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薬理のコトバ
ABC蛋白質
日経DI2012年7月号

2012/07/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年7月号 No.177

講師:枝川 義邦
1969年東京都生まれ。98年東京大学大学院薬学系研究科博士課程修了。博士(薬学)、薬剤師。07年に早稲田大学ビジネススクール修了。経営学修士(MBA)。名古屋大学、日本大学、早稲田大学を経て、12年4月より帝京平成大学薬学部教授。専門はミクロ薬理学で、記憶や学習などに関わる神経ネットワーク活動の解明を目指す研究者。著書に『身近なクスリの効くしくみ』(技術評論社、2010)など。愛称はエディ。

 危ない橋でも平気で渡り、依頼人が望んだ場所へ荷物を届ける。ときにアクションあり、ときにロマンスあり。映画やドラマで描かれるトランスポーターといえば、こんな格好の良いイメージのことが多い。半面、クスリの運び屋、という表現になると、途端に怪しい響きに変わってしまう。しかし、薬物トランスポーターは「運び屋」そのものだ。

 今回取り上げるABC蛋白質は、細胞膜を貫通する形で機能を発揮している、いわゆる膜蛋白質だ。発見の歴史は浅く、1986年にヒト多剤耐性細胞で増幅している遺伝子が単離されたことが始まりだった。今や、ヒトでは少なくとも50種類以上が見つかっていて、一大ファミリーを築いている。

 この膜蛋白質の特徴の一つは、多様な機能を示すということ。ファミリーには類似した構造を持つものが並んでいて、トランスポーターとして働くものがある一方で、チャネルやレギュレーターとして働くものもある。とはいえ、最も注目すべきなのはトランスポーターとしての機能。ABC蛋白質は、細胞機能の調節や多剤耐性といった、臨床現場で問題になりそうな話題に事欠かない、お騒がせ蛋白質でもあるのだ。

正常に働くことで薬物治療の妨げに

 ABC蛋白質のAはアデノシン三リン酸(ATP)のA。このATPが結合するカセット(ATP-Binding Cassette)の頭文字を取るとABCとなる。蛋白質の中にATPを結合する領域がカセットのように挿入されていることに由来する、うまいネーミングだ。

 遺伝子ファミリーは、配列の類似性や発現蛋白質の機能の類似性などにより分類されることが多いのだが、ABC蛋白質の場合は、その機能が広範な領域にまたがっているだけに、遺伝子の異常で発現する病態も多様だ。例えば、コレステロール輸送や胆汁酸輸送、血糖値の調節、免疫機能と、ざっと眺めただけでも生体機能の軸となる生理現象に深く関与していることが分かっている。

 その機能異常が病態を引き起こすとなると、それだけ生体に必要な蛋白質だった、と認識を新たにすればよいのだが、実は「正常に働く」ことでも薬物治療の視点から大きな問題となるところが、この蛋白質のお騒がせぶりを物語る。冒頭で少し触れたが、ABC蛋白質は、抗癌剤などに対する多剤耐性の発現に関わっているのだ。

幅広い基質を非特異的に運び出す

 多剤耐性というと、「P糖蛋白質」を想起する方が多いのではないだろうか。P糖蛋白質は、細胞内のATPの加水分解エネルギーを使って、薬剤を細胞外にくみ出す機能をもつ。まさに細胞内から細胞外へ薬を運ぶ“運び屋”だ。正常細胞でも発現しているが、癌細胞で高発現していることから、これが細胞の抗癌剤に対する多剤耐性獲得のメカニズムの一つと考えられている。

 そして、このP糖蛋白質こそが、86年に発見された第一のABC蛋白質なのだ。別名を、MDR1(Multi-Drug Resistanceは多剤耐性のこと)という。ABCは知ってても……という歌があったが、薬剤師の皆さんには、「ABCは知らなかったが、Pなら知っている」という方も多いかと思う。

 P糖蛋白質のやっかいなところは、運ぶ対象とする薬物(基質)の分子構造を選ばないこと。毒だろうが薬だろうが、幅広い基質を非特異的に運び出してしまう。一般に、耐性は基質特異的に生じるので、1つの薬物に耐性が獲得されても、構造の異なる薬を用いることで臨床的には治療が成功する例がある。しかし、P糖蛋白質による耐性獲得では、ひとたび耐性が生じると、多くの薬剤が効果を失うことになる。

 このように薬物治療という視点では悪者扱いされることが多いP糖蛋白質だが、生体機能を支えるという見方をすると、そうそう悪い役回りばかりを果たしているわけではない。

 消化管では、上皮細胞の管腔側の膜に発現して、分子量が300~2000程度の化合物を運び出す。このとき、分子が脂溶性であれば、構造のあれこれは問わない。つまり、食物に含まれる脂溶性の低分子化合物が、小腸上皮から体内に入ろうとするのを捕えて、管腔中へと排出するわけだ。これによって、食物中の有害な脂溶性化合物が、体内に吸収されるのを防いでいるのである。

 多様なABC蛋白質の中で、もう一つ、その機能がよく調べられているのが「MDR2」だ。

 MDR2はP糖蛋白質(MDR1)の兄弟みたいなもので、「フリッパーゼ」とも呼ばれる。こういうと、なにかギター片手に軽快な歌声を披露しそうだが、もちろんそんなことはない。フリッパーゼという名前は、細胞膜(脂質二重層)の内層と外層を“ひっくり返す(フリップフロップ)”という生理的機能に基づいて付けられた。肝臓の細胞内で大量に合成されたホスファチジルコリンは、細胞膜の内層を構成する脂質となった後、フリッパーゼにより外層へとひっくり返されることで胆汁中に分泌され、胆汁酸をホスファチジルコリンのミセルの中に封じ込める。細胞膜中で膜の構成員を“ひっくり返す”というミクロな働きで、強力な界面活性作用を持つ胆汁酸が胆管を傷つけるのを防ぐという大役を果たしているわけだ。

 運び屋、すなわちトランスポーターは、依頼人の素性や依頼の善悪にはこだわらず、ただただ仕事をこなして役目を果たす。そこが格好良くもあり、融通の利かないところでもある。今回取り上げたABC蛋白質も、分子を運ぶことだけに専念した結果、生体を守る役目を果たす一方で、ときに薬物治療の妨げにもなってしまう。四の五のいわず、ただ運ぶのみ。これこそがトランスポーター冥利に尽きるということか。

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