方名が示す通り防已と黄耆であり、防已には利水消腫・きょ風止痛(きょふうしつう)(用語解説5)の働きがある。きょ風して水の流れを良くし、利尿作用により浮腫を解消する。特に重力に影響されるむくみに効果がある。消炎鎮痛や筋弛緩作用もあり、関節痛を改善する。黄耆は益気固表して衛気を強化する(用語解説6)。皮膚の血液循環を促して無為な発汗を止め、体表の免疫力を高める。毛穴をきゅっと締める感じである。さらに体液の流れを調えて、利尿してむくみを解消する。補気力が強く、脳の活性を上げて全身の機能を高める。しびれを軽くする働きもある。両者の働きにより体表を固めて風邪を払い、気と体液の流れを良くする。

 臣薬の白朮は補気健脾して湿邪を除去する。黄耆とともに益気固表の力を強めて免疫力を高め、防已とともにきょ湿行水(きょしつこうすい)(用語解説7)の効果を倍加させて、浮腫や関節痛を解消する。佐薬の生姜と大棗は、風邪を除去し、水の流れを調え、体表の状態を改善する。生姜は末梢血管を拡張し、黄耆の働きを助ける。使薬の甘草は、消化吸収機能を調えて、諸薬の薬性を調和する。以上、防已黄耆湯の効能を「益気きょ風(えっききょふう)、健脾利水(用語解説8)」という。

 湿邪が脾胃を侵して腹部膨満感などの症状があるときは平胃散を合わせる。腹痛があれば芍薬甘草湯などを併用する。吐き気もあれば桂枝湯を合わせ飲む。関節炎で炎症が強い場合は、麻杏よく甘湯(まきょうよくかんとう)やよく苡仁湯の方が良い。元気がない、汗が出るなどの気虚の症状がみられない風水には越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)を使う。防已黄耆湯を使うには、患者が気虚であることが大前提なのである。

こんな患者さんに…(1)

「足がむくみやすく、夕方に靴がきつくなり、靴下の痕がくっきりつきます」

 疲れやすく、汗をかきやすいとのことなので、気虚の浮腫とみて防已黄耆湯を使用。6カ月ほど服用してもらったら、下半身がすっきりしたと喜ばれた。同じむくみでも、口の渇きがあれば五苓散を使う。尿量が多くて下半身の冷えを伴う場合は苓姜朮甘湯が良い。

こんな患者さんに…(2)

「ダイエットしたいのですが、食事を減らしても全然痩せません」

 158cm、68kgの女性。家事をしてもすぐ疲れる。ひどい汗っかきで、膝の痛みがある。

 いわゆる水太りタイプ。防已黄耆湯を10カ月間服用してもらい、体重を10kg減らして58kgとした。気虚の場合、食事を減らしても体調が悪化するだけである。

 便秘があれば麻子仁丸など気虚に適した処方の併用を検討する。気虚ではなく筋肉質なタイプの肥満なら大柴胡湯などにする。

用語解説

1)津液とは、体の中に存在する水分のこと。気・血・水(すい)と呼ぶ場合もある。
2)風邪は病邪の一つで、環境変化や病原菌などの外因により突然発生したり体調が急変したりする。五臓の肺が支配する水道(水分の通り道)の調整機能が影響を受けやすく、そのせいで風湿や風水が生じやすい。
3)気には、推動、温煦(おんく)、防御、固摂、気化の5つの働きがある。このうち防御は病邪から体表を守り、固摂は必要なものが漏れ出るのを防ぐ作用を意味する。気が虚して毛穴が緩むと、これら2つの力が弱まる。なお防御の働きをする気を衛気(えき)と呼ぶ。
4)こういう汗を自汗という。ちょっと動いただけ、あるいはちょっと暑いだけで、汗がじわじわと出てくる。肌が湿っぽい。
5)きょ風とは、風邪を除去すること。
6)気虚のうち、衛気が不足している証を衛気虚という。衛虚と呼ぶこともある。黄耆は固表の主薬といわれ、かぜをひきやすい人の体質改善にもよい。
7)行水とは、水分の流れを良くすること。
8)風邪の場合、一般には葛根湯や麻黄湯あたりの麻黄剤で発汗させて治療に当たるのだが、衛気虚が根底にあるときは、発汗とともに気虚がさらに進んで病態が悪化する恐れがあるので、このように補気しつつきょ風する。益気・健脾で正気を養いつつ、きょ風・利水で邪気を払う。この治療原則を扶正きょ邪(ふせいきょじゃ)という。

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