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適応外処方のエビデンス
糖尿病網膜症の発症や進展をARBで抑制
日経DI2012年6月号

2012/06/10

日経ドラッグインフォメーション 2012年6月号 No.176

疾患概念・病態

 網膜は、眼底にある薄い神経の膜で、物を見るために重要な役割を果たしている。網膜には光や色を感じる神経細胞が敷き詰められ、無数の細かい血管が張り巡らされている。

 高血糖状態が続くと、網膜の毛細血管が徐々に損傷を受け、糖尿病網膜症の最初の段階である単純糖尿病網膜症になる。この段階では、毛細血管が詰まってもろくなり、さらにそれによって血流が滞ると、血管の弱い部分がコブ状に膨れて毛細血管瘤ができる。毛細血管瘤には圧力がかかっているので、血液中の水分、蛋白質、脂肪が血管の外へ漏れ出し、浮腫を起こしたり、網膜の深層に硬性白斑と呼ばれる白いシミができたりする。また、毛細血管瘤が圧力に耐え切れなくなると、破裂して点状出血が見られる。だが、この段階では自覚症状はほとんどない。

 血管の閉塞、出血、沈着物が増加すると、網膜の毛細血管における血流が悪くなり、広範囲で閉塞して、第二段階の前増殖糖尿病網膜症に至る。十分な酸素が行き渡らなくなるため、網膜は酸欠状態になる。そのため生体は、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)を発現し、新しい血管(新生血管)を生やして酸素不足を補う準備段階に入る。硝子体の近くにある網膜の表層には、軟性白斑と呼ばれるシミができる。単純糖尿病網膜症に比べ、病変部は、硝子体により近い網膜表層に及ぶようになる。この時期になると、目がかすむなどの症状を自覚することが多い。

 最終段階である増殖糖尿病網膜症になると、新生血管が網膜や硝子体に向かって伸びてくる。新生血管はもろいため、容易に破裂し、出血を起こす。そして、出血したところにまた新生血管ができ、再出血を繰り返すようになる。眼球の大部分を占める硝子体に出血が及ぶと、視野に黒い影やゴミのようなものが見える飛蚊症を自覚したり、視力が急激に低下したりする。出血した部分は線維組織に置き換えられ、網膜正面に増殖膜が張ってくる。

 硝子体がこのような状態になると、引きつれが起こり、網膜も一緒に引っ張られて網膜剥離を起こすことがある。こうなると失明リスクが極めて高くなる(参考文献1-3)。

治療の現状

 単純糖尿病網膜症の時期であれば、血糖のコントロールにより進行を防ぐことができる。だが、前増殖糖尿病網膜症になると、血糖コントロールが良好でも病変は進行する。

 そこで、レーザー照射による網膜光凝固術を行い、網膜の虚血部分を焼いて網膜の酸素不足を解消し、新生血管の発生を予防したり、既に出現している新生血管を減らしたりする。また、レーザーによる治療で網膜症の進行を防げなかった場合や、網膜症が進行して網膜剥離や硝子体出血が起こった場合には、硝子体手術が行われる(参考文献1,2)。

 近年、レニン・アンジオテンシン(RA)系関連分子が、網膜血管、網膜神経細胞、網膜色素上皮細胞、脈絡膜血管に発現しており、糖尿病網膜症の硝子体中で、VEGFとともにAIIが増加することが明らかにされてきた。さらに、網膜血管内皮細胞や血管周皮細胞にAII受容体があり、VEGFの発現を増強して網膜血管新生を促進し、糖尿病網膜症に重要な役割を果たすと考えられている(参考文献4)。

 そこで、AII受容体拮抗薬(ARB)であるカンデサルタンシレキセチル(ブロプレス)が、糖尿病網膜症の発症・進行抑制目的で適応外使用されている(表1)。

表1 糖尿病で糖尿病網膜症のある患者へのカンデサルタンの処方例

カンデサルタンの有効性

 正常血圧や高血圧の糖尿病患者を対象に、RA系のコントロールが糖尿病網膜症に与える影響を検討した海外のランダム化比較試験(RCT)に、DIRECT(Diabetic Retinopathy Candesartan Trial)(参考文献5,6)がある。ここでのカンデサルタンの用量は、高血圧に対する国内での用量より高く、16mg(1日1回)の経口投与で開始し、1カ月後に32mg(1日1回)に増量した。

 DIRECT-Prevent-1(参考文献5):正常血圧かつ正常アルブミン尿で糖尿病網膜症を発症していない1型糖尿病患者を対象に、711例にカンデサルタン、710例にプラセボを経口投与し、4.7年間(中央値)追跡して発症予防効果を検討した。

 評価には糖尿病網膜症のETDRS(early treatment diabetic retinopathy study)重症度分類(両眼とも糖尿病網膜症が全く発症していない状態から、両眼とも重度の糖尿病網膜症に罹患して視力をほとんど失った状態までを11段階に分けたもの)を用いた。両眼とも糖尿病網膜症を全く発症していない状態から2段階以上進行した割合は、プラセボ群31%に対してカンデサルタン群25%で、カンデサルタン群の方が良好な結果だった(P=0.0508)。

 なお、試験終了後に設定した評価項目ではあるが、両眼とも糖尿病網膜症を全く発症していない状態から3段階以上進行した割合は、カンデサルタン群がプラセボ群より有意(P=0.003)に低かった。

 DIRECT-Protect-1(参考文献5):正常血圧かつ正常アルブミン尿で糖尿病網膜症を有する1型糖尿病患者を対象に、951例にカンデサルタン、954例にプラセボを経口投与して、4.8年間(中央値)追跡し、進展抑制効果を検討した。ETDRS重症度分類に基づく3段階以上進行した割合は、両群とも13%であり、両群間で有意差は認められなかった(P=0.85)。

 DIRECT-Protect-2(参考文献6):糖尿病網膜症を有する2型糖尿病患者を対象に、951例にカンデサルタンを、954例にプラセボを経口投与して、4.7年間(中央値)追跡し、進展抑制効果を検討した。ETDRS重症度分類に基づく3段階以上進行した割合は、プラセボ群19%に対してカンデサルタン群17%で、カンデサルタン群の方が低かったが、有意ではなかった(P=0.20)。しかし、副次評価項目である糖尿病網膜症の改善効果は、カンデサルタン群の方がプラセボ群より34%良好(P=0.009)だった。

 これらの結果から、カンデサルタンは、1型糖尿病患者において糖尿病網膜症の発症を抑制する傾向を示し、2型糖尿病患者において糖尿病網膜症を改善することが示された。この結果は、血圧値で補正しても同様であったことから、降圧作用とは独立したカンデサルタンの糖尿病網膜症に対する効果が示唆された。

 なお、カンデサルタン群における副作用の発現率はプラセボ群と同等であり、安全性に問題はなかった。

作用機序

 VEGFは、VEGF受容体(VEGFR)に結合して血管新生をつかさどる。VEGFRには、VEGFR1とVEGFR2という2種類の他に、VEGFR2の作用を6倍近くに増強させるニューロピリン1という共受容体が存在することが明らかにされている。

 AIIは、アンジオテンシン受容体タイプ1(AT1)を介してVEGFR2の発現を増強して網膜での血管新生を促進し、糖尿病網膜症で重要な役割を果たしていると考えられている(参考文献7)。

 カンデサルタンは、網膜血管内皮細胞や血管周皮細胞に存在するAT1に結合し、VEGFR2の発現を抑えて、網膜血管新生を抑制し、糖尿病網膜症を改善すると考えられている。

適応外使用を見抜くポイント

 カンデサルタンが糖尿病網膜症を改善する目的で処方されているのを見抜くには、まず糖尿病の治療が行われている処方であることが前提である。また、糖尿病網膜症で眼科を受診しているという情報も必要である。しかし、眼科からの処方はまれで、内科からの処方が大多数である。

 糖尿病患者は高血圧を合併していることが多く、そのためカンデサルタンが処方されていることがあり、必ずしも糖尿病網膜症の治療目的とは限らないので注意が必要である。医師によってはカンデサルタンが糖尿病網膜症に効果があることを熟知せずに、糖尿病網膜症を合併している患者に高血圧や慢性心不全の治療目的で処方していることもある。そのような場合、カンデサルタンが糖尿病網膜症に効果があることを説明すると、患者は安心感を抱くのではないだろうか。

参考文献
1)糖尿病ケア. 2011; 8: 353-7.
2)http://www.nichigan.or.jp/public/disease/momaku_tonyo.jsp
3)眼科ケア. 2011; 13: 760-3.
4)血圧. 2011; 18: 144-7.
5)Lancet. 2008; 372: 1394-402.
6)Lancet. 2008; 372: 1385-93.
7)プラクティス. 2011; 28: 585-90.

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